君らしく純真なままで(4)


 みんなが行くなら、あたしも行く!





 エンジェモンの尊い犠牲と引き換えにデビモンを倒したヤマトたちは、人間界への帰還と言う目標を胸に、新たな敵を打ち破るべくサーバ大陸への岐路を急いでいた。
 道中、残留していた黒い歯車で苦しんでいたホエーモンを救出し、ホエーモンの島のように広い背中で本日で四日目となる海の回航を、これまでの旅とは異なり穏やかに過ごしていた。ファイル島からサーバ大陸までは、ホエーモンの速度でもってしてもざっと五日はかかるそうだ。つまり、あと一日。明後日にはサーバ大陸に到着する。

 ヤマトたちがデジタルワールドに迷い込んでから、おおよそ十日間が経過しようとしていた。
 大雪に見舞われたキャンプはどうなったのだろう。友達は? 先生は? 親は? 異常気象の混乱に乗して忽然と姿を消した七人の子供。自分たちのことで、とんだ騒ぎになってるいんじゃないだろうか。大雪で凍死しただとか、埋もれただとか、誘拐だとか。
 ヤマトは離れ離れに住む母を想った。父は仕事が命みたいな人だからともかく、母は――自分のことはともかく、タケルがいなくなったと知って体を壊していやしないだろうか。自分と一緒にキャンプに行かせたことを、悔いていやしないだろうか。
 元の世界に戻りたいと願う一方で、ヤマトは、母のことが恐ろしかった。もう二度とタケルに会わしてくれないんじゃないか。母自身も、二度と自分に会いに来てはくれないんじゃないか。

 ホエーモンの背中に寝ころんでいたヤマトは、そっと瞼を開いた。視野全体に東京では見たこともない星々が瞬いている。
 ふと、隣で眠るタケルを見やった。タケルは卵から孵ったばかりのポヨモンを胸に抱き、すやすやと小さな寝息を立てている。続いてヤマトがタケルとは反対側の隣に首を振るうと、自分のパートナーであるガブモンが規則正しい寝息を立てながら、彼らしくも礼儀正しい姿勢で深い眠りに落ちていた。

 距離は離れているが、怪獣の鳴き声みたいに無遠慮な太一とアグモンのいびきがうるさい(アグモンは怪獣のような風貌だが)。
 ヤマトは、ゆっくりと体を起こした。うつらうつらと微睡みを漂っていたが深く寝付けず、とても曖昧な夢の中をさまよっていたみたいだ。内容はまるで覚えていないが、嫌な夢だった、と言うのはわかった。
 もう一度タケルを見やる。昼間、はしゃぎすぎて疲れたのだろう。悲劇的な最期を遂げたエンジェモンの生まれ変わりとも言うべき存在であるポヨモンに、無邪気な笑顔で様々なことを語りかけながら、取り戻すかのように一生懸命戯れていた。この中ではタケルと同じくらい、或いはタケル以上に子供らしいミミとパルモンも一緒になってじゃれていた。
 そのミミは、ヤマトとタケルからは一番遠いところで、空と一緒に寄り添うようにして眠っている。

 何気なく全員を見渡したヤマトは、一人足りないことに気が付いた。少し頼りない印象の、最年長の彼だった。相方のゴマモンは光子朗とテントモンのすぐ隣で寝息を立てているのに、いったいどこへ行ってしまったのだろう。デビモンとの対戦前、ひとり、ムゲンマウンテンに向かっていたと言う前科がある彼のことが、途端に心配になった。
 ヤマトは周りを起こさないよう、慎重に立ち上がった。





「丈」


 月明かりが反射するホエーモンの背中は、真夜中であっても足場を確認できる程度には明るく澄んでいる。ホエーモンの尾鰭の近くに、丈はいた。寝ころび、満天の星空を仰いでいた。
 ヤマトの呼び掛けに丈は弾かれたように半身を起こすと、少し罰が悪そうに笑んでみせた。

「ヤマト。ごめん、起こしちゃった?」

「いや、それはたまたまだ」

 それは本当にその通りで、安眠を妨害されたのは太一とアグモンのいびきのせいだろうとヤマトは勝手に決めつけていたのだった。まあもちろん、夢見心地が悪かったのも一因ではあるが。
 言いながら、困り顔で微笑む丈の傍らへヤマトはにこりともせずに歩みを進める。体裁よく見せたくて、変にクールに気取ってしまうのは自分の悪い癖だ。ヤマトの動向を見守る丈には目もくれず、しかしその隣へそっと膝を折り、素っ気ない物言いで投げ掛けた。

