翌朝、ある程度身仕度を一通り済ませた後。一枚のカードが俺の元に届けられた。
『東久世歩』
手渡された真新しい学生証には、これから名乗っていかなければならない借名と、髪型と眼鏡を掛けていないこと以外は俺と瓜二つの、顔写真が記載されていた。 カード左隅には、金色のICチップが光り輝いている。
「プリペイド機能付いてんのは助かったよなー」
どうやら一年分は入金済みらしいので、贅沢し過ぎずにいれば、十分食い繋いでいける。いや、そんなに長居するつもりはないんだけどさ。
「スミマセン。えぇっと、東久世、歩サマ。使った金は、二十年後に、必ず返しますんで」
小さな写真に映る、仏頂面のそっくりさんに対して、こっそりと謝罪する。 この学園でオレが“東久世歩”として使った分の金は後で、きっちり返済するつもりだ。返さなかったら、盗んだのも同然だし。 まぁ、他人に成り代わるのも、十分犯罪クサイが。 あっち(未来)に戻ったらキイチの実家辺りに、探りを入れて、歩宛に匿名で送金しよう。 親戚連中には、不審がられるかもしれないが、仕方あるまい。 中学生の輝一が居る過去に飛ばされて、他人に成り済まして、お金使いました、なんて言っても、多分信じて貰えないだろうし。 あっち(未来)の歩にとっては、何で二十年掛けて返してきたんだと疑問に思うかも知れない。 けれど、此処(過去)でのオレは地球上にはまだ、存在してはいない身なのだから、そこは許して欲しい。
「問題は、いかにして他の生徒や、先生にオレが歩の偽物だってバレないようにするか、だよな」
生徒会長としての地位を巡る再選挙が六日間後で、姉妹校との合同懇談会が約二週間後に行われる、と。
「ええと、こっちだと今は四月の、二十一日だっけ。ゲッ、五月に中間考査あんじゃん!」
学生証と共に貰った学生手帳によると、“五月下旬、中間考査”と記されていた。 なんだコレ。中間考査って。俺限定で、超過密スケジュールじゃねぇかよおおお! そんな、立て続けに行事を詰め込むなよ。ストレスで死にそうになるわ。
「ほ、他には?」
俺は本物の歩ではないので、此処に来る以前の事は知らない。 後々、本物と他の誰かでしか知り得ない事を会話の引き合いに出され、“辻褄”が合わなくなってしまう、といった事態は多分、避けられないだろう。少しでも長く、偽者だと諭られない為にも、現時点で得られる情報は、出来る限り押さえておきたい。
「よし」
ベットに腰かけると、手帳を捲り、寸分の情報も洩らさぬよう、暫しの間、にらめっこする。
一年間の成績と進級テストによって、来年時のクラスが変動するらしい。因みに、オレが今借りている寮も、成績順によって、部屋の位置が変わるとか。
「角部屋ってどうなんだ? でも二人部屋を一人で使ってるってことは、良いんだろーな」
察するに、東久世歩自身の学力は、半年間失踪しても一人部屋は現状維持という無茶が許されるレベル。 半年間居なかったってことは、高等部一年時に進級テストを受けなかったってことになる。にも関わらず、特進クラスであるAクラスのまま、二年に進級できてんだもんな。
「やっべー……私立のテスト結果って、廊下の掲示板とかに、張り出されるんだよなぁ、やっぱり」
毎回学年十位以内確実の生徒会長様が戻ってきて、いきなり下から数えた方が早い、お粗末な点数を取るようになったら、確実に怪しまれるだろう。
「そもそも授業自体、ついていけんのか? 滅茶苦茶、ペース早そうだしなぁ、このガッコ」
どう考えても、学園全体の偏差値も高そうだ。 暗記モンは得意なんだけど。数学が、微妙なんだよな。赤点は取ったことは今のところ、全教科無いけど。俺が通っている公立高校のテストだからかも知れないし。 それに二十年も経てば、全国区の教育方針も様変わりするだろう。 俺が住んでた地区では、少子化の影響で、学校の生徒数が年々減ってきていた。都会に在る学習塾の人数より下回るらしく、母校である小学校も、俺が中学二年に上がると共に、他校に吸収、もとい合併という形で閉校した。故に小中高問わず、複数のクラスが存在しない。一学年に一クラスが当たり前。一つの教室で一、二年の合同授業を受ける時もあった。 テストだって、期末のみだし、自分は学年何位とか、誰が最高得点だとか、特に知らされる機会も無かった為、気にしたこともなかった。 中学は帰宅部より楽な同好会所属だし、高校に至っては部活にすら入っていない。塾に通っていたことも無いので、競争心といったものを抱いたことがなかった。 今まで、随分とゆるーい生活を送っていたのかもしんない、俺。
▲ main |