「……服装と眼鏡以外はソックリじゃないないですか」 「あ、それは俺も思った」 「ふざけないで下さい。間違い探しじゃないんですよ」
そんな呆れた声でチビが言うものだから。普段は温厚な俺も流石にカチンときた。 ふざけてなんかねぇよ。こっちは至って真剣だ。これ以上にねぇくらいにな! このまま他人の身代わりにされてたまるかってんだ!
「もういい、そこまで言うなら、ハッキリさせてやろうじゃねぇか! 人違いだってことをな!」
そう声高々と宣言して、チビの胸ポケットにある携帯を引っ手操った。記憶にある馴染みの番号を素早く押す。
「どこにかける気ですか?」 「うるせえな。身内にだよ。待ってろ、今人違いだってこと証明させるからよ」
とは言ってみたものの、肝心の電話は何度かけても、彼奴に繋がる様子は無く、話し中だった。 おかしいな。担当さんからかかってきたのか?いや、それはねぇ。あいつ締め切り前は担当さんの電話ワザと出ねぇしな。
「まだですか?」 「ちょっと黙ってろ。話し中みたいなんだよ。今メールしてみるから」
だけど、手に取ってよく見ればこの携帯。本体自体は新品のようだが、すげぇ昔の機種らしい。会社は俺が持ってた携帯と同じトコだけど。こうも古過ぎると全然勝手が分からねぇ。何で新しいの出てんのに態々こんな古いの使ってんだよ。 手間取りながらも、漸くメールを送信し終える。だが、数秒も経たないうちに、携帯は振動した。
「え? なんで」
メールを開けば、全く同じ文章が画面にあった。どうなってんだ? アドレスは間違ってねぇし。
「キイチ……?」
自分でも情け無い程の小さな声が口から零れ落ちる。 なんで電話、出ないんだよ。お前だけが頼りだったのに。 それにいつの間にアドレス変えたんだ。いくら画家の仕事が忙しくても一緒に住んでんだから、教えてくれたっていいじゃんかよ。 誤解が解けないで腹が立つというより、悲しかった。まるで、キイチに拒絶されたようだったから。
ふと自分に向けられていた視線に気付き、今の胸中を誤魔化すように、チビに当たり散らした。
「さっきから、なに人の顔ジロジロ見てんだ! 誤解だって分かったか?」 「い、いえ。貴方が僕の名前を呼んだので」
なんだ? 行き成りしおらしくなりやがって。先程の気迫が嘘みたいだ。今更猫被ったって遅いんだからな。 つか、勘違いに気付いたんじゃねぇのかよ。 そもそも俺はお前とは初対面なんだから名前なんか知らねーし。 そうツッコミをいれようとした矢先、耳を疑うような噸でもない一言をこいつは言いやがった。
「貴方が僕を“輝一”と名前で呼ぶのは、その。初めてだったので……少し驚いたんです」
何、だって? コイツも名前が“キイチ”? いやでも、輝一なんてそんな珍しくない名前だ。ありふれた名前だけれども。 先程から流暢に話す日本語。キレた時以外は誰隔てなく常時敬語で話す真面目な性格。コイツもキイチと同じハーフだったとしたら。俺にとって珍しく、ないのかもしれない。 不意に浮かんだ信じられない憶測を確認するかのように、恐る恐る尋ねた。
「……キイチ? 加賀見、輝一?」 「そんな改まってフルネームで呼ばなくても。もう、本当にどうしたんですか。今日の会長、少し可笑しいですよ」
そう微笑んだ時には、軽蔑の眼差しは既になかった。変わりにあったのは俺が唯一、安心出来るあいつの目。 目眩がした。どういうことだ。コイツがキイチと同じ? そんな訳あるか。何かの間違いだ。俺と歩って奴と同じ。他人の空似だ。 だけど同姓同名で、言われて見れば身長と年齢を除けば、キイチと重なる所がある。 髪の色、口調とかは確かにそっくりだ。さっきの電話も、もしかして話し中だからじゃなくて……繋がらなかった?
「そんな」
焦っていたせいで、さっきは気にも止めなかった携帯の画面の片隅にあった日付と年号に、目を見開いた。
“200X年4月20日” 自分は生まれてすらいない年が表記されている。 ち、違う。だってキイチは俺と二十いくつも年齢が離れたハトコなんだ。俺と大して年齢が変わらないはずがない。ましては俺より年下のはずがない。 此処は何だ? 俺は今、何処にいる。
「さ、冗談もそこまでにして。理事長がお待ちかねです。急ぎましょう」
しかし、少年が俺に向けてきた笑顔は紛れもなく俺が良く知る“キイチ”と同じだったのだ。
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