お友だち(偽) | ナノ

秋との暮らしといろいろ


 秋は一向に出て行く気配が無い。それどころか、俺との生活に慣れ始めていた。適応が早すぎて驚く。
 最初から適応能力が高いのか、それともあちこちをふらふらしている間に身についたのか、朝は手際よく朝食作りをしてカフェの手伝い、夜にバーを開けばノンアルコールのものを飲みながら手伝い。その間にあり合わせでささっと賄いを作るし、掃除なども何気なく終わらせてある。
 料理は俺の趣味であり色々な意味で重要なのでしなくていい、と告げると、掃除に熱心になった。そのうち、実は夜ふかしも苦手だと暴露したので、無理して夜の営業時間に顔を出さなくていいと言った。そうやって言えるほど慣れてきているのだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。このままでいいのか。
 しかし積極的に追い出す気にもなれないのはなぜだ。
 期限の切れた保険証で未成年どころか二十代でもないことを確認したからか。

「働くのは苦じゃないんだよなー」

 と言いながら、昼営業終了後のカフェの掃除をしていた。乾いた砂を箒で掃き出し、椅子やテーブルを拭き上げる。厨房で後片付けと明日の仕込みとをしながら、ふっと笑ってしまう。

「だったらどっかで働けよ。俺んとこにいなくてもいいだろ」
「宿と三食ついててむちむちのあったかいお兄さんと昼寝夜寝ができる働き口、他にないでしょ」

 いつの間にか雇用主になっている。これはいよいよ諦めて従業員として登録すべきなんだろうか。
 日に日に客と仲良くなり、掃除を終えた途端に「教わってくるー」と出て行った。何をだと窓から覗いたら、あのウインドサーファーのトレーニング生たちに乗り方を教えてもらっていた。ずいぶん無邪気な笑顔で完全に混ざっていた。
 あの笑顔には、なんとなく毒気が抜かれる。
 胡散臭いとか、疑わしいと思うような場面があっても、あれでどうも誤魔化されてしまうのだ。

「難しいねえ……明日全身筋肉痛になりそう」

 見ていない間に何回も沈没したようで、全身びしょ濡れになって帰ってきた。タオルを渡し、簡単に乗れるわけねぇだろ、と笑ってしまう。

「風の影響受けるだけあって、ありゃかなり難しいんだぞ」
「やばかった……見た目が軽そうだと思ってやってみたらめちゃくちゃ重いじゃん。なにあれ」

 もうだめ働けない、と椅子に座る。働くのは苦じゃないんじゃなかったのか。

「それにしてもきらきらしてるねえ。俺があのくらいの年齢だったとき、あんなんじゃなかったよ」

 ぐったり、テーブルに突っ伏す秋に麦茶を入れてやった。頭の脇に置いて隣の椅子に腰かける。片頬杖をついて。

「俺だってあそこまできらきらしてねえわ」
「十六のときに子ども生まれてうわってすぐ逃げ出したもん」
「……おお」

 おお、以外に何て言ったら良いのか。
 三週間、朝から晩まで共に過ごして初めて聞く、秋の身の上話が始まった。

「そういうのに興味があったわけでもないんだけど。俺の生まれたとこって一帯全部風俗街でさ、今はちょっとお上品になったみたいだけど、生まれたときが結構な非合法地域って感じで……どこからともなく流れてきた人も多くて、その中の気が合ったお姉さまと軽いノリでやったらできちゃって生まれちゃってびっくり」
「いや、生まれちゃってって当たり前だろ。原因がありゃ結果がある。必然」

 そーなんだけど、と秋がのろのろ起き上がって麦茶を飲んだ。

「商売の邪魔になるから堕ろすわ、って言うからそのつもりでいたら、意外と妊婦需要あるってそのままにしててね。結局臨月まで働いてたみたい。相当額の借金がやばいとこにあるって言ってたから、何が何でも稼がないといけなかったんだろうけど。嫌だよねえ、男は出すだけ出してその後別に知らん顔できちゃうから」
「お前出した側なのに何が嫌なんだよ。責任放棄してんだろ、今まで」

