アンテイーク調のシャンデリアに、意匠を凝らしたガラステーブル、背もたれの部分に装飾が施された白いカウチソファ。 理事長室、そこは洋画のセットか、とツッコミを入れたくなるような別世界であった。 しかし、お茶請けにと出されたのは、何故か羊羹と大変和風嗜好だ。部屋の派手さと対比すると何ともアンバランスな具合である。 前には左に理事長、右に輝一がソファに座っているのだから、顔は上げたくても、上げられない。上げたらどちらかと目が合ってしまうだろうから。
「……」
居心地の悪さを誤魔化すように、出された緑茶を口にする。しかし、喉は潤うことなくカラカラに渇いたままであった。 部屋から逃げ出したい気持ちを堪える。 一体俺はどうすればいいんだ。 打開策を見出そうと、必死に考えを巡らせていた。
20XX年7月24日。高二になって最初の終業式。自転車で下校中の俺は突然、交通事故に遭った。 車に撥ねられた時、身体が宙に浮いたし、普通なら地面に叩き付けられて即死かも知れない。 けれど、俺はどうしても死にたくなかった。 何故だって? 未練があるからに決まっている。何よりこれ以上迷惑をかけたくなかった。キイチに。 死に際の願いが叶ったのか。俺は何とか無傷で、死なずにすんだのだ。そして再びキイチに逢うことが出来た。 けれどそれは俺が知るキイチでは無くて、二十数年前の、まだ中学生であった“輝一”だった。 時間移転(タイムスリップ)。信じろと言う方が馬鹿馬鹿しい。常人に言うものならば、なにそれふざけてんの? と哄笑されるだろう。 でもそれじゃあ、今の俺は一体どういう状況なんだ? 俺は時間を越えて、中学生の輝一がいる“過去”に飛ばされた。ママチャリと共に。それは確かだ。 本音を言えば決して認めたくないが、型の古い携帯に、14歳の輝一と、過去だと推測出来る点が多すぎる。 この際、何故過去に来てしまったのかは取り敢えず気にしないことにする。問題は元の時代にどうやって帰るのか、だ。 その手段が明確に分かるまで、本物には悪いが、このまま『東久世歩』とやらに成り代わるしかない。 あれだけ否定してきたくせに今更図々しいなと、自分でも思う。けれど仕方ないのだ。この時代に生まれてもいない俺は頼れる知人どころか、戸籍すらないのだから。 その上、一文無しときた。このまま、自の俺で通せば、まともな暮らしなど、出来たもんじゃない。確実に路頭に迷うことになるだろう。 それに、過去に飛ばされた時に、最初に居たのがこの学園なら、現代に戻るのもまたこの学園からという可能性もある。 後は本物が学園に戻ってきて、鉢合わせになることを防ぐのと、学園の誰かに気付かれないようにしなければならない。 元の時代に帰る前に、バレたら確実に俺の人生終わりなのだ。 心して、“東久世歩”を演じていくしかない。 だけど、頭ではそうするしかないと分かっているのに。気が乗らないもんは乗らなかった。 何故なら、俺が知るキイチは人を騙すような嘘が大嫌いな奴だったから。
「そ、その。ご迷惑をお掛けして、すみませんでした」 便宜上、俺は失踪した本物の振りをしなければならないので、一応理事長に謝罪をした。
「東久世君が無事に戻って来てくれて、本当に良かったわ。心配したのよ?」
理事長、と呼ばれた人物は意外にも、聡明そうな金髪の美女だった。 いや、この内装が宮殿のような学園には凄くしっくりくるんだけど。 髪も地毛のようだし、あまり似てないけどまさか?
「私達親子も気が気じゃなかったわ、ねぇ輝一?」 「ええ、本当に」
家では見たことのないような女性に対しての流暢な接しぶり。 やっぱりこの理事長、母親だったのか、予想が的中したことに、内心独りごちた。 こいつ、昔っから女性にはアガり過ぎて何喋ってんだか分からなくなるもんな。流石に血の繋がりのある母親は平気だったか。 見た目紳士なくせに、女性が苦手だったハトコ。別れた元カノも、家に来る度に折角英国人のハーフなのに勿体ないってよく嘆いてたよなぁ。 そういえば、あいつ女が苦手なのは高校生になるまで、周りがずっと男ばっかりだったせいだとか言っていた。 ってことはこの学校、男子校だったのか?
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