君らしく純真なままで(2)


 ――ヤマトさんって、





 あの頃を、今でもよく思い出す。遠い夏の日の、異世界での冒険の日々を。それは、ヤマトが小学五年生へ上がって間もない夏休みでの出来事だった。

 思えばその年の夏は、地球全体が異常気象に悩まされていた。東南アジアではまったく雨が降らず、中東では大雨による水害が絶えず、アメリカでは記録的な冷夏となり、連日報道番組は環境問題を取り上げ茶の間を賑わせていた。

 その日もヤマトは朝食を作りながら、テレビの中で深刻そうに報道するキャスターや専門家の解説を横耳に聞き流していた。習慣的にテレビを点けているに過ぎず、どこにあるのかも知らないような国の被害や世界がどうこうだの、日本も例外ではないだの言われても、小学生のヤマトにとって報道番組と言うものは興味の対象ではなくいまいちピンと来ないのであった。まさか、自分がこれから参加するサマーキャンプであのようなことになるとは。

 突如として吹き荒れる天候。真夏だと言うのにしんしんと降り始めた雪は、途端に息が詰まるほどの吹雪となって辺り一帯を白銀に染め上げた。大雪が舞う中、ヤマトは凍えそうな身体に鞭を打ち弟のタケルの手を引いて、慌てて木の祠へ辿り着いた。

 他にも同じように五人の子どもたちが集まってくる。その中には級友もいた。――八神太一、そして武之内空。二人はヤマトの同級生でキャンプの班こそ違えど親しい間柄であった。

 やや無神経だが誰にでも分け隔てなく、まるで太陽のような輝かしさを兼ね持った太一と、女の子にしてはさっぱりした印象で快活な、しっかり者の空。太一は弟のタケルを見て、不思議そうな顔をした。空は事情があることを察して、なにも触れなかった。

 ヤマトたちよりも先に祠で雪を凌いでいたのは、泉光子朗だった。ヤマトより一学年下の四年生で、子供会の集まりでもあまり見掛けたことのない大人しい印象の少年であった。見るからに人付き合いが不慣れそうな雰囲気は自分と似たところもあったが、キャンプだと言うのにノートパソコンを持ってくるあたり、変わっているのだろうな、と言う印象でこの時点ではあまり接点がなかった。後に太一の誘いによって彼がキャンプに参加したことを知った。

 しかし、それはヤマトも同じだったかも知れない。太一の誘いがなければ、或いは離れ離れに住むタケルが行きたいと言い出さなければ、ヤマトもキャンプになど参加しなかったに違いない。子供会の集まりにも積極的に顔を出してるわけではなかったからだ。

 そして、最上級生となる城戸丈とも、ほとんど初対面であった。塾通いで忙しない日々を送っていた丈も集まりでヤマトと顔を合わす機会はあまりなかったし、彼が何年生なのかさえも知らなかった。とは言え同級生の中に城戸丈と言う人物がいなかったのと、彼が一番身長が高かったこともあって、ヤマトは勝手に年上だと決めつけていた。結果それは正しかったのだが、年上と思っていながら彼を呼び捨てで呼んだのは、彼が頼りない印象だったからだ。



 そして、もう一人。

 見るからに華やかな、女の子らしい服装を身に纏った少し騒がしい少女、太刀川ミミ。あまり他人に対して興味のなかった当時のヤマトでも、年下の彼女のことはそれなりによく知っていた。と言うのも、ミミの方が有名人だったのだ。

 天真爛漫で、性別や年齢差など物ともせず、誰とでも遠慮なく打ち解けてしまう人懐っこい性格。その性格が誰にとっても印象的だったのも一因だが、最大の要因はやはりその愛らしい容姿だろう。クラス一、或いは学年一とも唱われる美少女だった彼女の噂は、あまりそう言ったことに興味のないヤマトでも小耳に挟むレベルだった。例えばヤマトが所属する野球部の後輩の会話も、その一つ――B組の太刀川さんが可愛い。例えばクラスの男子生徒の会話も、その一つ――四年生のミミちゃんって子が、すごく可愛いらしい。