「またいなくなったかと心配するだろ」

「いなくなるって、ここは海の上だよ?」

 確かにその通り。
 明かりが小さく灯ったように柔らかく目を細めて微笑む丈に、いらぬ心配だったようだとヤマトは頬を赤らめた。落ち着きがなくておっちょこちょいの彼のことだから、海に落ちていやしないかと心配したのだ。

「ヤマトは心配症だなあ」

 追い討ちを掛けるような言葉に、ヤマトは咄嗟に丈の背中を叩いていた。

「うるさいっ」

「いたたっ」



 重たい頭部を支えるように腕を組みながら再び寝ころぶ丈に合わせて、ヤマトも自然にどさりと胡座をかく。
 互いに中々寝付けないと言う世間話から、サーバ大陸のこと、タグや紋章のことなど一通り話し合った。もっとも、話題の多くは丈が拡げてくれたものでヤマトは曖昧に相槌を打つくらいであった。丈にしたって元々控え目な性格であり能弁でも多弁でもなく、結果としてあまり弾まない雑談を繰り返し、ふと、どちらからともなくに無言になった。
 それでヤマトも彼に習ってその場に横たわる。相変わらず煌々と、星が瞬いている。


「ヤマトってさ、ミミくん、苦手だろ」


 沈黙の合間を縫って唐突に丈がそう言った。歯切れの悪い話し方であったが、しかし単刀直入であった。
 思わぬ問い掛けに一瞬どきりと硬直したが、その思慮深さ故に周りをよく見ている彼のことだからあまり意外には思わなかった。しかし当然、素直に頷けるはずもない。ヤマトははぐらかすように嘯いた。

「なんだよ突然に」

「あ、いや、うーん、見てて思っただけなんだけど、なんでかなって」

「別に、苦手とか、そう言うのないさ、仲間だろ」

「……じゃなくって」

 ヤマトは観察するように丈を盗み見た。口角をへの字に曲げてどう伝えようかと聡明な頭を試行錯誤させている様子は、何故だか少しおかしかった。こんなところが放っておけないんだよな、とヤマトは自分の方が年下なのを棚にあげてひとり納得する。
 相変わらず奥歯に物が詰まったようなたどたどしさで、丈はひとつひとつ紡ぐように言葉を繋いで行った。言い難そうな話し方とは裏腹に、穏やかに弛緩された表情だった。

「正直さ、初めは僕も、ミミくんみたいなタイプって苦手だったんだよ。人の輪の中心にいるような女の子って、眩しくてさ、苦手で」

 空を仰いでいた丈がこちらに振り返ろうとしたので、気付かれぬようにとヤマトは慌てふためいて顔を逸らす。

「でも、ミミくんって分け隔てないだろ? そう言うところ、少し太一に似てるなって思って」


 太一に似ている――不思議な響きだった。胸の仕えが取れたかのようにすとんと落ちて心のど真ん中に浸透して行くのに、稲妻のような暗雲がぐるぐると渦巻いていた。何故そんなことを丈に諭されなければならないのだろう。納得が行くような、行かないような、認めたくないような、嫌なような、そんなあやふやな感じ。


 ヤマトの心情などつゆ知らず、丈は続けた。

「でもヤマトは、僕みたいなタイプじゃないからさ。なんでかなって」


 今度はヤマトが考え込む番であった。とは言え、おおよそヤマトの中に答えは存在していた。直視したくなかっただけで、薄々は気付いていたのだ、とっくに。
 ――単純な話だ。彼女とは考え方や主義主張と言った点で、合わない。持って生まれた性質が、これまで培った性格が、どれを取っても全てが正反対なのだ。哀しいほどに真逆なのだ。

 ヤマトはミミのように、不満を口に出したり出来ない。悲しくても簡単には涙を流せない。誰にでも平等に接したりなど出来ない。

 ヤマトには出来ないことを、本当は自分もそうしたいと思っていることを、ミミは事も無げに出来てしまうのだ。それが見ていて辛くて、歯痒くてやりきれない。生まれ育った環境や稟性と言った自分ではどうしようも出来ないところで、痺れるような羨望と嫉妬が胸にこびれついて心の中をかき乱すのだ。


「……ミミみたいな、いかにも女の子みたいなタイプに、いい思い出がないんだよ。敢えて言えば、それだけだ」


 それも嘘ではない。いつだったか、同級生の女子に――ちょうどミミのようにお洒落が好きな、快活だけど物腰が柔らかい感じのそれなりに人気のある女子に、愛の告白を受けたことがあった。告白など何度も受けたことのあるヤマトだったが、深く印象付けられた点は彼女が人目も阻からず泣き出したことだ。狼狽えるヤマトにフォローもなく彼女は泣きながら逃げ去ってしまった。
 それも十分に堪えたのだが、なによりも大変だったのはその後の学校生活であった。友人の多かった彼女を庇うように、入れ替わり立ち替わりに数人の女子たちに呼び出されては理由を問い質された。説得も受けた。曰く、彼女はとてもいい子だから勿体ないだとか、女の子を悲しませるなんて最低だとか、諸々。

「そっか」

 たぶん頭の良い丈のこと。クォーターなどと言うヤマトのような物珍しい人間にしか経験し得ないだろうことを察したらしい丈は、それで少し納得したようだった。
 丈は体勢を起こしたが、顔は空を仰いだままだった。


「ミミくんはどうなんだろうね、苦手な人とかいるのかな」

「いないだろ、あれは、誰でも自分のペースに引き吊り込むタイプだ。相手が自分を好きとか苦手とか、考えもしないんじゃないか」

「それもミミくんの凄いところだけどね」


 丈がヤマトをちらりと見やる。優しげな微笑を浮かべる彼は、あまり頼りないのだが、時折すごく大人びた表情をする。なにもかもを彼に委ねてもいいような、胸の内を隠すのも馬鹿らしいような、不思議な安心感。

 ヤマトは丈の、眼鏡のフレームの奥の、黒目の強い眼差しを懐かしさにも似た気分で眺める。ふと、父親のことを思い出した。脳裏に浮かんですぐ消えた。


「だからみんな、いつの間にか心を開いちゃうんだろうな、僕みたいに」


 変な意味じゃなくてね、と焦ったように付け加える丈の言葉を、ヤマトは無言で、素直に受け止めるのだった。





 壁を、作っているつもりはない。そう思っていた。ただ、なんとなく苦手なのだ。
 一つしか年は違わないのに、彼女を前にしたら自分がひどく汚れた人間に思える。そしてそれすらも、見透かされているような居心地の悪さを覚える。

 花のような、春風のような、日だまりのような――。
 まるでひまわりのように眩い、無垢な明るさ。この世の汚いことなどなにも知らないみたいな、純粋な笑顔。小学生のくせに垢抜けた輝きも、時折凛とした芯の強さも、なにもかも。


 きっと、大切に大切に、伸び伸びと育って来たのだ。悩みも悲しみもないような、綺麗な世界だけを見せられて、なにも疑問もなく育って来たのだ。表裏のない率直な言動の一部をくり抜いても、大切にされていたことの証拠がありありと垣間見れるのだ。

 そう言う環境で育った女の子と言うのは、総じてワガママになるものだろう。そして、そのワガママを許されて来たのだろう。
 確かにミミを前にすると、ワガママなことに対しては不思議と腹が立たない。そう言った不思議な――得な性格に、ミミ自身これまで甘えて来たのだろう。
 だからミミは人を選ばない。誰もがミミを最終的には受け入れるからだ。例えばこの、丈のように。


 表と裏。光と影。陰と陽。天と地――。


 ヤマトは我慢をして育った。寂しい時、甘えたい時に両親や弟はいつも側にはいなかった。
 あまり家にいない父親に変わって、炊事洗濯を覚えた。母親にも頼らなかった。押し通してみたいワガママも、相手がいないんじゃどうしようもなかった。
 我慢を覚える内に、そうすることが普通になった。

 母さんは俺を捨てたんだ――時折漠然と脳裏を掠める悲しみにも、ヤマトは目を逸らすことを覚えた。けど、恐らく、胸の奥深く深く、暗闇の深海の、それよりもずっと下で、強かに根を這っているのだ。
 ――父さんも母さんも俺を必要としていない。
 気持ちを隠すことで、両親から自分の身を守っていた。ありのままを晒せばいよいよ本当に見捨てられるんじゃないかと、漠然とした恐ろしさが深く根を這っているのだ。



