お友だち(偽) | ナノ

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峰太と秋については『父の閑話(///////)』などをどうぞ。
時系列については深く考えないでいただけると助かります。





 カフェの営業時間が終わり、看板を掛け替え店内に入った秋に向かって携帯電話が差し出された。大きな手にのったそれと、野性的な男前の顔を交互に見る。

「ほーた?」

 俺に電話なんてかかってこないよ、という意味を含ませた目で峰太を見上げるが、端が少し緑がかった黄色が混ざる茶色の、甘やかな瞳は特に揺らがない。

「優志朗が、秋と話したいらしい」

 ゆっくりとした低音。ともすれば相手を威嚇するようなそれだが、峰太の話し方はいつも優しかった。そしてその声が紡いだ『優志朗』という名前に不思議さを覚える。
 鬼島優志朗は、かつて捨てた子どもの恋人。自分より年上の恋人だ。

「優志朗くん? 珍しい」

 なんだろ、と言いながら携帯電話を受け取る秋の手と、一瞬手が触れた。乾燥して冷たく、細い指が薄い長方形を持ち上げる。
 もしもーし、と秋の声を背中に聞きながら峰太はキッチンへ戻った。ハンドクリームをあとで塗り込んでやろうとか、遅い昼ご飯は秋が好きな卵炒飯にしてやろうとか、秋のことばかりを考えて冷蔵庫から卵を出す。
 様子を盗み見ると、特に顔は変わらない。
 しかし「うーん」「そうかぁ……」と答える声は深刻で、真剣に悩んでいるようだ。既に内容を聞いた峰太、さて一体どう判断するかと見守るつもりでいた。特に口出しはしない。本人から何か相談などがない限りは。

 中華鍋を振っていると、秋の困りきった声が「ほーたぁ」と呼んだ。

「なんだ」

 鍋から顔を上げ、手だけを動かしながらカウンター越しに顔を見る。

「子どもが会いたいんだって。俺に」
「そうか。どうする?」

 考える、とでも言って電話を切ったのだろう。カウンターの端に長方形が置かれている。両手で頬杖をついた秋はうんうん唸りながら首を左に右にと傾げている。

「会いたいって言われても正直ぴんと来ないんだよー。生まれてすぐに蓮さんにはいってした子どもだもん。今更会って何話したらいいかわからないし、なんで会いたいって言ってきたのかもわからないし」
「それこそ書類でしか見ない父親だろうしな?」
「うん。蓮さんがお父さんだって鬼島さんに言ってたって聞いたから、一生会わないと思ってた」

 俺に会って何を言いたいんだろう。
 呟きながら秋は溜息をつく。
 捨てた理由を聞きたいのなら「なんとなく」としか言えないし、会いたかったかと言われたら想ったことは一度もない。十数年前から生きる道の違う、どこかで幸せに生きている他人のような薄らぼんやりした存在。それに近い。
 かつて鬼島から聞いた話によれば、夏輔のほうも自分を父親だと認識していなかったようだし、蓮を実父のように思っていたというし、会いたい、などと言ってくるとは本当に思ってもみなかった。

「お前に実感はなくても、向こうは存在を感じて会ってみたくなったってことも考えられる」
「捨てた、何にもしてくれない前科持ちの実父に会いたいと思うもん?」
「さあ。俺は夏輔じゃないからな」

 夏輔。
 秋輔と冬の間に夏に生まれたから夏輔だ、という名前だけをつけてすぐに蓮なる幼なじみに渡した子ども。峰太は一度だけ会ったことがあるが、素直そうな穏やかそうな健やかな青年だった。顔や背格好は秋そのものであるが、なんというか印象が全く違う。
 峰太が器に盛りつけた卵炒飯を差し出すと秋は一瞬悩みを吹き飛ばしたのか、嬉しそうにした。
 そんな顔はよく似ている。

 窓を開け放しているので波の音だけがする、誰もいない店内のテーブルで差し向かいになり、一緒に昼ご飯を食べる。おいしい、と言う秋はずっと悩み顔である。

「早く返事しなきゃいけないのかな」
「優志朗は何て?」
「時間はまあまああるからのんびりどうぞって」
「じゃあのんびり悩んだらいいんじゃねえ」
「でも俺はそういうの無理なんだよー悩みは早くやっつけたい」