 出る杭は打たれる、と言うことわざがあるように、人よりも逸脱した才能は多かれ少なかれ疎まれるものだと思う。例えばミミと同じように容姿の問題でヤマトもそれなりに学校中に名を馳せていたが、小学生の間でも当然、やっかみは存在する。ヤマトは異性からの憧憬の視線と同時に、一部の同姓からの粘着質で煮えたぎるような嫉妬の眼差しを、ふとした瞬間に感じて来た。クォーターだと言うこともあるが、黙っていても目立つヤマトはそう言うのが心底嫌いだったし面倒だったから、あまり女子とは関わらないように過ごしていた。なにが楽しくて自分なんかにうっとりと微睡むように頬を紅潮させ、恍惚とした視線を注ぐのか、自分のことなどなにも知らないくせに――と、そう言った女の子を卑下していた面もあった。

 だがミミは、自分と同じような人間関係の問題を抱えているようにはとても見えなかった。先述のことわざに続く言葉で、出すぎた杭は打たれない、とはよく言ったものだが、たぶん、そうではないだろう。それはたぶん、彼女の人当たりの良さが大きな要因であった。

 しかしヤマトは、そうとは認められなかった。天真爛漫な輝かしさも、ありのままをさらけ出す遠慮のなさも、女の子らしい服装や立ち振る舞いさえも、ミミを見ていると心の奥深くで、まるで灰色の鼠が這いずり回るようにむず痒くて掻き毟りたくなるような、妙な気分に浸食された。ヤマトの名前を呼ぶ際の明るい声のトーンや笑顔も、自身が思い描く女子像≠ニ一致していて居心地が悪かった。始めから、そうと決め付けていたのだ。



 かくしてそんな彼女も含め、ヤマトたち七人の子供は突如として空から舞い降りてきたデジヴァイスの光に導かれ、デジタルワールドへ迷い込むこととなった。

 ずっと待っていたのだ、と自分たちの周りをチョンチョンと跳ねる奇妙な生物と共に、長い冒険の日々が、幕を開けたのだった。





 ――ヤマトさんって、


 彼女がそう口を開いたのは、ムゲンマウンテンに一人きりで向かった丈を、太一と空がバードラモンに乗って捜索へ向かった後のことだった。丈が戻って来た場合の行き違いを恐れてヤマトたちは洞窟で待機していたのだった。

 洞窟の中では、パソコンを起動させようと奮闘する光子朗に彼のパートナーデジモンのテントモンが寄り添っている。タケルとパタモンも一緒になってパソコンを覗き込んでいる。ヤマトとミミの二人は洞窟の入り口付近で三人の帰りを待っていたのだが、二人のパートナーデジモンであるガブモンとパルモンは早朝で小腹を空かせたヤマトたちのために、或いは何れ戻ってくるだろう丈たちのために、二匹で食料を調達しに行っていた。

 ヤマトは少し、気まずいなと思った。試しに見張りは自分に任せて洞窟の中へ戻るようにと促してみたのだが、ミミは「丈先輩たちが心配だから」と言って、やや距離を置きながらヤマトの隣へ並ぶように座り込んだ。

 お腹が空いたー、だとか、丈先輩も人騒がせよねー、だとか、パルモンたちは大丈夫かしら?、だとか、ころころと目まぐるしく移り変わる話題をミミが振ってくるので、ヤマトは失礼にならないように適度に相槌を挟んでいたのだが、そんな折り、唐突に彼女はこう訊ねて来たのだった。



「ヤマトさんって、あたしのこと、どう思います?」



 なにを聞かれたのかわからなかった。

 一時停止した思考回路が回復すると同時に、胸の底から僅かに、粘り気のある痺れるようなむず痒さが沸々とせり上がるの感じる。苛立ちとまでは言わないが、似ていた。ヤマトは決して顔に出さぬよう必死で平静を装った。