 痛いこと言う、と苦く笑う。

「冬ちゃん、まあ本名かどうかもしらないけど、冬ちゃんがある日突然うちに来て、これ生まれた子どもね! って見せてきたんだよ。なんかよくわからん小さい生き物が布ん中にいて、その時初めてあ、やばいと思った。なんにもわからん無力な子どもが子ども作っちゃったって。やっべ、この子になんもできないて思ったよね」
「無責任の極みだな」
「……ほーたの辞書に慰めって言葉は」
「ねえよ。お前もその冬ちゃんもあっぱらぱーにやった結果だろ。慰めるんだったら子ども慰めるわ。とんでもねえ親のもとに来ちまったなって」

 秋はひとつ頷いた。同意なのか、どういう気持ちで首を動かしたのかはわからない。

「しかも俺のとこに置いて冬ちゃん消えちゃうし」
「冬ちゃん消えちまったのか」
「うん。ちょっと見ててねーって言ってそのまま帰って来なくて、お店も辞めてた」
「強いな冬ちゃん……」
「俺、本当に、どうしようかな、って思って。親いないし頼れる人って言うとひとりしかいなくて、その人に預けて俺も逃げた」
「……どっから何言えばいいかわからねえ。俺、そんなとんでもねえことできねえわ」

 秋の考えなしぶりはどうやら今に至るまで改善されていないようだ。そうでなければ宿無しであちこち放浪することなどできないだろう。

「その子、今どうなってんのか知ってんのかよ」
「すくすく育ってく中で預けた幼馴染は死んじゃったんだって」
「不幸すぎるな……」
「たまたまお友だちって子と知り合って写真見せてもらったり話聞いたんだけど、子ども、今、俺に激似なんだよね。性格は全然違っててみんなに愛されてるって聞いて、そこだけ安心した。でも変な男と付き合ってるみたい」

 全体的に軽い語り口の中に、罪悪感のようなものは見えない。実感が無いまま預けたので、父親だという自覚はないように思えた。人間そんなもんなのかもしれない。子と一緒に過ごす中で、親という責任を育てて背負っていく。子どもと一緒に自覚することを放棄したらきっとこんな風になる。
 そういう俺も、親としては立派ではない。

「ほーた、子どもいるでしょ」
「ああ、四人いる。息子四人だ。そのうち三人には嫌われて、ほとんど音信不通になっちまった」
「ひとりは?」
「嫁と離婚するときについてきた。心配だから、って。今もまあまあ、関係は良いと思う」

 えらーいね、と言って麦茶を飲み干す。

「子ども育てるってだけ偉い」
「義務だろ」
「ぎむ……ふうん」

 ピンときません、という顔をしている。のらくらとしているのは昔からなんだろうか。なんとも幼馴染の苦労が偲ばれる。ふわふわした幼馴染を世話していたら子どもを押し付けられ、育てているうちに死んだ。せめてその生が楽しかったことを祈るばかりだ。

「秋は?」
「ん?」
「どういう生活してたんだ、その逃げた後」

 じっと黒い瞳が俺を見つめる。

「聞きたい?」
「流れ上、聞くべきかと思った」
「そのうちね」

 秋にしては、ずいぶんへたくそな笑顔とはぐらかし方だった。



 夜は当たり前のように寝室へやってくる。客間が使われたことは一回もない。
 勝手に俺の寝間着を着て、下着も発掘した新品を使っているらしかった。ゆるゆるだーと言いながら。俺はあまり深く眠れないが、秋は実に気持ちよさそうに熟睡している。出会って間もない人間と同じベッドにいてよく眠れるものだ。

 しとしとと雨が降る日。
 ニュースによると海上で台風が発生しているらしく、波が高く荒れ気味。こういう日にチャレンジしようとする無謀な人間を止めるのも浜の近くに住む者の役目だ。時々、近場のサーフショップの店主が見回りに来ているのを、窓から見かけた。俺も定期的に、浜辺の隅から隅まで見て回る。
 どんよりした雲が垂れこめる窓の外から目を離し、椅子に座って麦茶を飲んでいる秋へ視線を移す。昨日の夜に台風のニュースを見て、今日は閉店を決めた。開いてもきっと誰も来ないと思ったのだ。
 がらんとした薄暗い店内でぼんやりグラスを傾けている姿は頼りなく、身体に合わない洋服のせいで余計そう見えるような気がした。

