無駄に徒広い空間。それが東久世歩の部屋に入って、率直に抱いた感想だった。 元々この寮部屋が二人用に造られているのか、洋室が二間あった。ユニットバスではなく、洗面所と浴室、トイレが別々に一カ所ずつ。奥にはリビング、カウンター付きのシステムキッチンがある。 どうやら2LDKらしい。この広さを一人で使えというのか。
「あんなボロい家ヤダとか愚痴ってたんだけどなー」
なんでだろ、切実にあの狭くて汚い家に帰りたい。これから暫くここで自分を偽って生活しなきゃならないのに、早くもホームシックに陥りそうだ。 長期間部屋を空けていたらしいが、換気はされているし、家具が埃塗れじゃないのを見る限り、人によって定期的に手入れはされていたんだろう。
生活に必要最低限のものは常備されているし、何も不自由なさそうだが。殺風景で、引っ越したばかりの部屋みたいだった。
「うげぇ、本棚に教科書と辞書しか無い」
二部屋あるうちの一方が空室で、この部屋にはベットと本棚があったので、本物は此処を使ってたんだろう。ただ、どうやら正に寝る為だけに使用していた部屋、のようだ。 何しろ本棚はテキストと辞書で埋め尽くされていたのだから。雑誌や漫画の類は一切無かった。 いくらお坊ちゃん学校の寮とはいえ、これはないんじゃないか? とても現役高校生が暮らしていた部屋とは思えない。根本的なガリ勉野郎だったんだろうか。無趣味で、酷く潔癖な。 リビングにあった唯一の娯楽家電、液晶テレビさえも、説明書とリモコンが包装されたままで、使われた痕跡がまるで無い。 東久世歩、生活感なさ過ぎだろ。ていうか、折角学校側が用意してくれたんだから有効的に備品を使え。
「お、制服あった」
クローゼットを開けると、下には洋服タンスが2つ、上には几帳面に整理された上着やスーツと共に、制服が掛けられてあった。 スラックスも輝一と同じ、紺とグレーベースのタータンチェック柄だ。 輝一が付けていたクロスタイは紺色だったので、もしかしたらタイだけ学年ごとに違うのかもしれない。
「ピッタリだし……」
制服に袖を通してみると、恐ろしいくらい、俺にピッタリだった。つまり、身長も体格も同じくらいだった、ということか。
「目も、俺と同じで悪いみたいだしなぁ」
タンスの引き出しを開けて、発見した眼鏡ケースを手に取る。クローゼットの扉に備え付けられた鏡を見ながら、眼鏡をかけてみると、本物と同じ厭み顔がこちらを睨んでいた。
「ドッペルゲンガーみたいだな、なんか」
いやでも、そうすると本物にとっては俺が当て嵌るのか?
「腹、へった」
そういや、過去に来る前、昼飯食い損ねてたんだった。理事長室で、出されたお茶請け摘んだ程度だし。
「といっても、何も無いからなぁ」
キッチンにあった冷蔵庫はコンセントは抜けたままで、電源すら入っていない。調理器具はあったが、食材は無かった。 まぁ、本物が失踪したのが半年程前だ。部屋を掃除しに来る人が片付けてしまっていてもおかしくはない。 学食とか普通にありそうなのに、調理器具と食器があったということは東久世歩は自炊していたんだろうか? 学校が用意したにしては随分充実している。 食器だって一人が使うにしては多い。箸なんか四膳もいらないだろう。本物が頻繁に人を招くような奴だったら疑問に思わなかったろうが。絶対にそれはない。
「一々、謎が多いんだよ」
生徒会長で寮生のくせに断りもなく失踪する辺り、相当自分勝手な奴、というのは分かる。だけど、エレベーターで俺を見つけた時の輝一の反応から、本物が信頼されていたことに気付いてしまった。 名前で呼んだ時も、凄く嬉しそうだったし。結局、勝手に居なくなった理由を深く聞いてはこなかった。怒ってたのは、連絡が途絶えてたからで、そこは黙認してるってことなのかよ?
「なーんか。面白くねぇな」
何だってこんな自己中野郎を輝一は。俺なら絶対嫌だね、生徒会投げ出すような無責任な奴だし。
「まー成り代わりの俺が言えた立場じゃないけど」
謎が多いといえば、キイチもそうだ。東久世なんて知り合い、あっちじゃ聞いたこともない。というかあいつ、昔のこと滅多に話したがらなかったしな。
「あ、四時に、講堂だっけ」
時計に目を遣ると、既に三時半を回っていた。一先ずコンタクト外しておくか。眼鏡かけるのに付けておくのは変だしな。
「んー?」
洗面所からリビングに戻ってきたと同時に、部屋の呼び出し音が突然鳴り出した。
「ええっ? 早すぎだろ、輝一」
不審に思いながら、ドアを開ける。扉の先に立っていたのは、
「お久しぶりですね、東久世会長」
輝一ではなかった。
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