「どう思うって?」

「だから、うーん、ミミちゃんのこーゆーところがいいと思うよー、とか、ないですか?」



 ヤマトはそれを、うんざりとした気持ちで、頭の中で復唱した。ヤマトくんって、私のことどう思ってるの? ヤマトって、**ちゃんのことどう思ってるの? ――それは、ヤマトのこれまでの十一年間の短い人生の中で、幾度となく友人に訊ねられた問掛と同じ意味に聞こえたのだった。

 名状しがたい失望感が、胸に溢れた。思えば初対面の頃からミミに対して苦手意識を持っていたヤマトだったが、デジタルワールドで共に過ごす内に少しずつ間近でミミの人となりに触れ、多少見直していたと言うのに。

 例えばピョコモンの村に辿り着く前の太陽の光が燦々とした道中で、暑さに弱いパルモンを気遣い、大切にしているテンガロンハットを貸してあげたこと。例えばアンドロモンの工場で、騒ぐことなくヤマトと光子朗の話に耳を傾けていたこと。例えばおもちゃの町で、黒い歯車に支配されたもんざえモンを正気に戻し、感情を奪われていたヤマトたちを救ったこと。あの礼儀も教養も根性もないヌメモンたちが命懸けでミミを守ろうと奮闘したらしいのだが、そんなところも素直に感心したのだ。

 それに、疲れたお腹が空いたと駄々を捏ねるミミが、どれほどみんなを、タケルを救っていたか――。



 基本的にミミ以外の仲間たちは自分の本音を押し殺す嫌いがあり、例えば自分が疲労を感じても日本人らしく空気を読んで周囲の歩調に合わせ、無理をしてしまう傾向が強いように思う。持ち前の統率力で皆を引っ張る太一にしたって、誰にも異議申し立てを受けないのでは気遣うことも難しいと言うものだ。中でもタケルは複雑な家庭環境の影響か、あの年齢で、驚くほど我慢強く輪を乱すことを嫌う一面がある。今は離れ離れに生活するヤマトより三つも年下の小さな弟は、時々可哀想なくらい周囲との協調を大切にする。年齢差も身長差も離れた仲間たちがタケルより体力があるのは至極当然なのだが、それでもタケルは、自分から疲れたから休みたいなど言えなかった。

 だがミミは、変わりにと言ってはなんだが、不満をよく口にした。しかし彼女にしたって闇雲に不平不満や願望を叫んでいるかと言えばそうではなかったし、誰もが心の奥底で漠然と望んでいることを素直な心を以ってして発することが出来るのが彼女の強さだった。疲れたから休みたい、お腹が空いたからご飯が食べたい。ミミがそうして欲求を訴えると、太一やヤマトもはたと気付いて周囲を見渡すタイミングを掴めた。――ミミがそう言うなら仕方ない。太一が休憩を提案すると、最年少のタケルもようやく足を止めて弱音を吐くことが出来るのだった。

 いつしか本人の意図しないところで、ミミに対して寛容な雰囲気がメンバーに流れていた。もちろん、ミミ自身がその上に胡座をかくようでは間違いなく嫌われていただろう。しかし彼女はさり気なくパートナーを気遣ったり、果物集めをしたりと言った行動も去ることながら、彼女の根底に潜む、素直な分だけ裏のない優しさをみんな知っているのだ。それがミミの強さだ。その裏のない部分が時折ワガママとも言える遠慮のなさとして映ることもあったが、でも、そんなところに感謝もしていたのだ……。



 だからこそ率直に、ミミはヤマトの自分への接し方に疑問を抱いただけかも知れなかった。けれどこの時のヤマトはそんな風には受け取れなかった。ああ、この子も結局他の女子と同じなのか、と、身も蓋もない言葉が断片的に脳裏に浮かんだ。ミミだって美少女のくせに、少しばかり恵まれた自分の容姿と上辺だけの優しさに惑わされて、簡単に好意を寄せてしまうんだな、と軽蔑にも似た失望感とやるせなさに突き落とされたようなショックを覚えた。