 同じ星の元に生まれ落ちたのに、自分と彼女は、こんなにも遠い。





 だが。





「太一さん、こんなところでいくら後悔したって、どうしようもないわ」


 それは、新たな敵エテモンの手下を相手に、紋章を手にした太一が無茶をし、グレイモンをスカルグレイモンに進化させ、コロモンに退化させてしまった一連の出来事のあとだった。
 ファイル島とは打って変わって緑も水も食料もないサーバ大陸。見渡す限りの砂漠、燦々と照り注ぐ太陽の日差し。みんな心身共に疲れていたが、中でも太一とコロモンの消耗は痛々しいほどだった。
 そう言えば、ここのところ珍しくミミのワガママを聞いていない。サーバ大陸に上陸した当初は、風呂を求めて単独行動した挙げ句、パグモンに連れ浚われ、助けに向かった太一と光子朗に入浴を覗いたとして桶をぶつけたりなど、勝手気ままな行動をしていたと言うのに。

 そんな折り、落ち込む太一に優しく声を掛けるミミが視界の端に移った。ヤマトは意外な気持ちでこっそり耳を傾ける。


「コロモンのためにも、太一さんが元気を出さないと」





 太一と丈に続いて紋章を手に入れたのはミミだった。
 タグに収まった紋章を不安げに見つめながら、ミミは誰ともなく呟いた。


「ほしくなかったのに……あたしパルモンを正しく育てられるかしら」



 彼女の意外な一面を、次々に垣間見た気がした。
 スカルグレイモンの一件から太一に続いて、見るからに元気のなかったミミ。ワガママを押し止めて、太一を気遣う優しさ。不安げにパルモンを見やる大きな瞳。


 ヤマトの中でミミとは、脳天気の塊だった。
 ある意味、太一以上の底知れぬ明るさを兼ね備えた彼女は、悩むとか落ち込むとか、そんなこととはほとんど無縁の、自分とは別の生物のように思っている節が、ヤマトにはあった。
 ……けれど、今の彼女は。



 間違っていたのは、自分の方かも知れない。



 ヤマトは今にも涙を零しそうな、ミミの暗く影の指した横顔を見守る。――似合わない、そんな顔は。素直に浮かんだその言葉を、ヤマトは複雑な想いで噛みしめた。切なさにも似た、ほろ苦い気分だった。







育ってきた環境があまりにも違う二人。早々に大人にならなければいけなかったヤマトと、子供らしく甘えて来たミミ。
正反対のようですが、こと感受性の強さに関しては、二人は比例していると思います。ヒカリを含め八人の選ばれし子供の中で、飛び抜けて感受性が豊かなのがこの二人。
違いはヤマトの方が痛々しいくらいに繊細、ミミはざっくばらんと言うところでしょうか。
だからこそダークマスターズ編でのあれに繋がるんだと思いますが、それはその内本編で語ります。

スカルグレイモンの回では太一の落ち込みようが半端なかったなと言う記憶。ミミにすら気を遣われるほど。だからこそ印象的な回でもありました。

ところで丈とヤマトのコンビが自分はかなり好きです。よく見る組み合わせですが、人間不信の気があるヤマトが心を開いているのが丈と言うのは、すごく納得出来るところ。誠実な彼だからこそ、ヤマトも居心地が良いのでしょう。
丈はぶっちゃけ私がかなり好きかも知れないです。ミミと同じくらい。

個人的には空はヤマトみたいな地雷を多く持っているタイプより、丈のような同じような包容力のあるタイプと恋愛した方が幸せだったろうと思います。まあ、本当は太一とくっついてほしかったですが、そりゃそうさ。あれだけヒロインしていたんだから。
丈も一番相性が良い女性は空のようなタイプでしょう。立てるところ立ててくれるし、互いへの思いやりに溢れた、穏やかなカップルになりそう。
ミミのようなタイプに振り回される丈、と言うのも萌えますけどねw

あと、太一以上の明るさをミミが持っている、と言うことに関して。
選ばれし子供たちってそれぞれがトラウマみたいなのを抱えてますよね。
空は母親との確執、と言うか行き違い。
ヤマトは両親の離婚とタケルへのブラコンとも言えるほどの執着。とにかく情緒不安定。
光子朗は、自分が養子だと言うこと。
丈は、両親からの医者を志すための圧迫、プレッシャー。
タケルも両親の離婚。冒険中はエンジェモンの死と言う悲しい経験もしました。あの年で恐ろしいくらいに空気を読みます。
ヒカリは、ね、電波感? とか、ダゴモンの海とか。我慢しちゃうところとか。
太一にしても、ヒカリを死なせかけた過去がトラウマになってます。

それに比べてミミ。なんにもないですよねw
これって実はすごいことだと思う。
塞ぎ込むタイプが多い子供たちの中で、太一とミミは異色だったのかなと。はい。

次回は再び現代へ。

2013/11/10


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