 会うか会わないか、結局はその二択なのだろう。向こうが会いたいと希望している以上はそのふたつのどちらかになるに違いない。はぁ、と珍しく息を吐いた秋、手元の炒飯は減りが遅い。その間に峰太は食べ終えてしまい、皿を傍らに押しやる。

「ぴんと来ないなあ」

 結局そこに戻るらしい。
 しばらくの無言。
 食べ終え、スプーンを置いてふうと一息、吐いた秋は「よし」と呟いた。

「決めたのか」

 秋だって三十歳を超えたいい大人だ。自分で考え自分なりに決断できたのだろう。一生会わなかったかもしれない子どもと会う会わないを決めるにはわずかな時間だったように思うが、秋が選んで後悔しないならば、峰太としてはどんな決断でも良いと思う。

「会うよ」
「そうか」

 峰太の言葉に、秋が変な顔をする。どうしたと聞けば、もっとなんかないのと首を傾ける。

「がんばれとか、それでいいのかとかさあ」
「別にねえよ。秋が決めたんなら俺はそれでいいし、ただ後ろにいて支えるだけだ」

 あらやだ男前……と頬を押さえて呟く姿に、緊張はもう見えなかった。いつものように明るく笑って立ち上がった秋は、皿を持って「俺が洗うねー」とキッチンに軽い足取りで去っていく。
 少しの後、その背中を追うように、峰太も立ってそちらへ向かった。

「不安ならついていく」
「……ちょっと不安だから一緒にいてくれると嬉しい」

 へへ、と笑うその肩を抱き、短い髪へ頬を寄せる。

「秋、無理しなくていいんだぞ。お前の人生だし、夏輔の人生だ。交わらないならそれでもいい」
「やっさしーい」
「俺は秋が大事だからな。かばうようなことを言っちまう」
「ほーたのそういうところも好きだよ」
「ありがとう」

 ちゅう、とこめかみへキスをする。秋からは同じ整髪料の香りがした。

「でも大丈夫。向こうだって相当緊張してると思うから、急に刺されたりはしないと思うし」
「そういうタイプではねえと思うが」
「そうなの? どういう感じなのか想像したこともないから」
「なんていうか……穏やかな秋?」
「俺はいつだって穏やかだよ」
「じゃあ全く違う人生を歩んだ秋」
「そりゃそうでしょ」

 子どもの写真を見たことがあるはずなのに、どうやら自分にそっくりだという自覚はあまりないようだ。峰太自身も次男とよく似ているということをわかっているのに、秋は全くわかっていないよう。

「これが一緒にいる時間があったかなかったかの差なんだろうな」
「ん?」
「いや」

 なんでもねえ。
 そう。

 秋は洗い物を終え、電話かけて、とお願いしたあと鬼島と話していた。
 繰り返して口にした日程を、峰太は頭の中のカレンダーで確認する。今度の日曜日、すぐそこだ。ずいぶん早い話になったなと思いながら秋をうかがう。やはり普段通りの顔で、じゃあ待ってるからね、と言って電話を切った。

「ここで会うのか」
「うん。だめ?」
「いや……秋がいいなら」
「俺はここがいい。一番安心する場所だから」
「光栄です」
「どうもどうも」

 秋は峰太の瞳を見上げる。焦げ茶色の、明らかに自分に向けられた甘やかな眼差しは、実は自覚するたびに少し恥ずかしい。気恥ずかしいというべきか、なんだか首筋の辺りがむずむずする。
 厚みのある身体にそうっと抱きつくと、すぐに大きな手のひらが後頭部を撫でる。

「ほーた、好きだなぁ」
「そうかい。俺も好きだ」

 出し惜しみしないところも、優しいところも、何もかもが大きなところも、みんな好き。だから一緒にいたいと思ってしまう。

「罪な人だ……」
「おん? 俺のことか?」
「そーだよ」

 わかっていない顔を見上げると困惑した顔が可愛らしかったので、秋はにこにこと笑った。


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