「そろそろ服買え」

 ここに来てちょうど一か月。
 一応、日数と労働時間とを記録しておいたので、それに基づいて金額を決めた。差し出された封筒を見て目を丸くし、俺の顔とを見比べる。

「俺が長く居着いてもいいってこと?」

 確認だけど、と付け加えて質問。頷いて「ちゃんと手伝えよ」と言うと、にこっと笑う。にこっと言うよりもにぱっと言った方が正しいかもしれない。

「ありがとー」

 へらへらと給料を受け取る。とりあえず服買って髪切らなきゃ、と伸びた毛先に手をやった。

「無駄遣いすんなよ」
「俺、大人なんですけど?」

 むっとした顔をする。その表情といい口ぶりといい、三十を超えていてあちこち転々としてきたとは思えない。つい先日家出をした十代のようにすら見える時があり、困ってしまう。

「責めないんだね。てか、説教とかしないんだね、ほーた」

 一瞬、不安そうな表情が過った。そういう顔が子どもっぽく見える一因なんだろう。

「何を」
「子どものこと。子持ちならなおさら、責めてくるよ」
「別に。俺だっていい親じゃなかったし、人に言える立場じゃねえから」

 もしきちんと育て上げていたら説教のひとつもしていただろうが、生憎そうはいかなかった。三人は元妻がきっちり育て上げてくれて、今は各自ひとりでしっかりやっているし、俺のところに来た息子も自分で考える能力に秀で、順調に生活を送っている。俺が何をしてやったこともない。

「子どもの人生にほぼ関わってこなかった」

 自分のところに来た息子にはできる限りのことをやったつもりだったが、いかんせん家にいない人間だった。いるときはそれこそ邪魔だと思われるくらいに構い倒したけれど、それだって俺の自己満足に過ぎない。
 息子が独り立ちしてしばらくして、何もしてないことに気付いた。その時にはもう遅かった。

「そもそも俺がちゃんとした人間だったら、秋のこと拾ってねえぞ。不法侵入で通報して警察に引き渡してる」
「そっか。ちゃんとしてなくてよかったー」

 そんなことで感謝されるのは初めてだ。
 へらっと笑い、髪が切れる場所が近場にあるかと聞いてきたので紹介してやった。ここによく来る女性がやっている美容院だ。電話を掛けてみると、今日は開店休業状態だ、と言ったので、秋を向かわせた。
 こざっぱりして帰ってきたものの、似合う髪型になったせいか余計幼顔になってしまったことと、店で「ほーたが」と連発したらしいので新しい恋人だと思われたことは予想外で頭を抱えてしまったが、道中で新しい服買ってきた! と嬉し気な姿を見たら、まあいいかと立ち直る。切り替えが早い性格でよかった。

 その日は、夜になると本格的な嵐がやってきた。
 風はがたがたと雨戸を揺らすし、雨はばちばちと強く打ち付けている。風呂に入ると窓を強い雨だれが叩くので、秋に「そこにいてよ」となぜか浴室前に居させられた。怖いのか、と聞けば、別に、と返ってきたが、まあ深くは聞かないことにする。人間苦手なもののひとつやふたつ。

 最初は雨や風の音かと思ったが、勝手口のドアを叩く音がする。

「秋、客が来たらしい。ちょっと出てくる」
「えー、すぐ戻ってきてね……」

 不満げな声を背中に聞きつつ、浴室に繋がるドアを閉めて階段を下る。
 どんどん、と勝手口を叩き続ける音に「はいはい」と答え、ドアを開けた。風圧で勢いよく開いて、外に立っていた人物が俊敏に飛び退る。

「……なんかあったのか? こんな日に来るこたねえだろうよ」
「なんか、というほど大きなお話でもないんですけど」

 足首まで覆うような黒いマント……いやナイロン製だからレインコートか? を着て立っていたのは北山真秀だった。息子、譲一朗のところにいる、頼れる男。
 とりあえず雨に打たれたままだと可哀想なので招き入れる。
 雨で濡れるので、と、勝手口のドアを閉めて内側に入ったものの、そこから動かない。深くかぶっていたフードを取ると、いつもと違ってセットされていない黒髪が顔に落ちた。

「譲一朗からの使いか?」
「そうです」
「人使い荒いな」
「いえ、早めにお伝えしたほうがいいと判断したのは自分ですから」
「真秀、今すぐ淹れられるの、コーヒーか緑茶かレモネードしかねえ」
「レモネードいただきます」

 湯を沸かしていると、真秀が用事を話し始めた。

「こちらに日置秋輔さんがいらっしゃると小耳に挟みまして」
「ひき……誰だと?」
「日置秋輔さんです。ひおき、あきすけ、さん」
「しゅう、じゃねぇんだな」

 子どもと一緒に名前も捨てたか。
 湯にはちみつをいれて溶かしてから、塩とレモンをいれる。手渡すと礼を言い、口を付けた。

「で、そいつがなんだ」
「はい。ここにいられると少し厄介なので、もしよければうちで保護させてもらえないかと」
「ほう」

 シンクに寄りかかり、真秀と向き合う。

「どういうことだ」
「……いかがでしょうか」
「理由を言え」

 少しの間。
 真秀は俺から一ミリも視線を外さない。猛禽類のような眼差しが真っ向から見つめ返してくる。しばらくして、口が動いた。

「日置は界隈では有名なプッシャーで、今までに三回逮捕歴ありです。一回目は使用で執行猶予付き、二回目は実刑、三回目はちょっと変わって営利目的の所持で相当額の罰金と実刑くらってます。刑務所で幅広いルートを確立したそうで、全国どころか海外にもネットワークがあります。そんなのがシマうろうろしてたら東道会としては放っておけません」

 真秀、譲一朗が所属する東道会では薬物禁止、となっている。確かにそんなのがうろついているとなると穏やかではいられないのだろう。

「そりゃ全国ふらふらできるわな。一パケ二万として、十パケはけたら二十万になる。ぼろい商売だ」
「口座を持っていないので、たぶん現金で持ってるんだろうと思うんですけど。とりあえずその金を吐き出させて外に追い出せば特に気にしない、と、虎谷が言っています」

 あの薄汚さで現金を持っていたようには思えないが、どこかの貸金庫なり倉庫なりに隠し持っていることもあるかもしれない。なるほど。

「今でもやってんのか、商売」
「最近はおとなしくしていたようですが、いつ始めるともわかりません」
「おとなしくしてたならいいじゃねえか。ここでずっと、カフェ店員やってるかもしれねえぞ」
「峰太さん」

 真秀の危惧していることはわかる。俺が秋と一緒にいて、秋がまた商売を始めたら譲一朗の立場が悪くなる。譲一朗は東道会のバランサーだ。それの身内が、最もご法度だと言われる薬物売買に関わっているとなったら良くても破門、悪ければどうなるかわからない。ひいては真秀の立場も無くなってしまう。

「最後に刑務所出たのはいつだ」
「……満了したのは三年前。それからは堅気に混ざって仕事をしているらしいです。初めは、南のほうの民宿にいました。そちらが閉鎖になったため北に行ってそれから定宿なし。知り合った男女のところに泊まり込んでいたようです」
「可愛い顔してるし、身体も良さそうだし、いくらでも工面できるだろうな」

 東道会では、領地内に入ったらわかるように主だった売人の動向は把握している。それに数えられる秋は本当に有名なのだろう。

「もしかしてもうヤったんですか、あれと」

 真顔で見上げて聞いてくる。思わず端正な顔の下半分をがしっと掴んでしまった。口を覆いたかったのだが、真秀が小顔なことと俺の手がでかいことで、鼻から下を鷲掴みにしたような形になってしまった。ちろ、と目が動く。手を見て、また俺を見上げた。怒っている様子ではない。

「真秀、その顔でそういうこと言わないでくれ……」

 真秀が下世話なことを言うとどうも、品行方正に育った弟が道を外れたように感じる。

「良さそう、って言ったろ? 見たこともない」

 そろりと手を外すと、ふっと笑った。どこか安堵したような、柔らかな笑み。

「失礼しました。あまりに頑ななのでつい、峰太さんにも有澤さんと同じ血が流れていることを意識してしまい」

 真顔に戻って言う。
 それは譲一朗の手が早いことを言っているのか、考えなしに手を出していたことを言っているのか、絶倫であることを言っているのか。どれに似ていると言われても不名誉な気がする。

「峰太さんは有澤さんと違って自制ができることを忘れていました」
「そう言われると譲一朗はできねえみたいだな」
「お見せしたいくらいです。どういう行為をしているのか」
「見飽きてるからいい」

 息子の性行為など、あれが高校生の時に死ぬほど見た。毎回間が悪いのは俺だったのか譲一朗だったのか。
 それはさておき、秋をどうするか、である。

「三年間悪さしてねえんだろ。この先もしないかもしれない」
「するかもしれない」
「なあ真秀、これならどうだ?」

 俺が出した条件を聞き、真秀は長い時間迷ったように黙ってから頷いた。

「譲一朗と話し合わなくていいのか」
「俺の方が上ですから」

 ふんと笑ってシンクにカップを置く。

「おいしかったです」

 フードを被り、出て行った。鍵をかけて階段へ。
 下から上を見ると、一番上の段に秋が座っていた。太腿に肘を置いて頬杖を突いている。その顔はいたずらが見つかった子どものように気弱で、どこか不服そうでもある。

「俺というものがありながら、男前と浮気?」
「失礼しました」

 不服そうな顔はそういう訳か。階段を上がり、まだ濡れている髪を、秋の肩に引っかかっていたタオルで包んで拭いてやった。

「今日は出て行くのちょっと嫌だけど、明日は台風一過で晴れるだろうからどこでも行けるよ」

 タオルに包まれ、俯いたまま言った。

「秋」
「一か月も人んちにいたの初めてだったから、すごい楽しかった。ほーた、俺に優しくしてくれたし」
「三年だかふらふらしておいて、同じ家に一か月いたことねえの?」
「そんないい人いないよ。民宿にはちょっと長くいたけど」

 短くなった髪はドライヤーの必要がなさそうだ。放っておけば乾くだろう、という長さ。癖も無く真っ直ぐなので、きっと支障はない。本当は乾かした方がいいのだろうが、それを気にするタイプにも見えなかった。

「ちなみに本名がばれたのも初めて」

 顔を上げ、笑う。やっぱり子どものような顔だ。首の大きな刺青がこの顔に似合うのは不思議である。

「秋輔っていうのか」
「そう。子どもは夏輔。でも捨てた親が同じような名前なの嫌だろうなって思って、今は秋」
「繊細なんだか図太いんだかわかんねえなお前」

 出て行かなくていい、と言えば、いやー、と呟く。

「そういうわけには。迷惑しかないし」
「迷惑かどうかは俺が決める。このカフェ周りでヤクなんか流してみろ、砂浜に埋めて満潮になる海水にじわじわ責められる刑に処すからな」

 ふっと秋が笑う。

「せめてバイト代返そうか」
「いらね。それは秋のもんだ。働いた、正当な対価」

 そうして秋はうちに住んでいる。
 気づけばもう一年になろうとしていた。

「出会った季節が来ちゃうねえ」

 カフェの客が引けた後の片付けをしながら秋が言う。

「あとは頼んだ」
「波乗りに行くの? あらやだ非常においしそう」

 ウエットスーツ姿の俺を見てにやりと笑う。

「すけべなこと考えてんなよ」
「そんな豊満な雄っぱい、ちゃんとしまえるの?」
「一応な」

 ぎゅっと手で押し込めつつ、ジップを上げる。

「あああ可哀想……ジッパーがみっちみち……悲鳴が聞こえる」
「喜んでんじゃねえの」
「いやそれはない……」

 夜はと言えば、さすがに一年も経てば眠れるようになった。秋が動けば目を覚ましてしまう程度ではあるけれど。


[*prev] [next#]
 


お友だち(偽)TOPへ戻る

-----
よかったボタン
誤字報告所



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -