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春遠からじ


 秋が姿を消して、二回目の冬が来た。
 傍らにいない二年目、間もなく三年目が来る。
 その間に譲一朗が結婚して満和の戸籍に入ったりしたが、この冬を超えるとその満和も成人式を迎えることになる。小柄でもちもちしている満和が成人を迎える、と聞いても峰太にはいまいちピンとこないが、身体の弱いあの子が日々生き抜いてくれて成人することに対する祝いの気持ちにプラスして、あの暴れんぼうの次男を愛していてくれることに対する感謝の気持ちを上乗せせねばと強く思っている。
 秋の息子も同時に成人することを思うと、何らかの形でやはり祝いをしてやらねばという気持ちになる。しかし今や全く関係ないおじさんから急に祝われても驚くだろう。というか不気味だろう。鬼島にでも渡しておくのがベストなのだろうか、息子の時は手渡しできたが、と峰太は悩んだが、とりあえず年明けに鬼島のもとを訪れることに決めた。

 秋を探さずに、時がどんどんと経っていく。
 峰太の生活は相変わらずだ。いい波が来れば乗りに行き、緩くカフェを経営している。ひとつだけ変わったことと言うと、夜のバーを開く回数が増えたということ。近隣住民やサーファーは歓迎しているが、夜の経営が増えた理由については皆、きっとあの恋人が居なくなって寂しいのだろう、と考えている。峰太は周囲から見てもわかるくらい明らかに彼を愛していた。あの、幼顔の可愛い人を。

 その峰太は、ちょっとした隙間に秋のことを思う。
 一緒に暮らしたのは一年と少し。
 長いような短いようなその時間を、ほぼずっと一緒に過ごした。今までの恋人に比べても共にした時間が圧倒的に長く、四六時中向かい合って峰太も様々な顔を見せたし、秋のも見た。
 可愛かったのかと言われれば、思い出しただけで素晴らしく可愛いという気持ちになるし、強く愛したかと言われれば、過去形にするな今でも愛している、と思う。
 気になるならば探しに行けばいいのだが、そうしないのは別に戻ってくる確信があるからではなく、自由気ままにあっちへ行きこっちへ行き、しているならそれで良い。自分が死んだら風の噂だか情報網だかで聞きつけて来てくれるかもしれないし、生きている間に気が向いたらまた来るでも良い。
 今もどこかの町でへらへらしながら、なんとなく溶け込んでいるようないないような顔をして生きていてくれるだけでいいのだ。
 なるべく安全に、なるべく健康に、なるべく陽射しの下で明るく。

 冬の海から冷たい風が吹く。
 買い物から帰ってくると、勝手口の近くにぽつんと立った銀色の郵便受けが気になった。おそらく何か入っている、ような気がする。野性の勘とでもいうのか、峰太の細胞の何かが反応している。
 中を確認したら、封筒が一通舞い込んでいた。
 淡いブルーグレーのしっかりした封筒を開けてみると、便せんと、薄い紙に包まれた写真が入っていた。写っているのは海外の景色だ。なんでもない様子で、青い空が広がる下にのんびり時間が過ぎていそうな農村風の小さな家が写っているだけ。どこかというヒントはない。
 封筒の消印を見れば明らかに写真と合わない国。葉書を発行した国と消印の国の建築様式が違うだろうことは峰太にもわかる。
 封筒の表には宛名が筆記体で書いてある。その場で同じ色の便せんを開いた。寒さなど忘れて。

『ほーた、元気ですか? 俺はとっても元気です。
ほーたも健康にやってることを祈ります。祈るって言っても別に神さまとか信じてないんだけどね。てか神さまがいたら俺もう死んでると思う。よかったー神さまいなくて。いやよくないのか? 神さまを信じてる人からしたら死ぬほどショックな事実かも。でも神さまは生きている人間に罰を下さないっていう、この前聞いた修道士さんの話を信じるなら、いるのかな? よくわかんないな。
今日は湖へ行きました。今までの貯金を使ってあっちこっち行ってるけど、不思議なもので、ほーたが波に乗ってる海よりきれいなところがないんだよね。きらきらした波とか海音とか、どこに行ってもそこがいちばんきれいな気がする。
山も海もなにもかも、ほーたがいる海、ほーたと見る海には敵いません。なんでかねえ。
明日はちょっと移動して、海岸線を走ってみようと思います。
どうかな? ほーたの海よりきれいなところ、見つかるかなあ。
ではまた。世界でいちばん愛してるよ。  日置秋輔』

 記された日付は一か月以上前のもの。
 ときどきこうして、思い出したように手紙が届く。
 どことは言わずに近況を記し、はっきりは言わないが次はどこへ行くかということがだいたい書いてある。
 犯罪歴があっても、短期間の旅行ならばパスポートのみビザ不要で移動できる国も多い。秋はその制度を利用してあちこち旅しているようだ。こんなに長い時間、国から国へふらふらしていられるということは相当儲けていたんだな、と思うが、それを旅に使うことが秋らしい。

 いつだかの手紙に、こんなことが書いてあった。

『俺は小さい生き物で、どこへ行くこともできない不自由で無力な存在だと思ってた。窮屈で、助けてくれない人たちが憎かった。小さいから助けてくれないんだと思ってた。
でもパスポートを取ってみたら、こんな小さい手帳? ひとつでだいたいどこの国でも行けるっていう事実に気付いたよ。
世界は広くて、人は意外と親切だった。
息が詰まって死にそうだったのは、自分が無知だったせい。助けてって、言わなかったからかもしれない。
もっと物事を知っていたら、あんなことしないで済んだかもしれないね。後悔先に立たず。
知り合った人はなるべく助けるつもりであちこち行ってます。うーん、せめてちょっとは役に立てるといいんだけど』

 普通の人からすれば当たり前のことも、秋にはとんでもない発見だったようだ。世界は広くて、人は悪いやつばかりではないこと。ようやく知って、今、本当は何を考えているのか。

 海を見る。冬の空を少し悲しい橙色に染めた夕陽が反射して、海面が輝いていた。
 その上で冷たい風もなんのその、自由奔放に浮かぶサーファーたち。
 確かにこの海が一番綺麗かもしれない。と思いながら便せんと写真を封筒にしまい、片手に持ったまま勝手口から中へ。

 空に星が瞬いて間もなく、暖かな暖色の灯りこぼれる窓がぽっかり、砂浜に浮かぶように現れた。
 峰太が開店の準備をしているとドアが開いた。
 冬の潮風がひゅうと鳴り、来客を教える。寒そうに肩を縮めたその姿を見た峰太はそっと微笑み、茶葉を用意する。
 冬にはこれを飲むのが好きだった。
 昨日のことのように思い出すのは、きっと毎日あれこれと想い出巡りをしていたからだ。なんせ一緒にいた時間が長かった。何を見たって、姿が浮かