二次創作
君らしく純真なままで
10
エテモンは倒した。ナノモンも勝手に自滅した。太一とメタルグレイモンと言う、尊い犠牲と引き換えにして。
歩いても歩いても、砂漠、砂漠、砂漠。
消滅したエテモンが生み出した空間の歪みに引きずり込まれるように、太一とメタルグレイモンはヤマトたちの前から姿を消した。消えた、その表現が正しいのだ。夜になり、朝が来ても、二人は戻らなかった。
忽然と姿を消してしまった二人を探すため、始めに離れて行ったのは空だった。続いて、ゲンナイを探すと言い出して光子朗が抜けた。もう一度、人間を探してみると言い出して、丈もまた輪を離れて行った。
残されたヤマトとミミとタケルの三人は、当てもなくただ、砂漠をさ迷ったままだった。太一がいなくなって、何日が経過しただろう? 時間の感覚さえ忘れるほど、長い時だったと思う。サーバ大陸に到着した当初のようなオアシスがせめてあれば良いのだが、都合良く現れてくれるわけもない。
三人と三匹の体力も、かなり危ういところまで追い詰められていたのだ。時折背後から、疲れた、足が痛い、喉が乾いたとぼやく声が聞こえる。始めの頃はミミとタケルの体力を気遣って、ヤマトもミミのぼやきと同時に休憩を挟むようにしていたのだが、ここへ来て、いい加減ヤマトの苛々も頂点に来ていた。
「ここで立ち止まっても、どうしようもないだろ」
「少し休憩するくらい、いいじゃない。みんな疲れてるんだから」
「疲れてるのは、ミミだろ、ミミが休みたいだけだろ。食料ももうないんだ。休憩出来るところを探さないと、日が暮れるだろ!」
「だから、少しだけって言ってるじゃない! ヤマトさんみたいに、みんな体力があるわけじゃないの! パルモンも、ガブモンも、暑さに弱いのよ? 干からびちゃったらどうするのよ!」
パルモンはミミのテンガロンハットをずっと借りたままだった。毛皮に身を包んだガブモンは、ヤマトの隣で荒い呼吸を繰り返しながらよたよたと歩いていた。それに気付かなかったわけじゃない。ただ、気に掛ける余裕もないほど、ヤマトもまた疲労していたのだ。不幸なのは、自分も疲れていることを、ヤマトがあまり自覚していなかったことだ。
「二人とも、もうやめて! 喧嘩しないで!」
「ミミ、やめて、あたし頑張るから」
「ヤマトももうやめよう、ミミは俺たちを心配してくれただけなんだよ」
間に入って止めるタケルと、おろおろするトコモン。それぞれのパートナーに寄り添いながら、ミミを庇うパルモンとガブモン。何故、自分の方が悪者のようになっているのか。年下のくせに、女の子のくせに自分に喰って掛かるミミも、そのミミを庇うタケルもデジモンたちも、皆苛々した。どう考えたって自分の言ってることが正論のはずだ。ここで休憩して無駄な時間を過ごして、どうなるのか。後から困るのは他でもない自分たちだ。
唇の隙間から、ちっと舌打ちが零れ落ちた。タケルがそれを驚愕の表情で見詰める。ミミは完全に憤慨しながらも、悲しそうに目を細めた。
「どうだかな。いつも、不満や弱音を吐くのは、ミミだろ、我慢が出来ないのはミミだろ!」
「なによ、それ! 前から思ってたけどヤマトさんって、やっぱりあたしのこと嫌いよね!」
美しい顔立ちを真っ赤に染め上げながら、ミミが叫んだ。ヤマトはその言葉を信じられない気持ちで受け止める。──嫌い? いったいなにを言ってるんだ、この女は。それで不意に、この世界へ来た当初のミミの問い掛けが、脳裏に蘇ってきた。
──別に、どうとも思ってないよ。
──今の言葉、忘れないで下さいね。
なんだ、なにが言いたい、この女は。
「確かにあたしはワガママよ、言い過ぎちゃったなってこともあるわよ! でも、ちゃんと、周りを見てよ。このままじゃみんな倒れちゃう!」
気丈にもミミは泣き出したりしなかった。ここでミミが泣けば、ヤマトのヒートアップした気持ちも多少の消沈をしたかも知れない。だが、そんなミミの様子が益々に気を逆撫でするのだ。訳がわからないから、尚更。
「ヤマトさんだって無理してる!」
続けて発せられた言葉で更にヤマトの混乱は大きくなった。思わず頭を抱え、疲れ果てた様子で声を絞り出す。
「なに言ってるんだ、無理なんかしてない」
「してるわ! 寝るときも、ほとんどヤマトさんとガブモンで見張りをして、疲れてないはずないじゃない! どうして無理するの? どうして辛いこと、辛いって言わないの?」
「みんながみんな、ミミみたいに思ったことを言えるわけじゃないんだ! それに、子供のタケルや、女のミミに、見張りを任せられるわけないだろ、俺がやるしかないだろ!」
「どうしてそうやって決めつけるのよ!? 任せればいいじゃない、パルモンや、トコモンだっているんだから! それに子供なのはヤマトさんだって同じじゃない!」
ヤマトは深い溜息を吐いて、押し黙った。もはや話すのも馬鹿らしい気分だった。俺のなにを見てお前は嫌われてると思ったのか、俺のなにを見て疲れてると決めつけるのか。確かに苦手意識はあるけれど決して嫌いなわけじゃない。接し方がわからないだけで、安全でいてほしいと願っているのに。確かにこれほど砂漠を彷徨えば疲労もするが体力には自信があるし、ミミやタケルほどではないと思っているから見張りだって買って出たのだ。何故自分の言っていることがわからない? 甘えたのくせに、何故黙って任せておけないのか。お前は女なんだよ、タケルは幼いんだよ。パルモンはともかくトコモンは進化出来ないんだよ。なんで、わからないんだよ。
頼むから、黙って俺に着いて来いよ……。
「──太一さんが」
ぽつり、と消え入りそうな可弱い呟きに、ヤマトの肩は跳ね上がった。
「みんなが、いてくれれば……」
ああ、本当に訳がわからない。不用意なことを言うな、それ以上喋るな。黙れ、黙れ、黙れ。
「ヤマトさんが、ここまで、無理しなくても」
「やめろ、太一の名前を出すな」
小刻みに身体が震えているのが自分でもよくわかった。え、と呆然とした表情で自分を見上げるミミを、頬をひっぱたいて口を塞いでその可細い肩を揺さぶって彼女の視界全体に彼女が忘れられないくらい頭の深いところに自分のことしか見えないように考えないようにいっぱいいっぱいにしたい衝動に駆られた。決して拭い落とせないくらいの粘着質な感情の全てをぶちまけて汚してしまいたかった。
ヤマトは何度も何度も、首を左右に振った。出来るはずもない衝動と葛藤、怒りと悲しみ。あんな無鉄砲なやつより彼女を観察していたのは自分だ、さり気なくそばにいてやって見守ってやって彼女に魔の手が及ばぬように祈って気を張りつめて、なんで、全部全部自分がしていることなのに──彼女の心にいるのが太一や他の仲間なのか。
「死んだやつのこと、今は、口にするな」
それは、恐らく本心だった。太一の名前なんて、今この場で、聞きたくなどなかった。心臓を握りつぶされたような苦しさが襲い来るのだ。
「死んだ、って……」
わなわなと震えているのはミミも同じだ。胸が張り裂けそうなほどの、悲痛な掠れ声だった。
「そんなことまで、決めつけるの? どうして死んだなんて言うの?」
「あれを見ただろ!? 生きてるはずないじゃないか!」
「いやっ、そんなこと、聞きたくない!」
小さな悲鳴を上げ、ミミは両手で耳を塞いだ。ヤマトにしたって、こんなことは言いたくないのだ。誰が友人の死を、はいそうですかと受け入れられる? 敢えて考えないようにこれまで努めて来たのだ。タケルとミミがいるからと、感傷に浸っている場合ではないと自分を奮い立たせて来たのだ。なのにこの女は、どうして自分の立場を、気持ちをわかってくれないのか……。
「だが……死の瀬戸際にいるのは、俺たちも同じなんだ」
ヤマトの言っていることは、正論のはずだった。悲しすぎるほどに、正論だった。
「違う」
ミミは消耗した様子で小さく首を振ると、ヤマトを見た。大きな瞳から流れ落ちる一筋の雫に、頭に昇っていた血の気がさっと引いて行った。
「あたしは、信じてる、太一さんは、どこかで必ず、生きてるって」
もはや、誰も口を挟まなかった。
「タケルくん、ごめんね、みんなも」
そしてミミは涙を拭うと、不安と脅えの入れ混じった顔で呆然とするタケルの頭を撫でた。そして、トコモン、ガブモンと順に、悲しそうに頭を下げ、パルモンの腕を取った。
「あたし、ヤマトさんと一緒にいれない」
小説版では喧嘩別れする二人。
ヤマトとミミは不仲説を唱える方ってやたらこの小説版を引き合いに出すのですが、基本的にアニメとはまったく別物だと思います。
ですがまあ、アニメの方でも喧嘩して別れたんじゃないかなあと個人的には思います。じゃないとミミが離れていく理由がないですもんね。
今回の話ではやたらヤマトさんひどい奴になってますが、ヤマトもミミも感情で物を言ってしまうタイプですので私の中ではこんな感じです。
ヤマトはかなり我慢強いので爆発すると尚のこと止まらないって言う。
でも後から後悔して、きちんと反省して謝罪ができる男でもあります。優しいんですよね、この二人ってとにかく。
もしもこんな事情があったとしたら、タケルのあの追い詰められっぷりもかなり納得できやしませんか? 不必要に仲間と喧嘩するわ、自分のことを置いていくわ、帰って来ないわ、みたいな。
太一の方が頼りになると思うのも致し方ない。
ところで、まだ折り返し地点にも到着していない、この話長すぎw
2013/11/27
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