 ヤマトは極力ミミから顔を逸らして、わざとぶっきらぼうに答えた。



「どうも思ってないよ、別に」



 ミミは見るからにむっとした表情で、不満そうに桜色の整った唇を尖らせた。そんなところも一気に面倒になって吐き捨てたい気分だった。ミミは小鳥のさえずりのような声を一オクターブ低くして、抗議めいた口調で言った。



「えー、いいじゃない、思ってること言えば」

「別に、ないよ」



 抑揚のない言い方で答えると、ふーんと納得の言っていなさそうな声が返って来て苛付く。妙に冷静さを気取るふりをして意地でもミミを見ようとしないヤマトの、澄ました横顔に、彼女のねめつけるような視線が突き刺さるのを感じる。

 半ばやけくそな気持ちで、絶対に目を合わせるものかと意固地にそっぽを向くヤマトの脇で、唐突にミミが立ち上がった。



「そう、なら、いいわ」

 そして、やや強引な動作でヤマトの顔を覗き込むようにし、視線を合わせた。思いがけずヤマトはミミを見返す。驚きのあまり目を見開いている情けない姿が、赤みの強い大きな瞳に映っていた。ヤマトは変な苛立たしさと妙な胸の高鳴りに歯痒さを感じながらも、今度こそは自分から目を逸らすものかと、強気に見返した。



「今言ったこと、忘れないで下さいね、あたしも覚えてるから、もう、気にしない」



 支離滅裂な物言いだった所為もあるが、ヤマトはその半分も言葉の真意を理解することは出来なかった。ただ、自棄を起こすかのように依怙地になっていたヤマトには、まるで宣戦布告のように聞こえたのだ。――あたしに興味のない態度を取ったこと、いつか後悔させますからね、だから、忘れずに覚えておくように。……ヤマトには、そう聞こえたのだ。



 そして、太一たちがいるムゲンマウンテンから戦闘を思わす騒音が聞こえてきたことで、ヤマトとミミの張り詰めたように気まずい空気は、ようやく終わりを迎えるのだった。

 ミミが洞窟の中のタケルたちを呼びに戻る。ヤマトはガブモンとパルモンを呼び寄せ、それから全員でムゲンマウンテンを目指して歩き出したのだった。





 不意に思い出すことがある。あれが自分のただの思い上がりだと気付いた時の、なんとも形容しがたい切なさと息苦しさを。

 跳び上がりたくなるような凄まじい羞恥心で体温は上昇しているのに、何故か血の気が引いて寒いわけでもないのに身震いがした。ぽっかりと穴が空いたように虚しかった。どうしようもない虚無感と絶望感に襲われて苦しくて鼻の奥が沁みるように疼いた。泣きたくなった。けれど、涙を流せるほどその感情に向き合うことも出来なかったのだ。







ヤマト、ミミ、タケル、ヒカリ、賢の五人に関しては公式で美男美女設定だったと思います。

ヤマトとミミがあまり一緒にいない、と言う見方に関して。
本編でも触れましたが、アンドロモンの回では子供たちは二手に別れますが、ここではヤマト、ミミ、光子朗、タケルが一緒に行動してました。そしてパソコンで色々調べ物を始めた光子朗を一人きりにしてましたねー。
そしてこの、ゴマモンが進化する回でも、やはり同じメンバーで別れて行動してます。あと、ナノモンの時とか、太一が人間界に戻ってる間とか。

タケルが可哀想なくらい空気を呼んでる、と言うのは個人的な見解です。だからこそ02であんな感じに成長しちゃったのでしょうね← あんな感じのタケルも大好きですが。
次回は五年後の世界に戻ります。

2013/11/07


PREVNEXT



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -