まるで紅葉が張り付いたかのように染まった頬をさすりながら、涼しい顔をして先を歩く、金髪のチビを恨めしげにチラ見した。どうでもいいけど地味にほっぺた痛いって。ヒリヒリする。 全く以て有り得ない状況だが俺は今、見知らぬ廊下で、これまた見ず知らぬの少年に引き擦られるように歩かされている。 見ず知らずの少年と言えど俺の中ではもうはっきりとコイツは要注意人物と位置付けられた。いや、やっぱこいつはただのクソガキで十分だ。 人違いだか何だか知らないが出会い頭、このチビに思い切り平手打ちを食らわされたのだ。それはもうバッチンといい音をさせて。 何が悲しくて年下にここまでナメられなきゃいけねぇのか。いや、背もチビだし怖くも何とも無いんだけど。 こういう一見大人しそーな奴がキレると後が面倒なんだよな。 身内で一度経験済みだ。あいつと同じ。真面目なんだろうけど、ネチっこいっていうか。人って本当に見た目だけで判断出来ないよな。 それにしてもマイペースな奴だ。人違いだって言ってんのにこっちの話は聞こうともしねぇ。 さっきだって、エレベーターホールで突如、携帯電話を胸ポケットから取り出したかと思えば。
「失礼、理事長に貴方が見つかったと報告させて頂きました」 「は? りじちょーって?」 「あ、学園の警備を更に強化して貰うように申請しましたから。これでもう逃げられませんよ。歩会長」
質問は無視され、チビに両腕を拘束された。そうして、今に至る。 勝手に確定するなよ。俺、全くの赤の他人だから。つーか学校だったんだ、ここ。
床は鮮やかな深紅の絨毯に覆われ、塵ひとつすら落ちていない。廊下の至る所に、彫刻、絵画、壁画、調度品などと素人目でも上質と分かるものばかりが飾られている。学校というより、さながら美術館のような趣だ。
どんだけ無駄金注ぎ込んでんだよ……学生如きに。 親が甘やかすからこういうクソガキが付け上がるんだろ。 はっきり言って贅沢だ。俺が通う学校なんてエコだかなんだか知らないが、空調設備すら満足に整ってねぇーつのに。 夏休み明けの9月なんて地獄だったぞ? 夏、全然明けてねぇよってな感じで。 「あのな、だからそれは人違……」 「また言い訳ですか。貴方らしくない。ほら、行きますよ。貴方が居ない間、仕事が溜まりに溜まってるんですから」
金持ちの馬鹿息子っていうのは基本的に人の意見を聞き流すのが普通なのか? 何度違うと訴えても、金髪のチビは耳を傾けようともしない。 知らんわ。仕事なんか。俺に関係あるか。溜まるのは生ゴミと洗濯物だけで充分だ。
「いや、だから」 「つべこべ言ってないで駆け足っ!」 「わ、わかった」
結局、気迫に圧倒されて意図せずに頷いてしまった。 いや、駄目だろ。っていうかアユム会長って誰。完璧他人に間違えられてんじゃねぇかよ! ああ、ヤバい。 このままどんどんコイツのペースに持っていかれたままだと一生その歩とかいう奴だと誤解され兼ねない。 俺にはそんな暇ねぇんだよ。携帯も金も無いから家に連絡出来ねーし。 このまま門限までに帰れなかったら……またあの心配性の馬鹿ハトコが何を為出(しで)かすか! ダチ全員に電話し回るは当たり前、仕舞には捜索願いなんか出されてみろ。俺恥ずかし過ぎて新学期、学校行けねぇから!
「ちょ、待ってくれ!」
“理事長室”とプレートが掲げられたドアに手をかけようとする少年に静止の声をかけた。 ここに入ったら終わりだ。何故だか分からないが長年の勘がそう告げている。 兎に角、ここに引きずり込まれたら終わりだ。俺は暫くこの学校とやらに居なければならない状況になりそうな予感がする。
「俺はその、アユムっていう奴じゃない! 全くの人違いなんだ」 「今更何言ってるんですか。往生際の悪い!」
今更って言うか、最初から完全に否定してますから。お前が話を聞こうとしなかっただけだろ。
「それでは、貴方が東久世歩では無いという証拠があるんですか?」 「し、証拠って言われても」
チビに言い詰められてから始めて気付いた。 俺、屋上にあるママチャリ以外、何も持って無ぇんだった。 ちなみに夏期の制服はどこにでもありそうなYシャツに灰色のスラックスだ。財布も、携帯も、学生証も、今は無き鞄の中。俺自身を証明するものは何も無い。
「そ、それを言うなら! 俺がその……歩って奴だって証拠はあんのかよ?」
苦し紛れにしては良く言ったぞ、俺。 そうだよ。嘘は何ひとつ言ってねぇんだ。このまま違うって主張し続けたら、ちゃんと分かって貰えるかも知れない、多分。 だが、チビは俺の言い文に全く動じることなく淡々と宣った。 「後ろを振り返って頂ければ分かります」 「後ろ、え? これ、嘘っ。俺ぇえっ?」
振り返って見れば、壁には歴代の生徒会長と思しき少年達の顔写真が大層ご立派な分厚い額縁に入れられて一直線に並んでいた。 一番右端が多分現会長なんだろう。自分の顔が22代目会長とやらに瓜二つだったのだ。いや、顔だけではない。髪の色も、黒髪で髪型だって殆ど同じだ。初対面のチビが俺を見て違和感なかったらのだから、多分身長も同じ位なのだろう。 これなら間違えられても仕方が無い、かも? いやいやいや、駄目だろ。誤解が解けるどころか、更に勘違いされる羽目に。ちょっとでもいいんだ。何か写真と違うところねぇのか。
「あ、でもコイツみたいに眼鏡かけて無いよ。俺コンタクト派だし」
藁にも縋る気持ちで僅かに見つけた違いを指摘した。 それに写真のソックリさんは俺のように制服を着崩しておらず、かっちりとした着方なのだ。 このチビが着ているのと同じ、深緑のブレザーに、校章入りのタイピンで留めた臙脂色のクロスタイ。同じ顔なのに、そいつは何処か優等生というかお堅そうな印象だった。絶対に気が合いそうに無いタイプだ。何か、すげぇ嫌。 見れば見るほど、俺が罰ゲームでこんな格好させられてるみたいだ。やっぱり、全然似てねぇよ。
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