君らしく純真なままで(3)
口元に指を添えるようにしながら、ミミが笑う。昔から女の子らしい仕草は長けていたが、久々に見るそれは、更に洗練されていた。
彼女らしい可憐なあどけなさと、どこか妖艶な雰囲気すら漂わせる大人っぽさとが絶妙に今の彼女を輝かせていた。
ヤマトは、すっと瞼を細めた。
まるで居心地の良い日溜まりを見付けた小鳥のように、優しい温もりがヤマトの胸を満たして行った。親友に対してのそれとも、恋人に対してのそれとも、弟に対してのそれとも違う、穏やかで朗らかなこの感情はなんだろう。
「それ、ちょっと普通すぎません?」
ナンパの現場から助け出しておいて、久しぶり、などと言う平凡さがおかしいらしい。ヤマトは困ったように頭を掻いた。
「悪いな、ユーモアのない男で」
「ふふ、そんなことまで言ってないのに!」
無遠慮に色白な手首が伸びて来て、ヤマトの二の腕の辺りを軽く打ち付ける。耳に優しいとろとろとした声で小気味良く笑って、再びヤマトを、真っ直ぐに見つめ返した。
――かつては、このなにもかも見透かされてしまいそうな大きな瞳が苦手だった。あまりにも真っ直ぐに射抜くように見つめてくるものだから、その素直さに、自分の中で渦巻く不純ななにかを咎められているように思えた。
けれど、今は焦げ茶色の大きな瞳で見つめられることに、不思議と、あの頃のような居心地の悪さは感じないのだ。
「助けてくれてありがと。それと、お久しぶりです、ヤマトさん」
にっこりとまた笑んで、続けた。
「こんなところで、ヤマトさんに会えると思わなかったわ」
「奇遇だな、俺もだ」
言いながら、ヤマトは肩から外れていたギターケースの位置を掛け直して、彼女が後を追って来やすいようにゆっくりと歩き始める。
「あら? どうして?」
少ない歩幅でちょこちょこと隣に並ぶ様さえ、今や懐かしさと仄かに高ぶる刺激的な清々しさで、心が弾む。
「どうしてもなにも、向こうの卒業はまだだろ?」
腰を屈めて、彼女のくるくると踊る表情を覗き込んだ。
「そうね。でも今は、おやすみなの」
ミミはそう言って、少し小走りにヤマトの前へ躍り出た。
清純そうなオフホワイトのニットワンピースに散りばめられた真珠の刺繍が、ネオンの灯りでキラキラと反射している。しなやかに延びる日本人離れした淡いピンク色の眩しい生足が、茶色いブーツの爪先でくるりと半回転した。それに合わせて春風のような優しい薫りが、彼女の周りを浮遊する。
綺麗だと思った。仕草も、長い髪も、ネオンも、透き通るように綺麗だった。昔から可愛いと評判の美少女だったが、少しずつ大人びて行く彼女は、まるで百合のように凛とした上品な美しさがあった。あの頃よりずっと、綺麗になっていた。
「だからね、ヤマトさん」
腰の後ろで腕を組み、満面の笑顔でミミは少し小首を傾げながら、上半身を屈めた。
「あたしね、帰ってきたの」
上目使いに見上げる姿を見つめながら、ヤマトは心の中で、ああ、と感慨深げに頷いた。
「アメリカから、日本に帰ったのよ、ヤマトさん」
それ、ちょっと普通すぎません?
さっきの言葉の真意は、本当はとっくに見抜いていたのだ。素直な感情を全身で表現する彼女の、彼女らしい動作の全てが、記憶の中に浸透して行く。
遅くなってしまったが、彼女が望むなら、今からでもこの言葉を贈ろう。一人離れた地で、寂しい思いもしただろう。五年と言う月日は、思い返せばあっと言う間に過ぎ去ったようにも感じるが、それでも通過している間は途方もなく長かったろう。だから――
「おかえり、ミミ」
桜前線が一斉に開花したような、輝かしいばかりの笑顔で、ミミは言った。
「ただいま!」
むりくりお休みと言う設定にしてしまいました。
ミミの年上に対する、タメ口と敬語が絶妙に入れ混ざった口調が好きです。甘え上手だけど礼儀正しい、と言うか。
ところで選ばれし子供たちって、みんな育ちが良いなーと思います。小学生の頃なんて、上級生の友達をさん&tけでなんて呼ばなかったですよね。まあ、アニメだからでしょうけども。
そう言えば、空とミミは丈のことだけ先輩と呼びますが、これは何故なんでしょうね? そんなところも萌えるのですけどね。
次回は再び冒険の話になります。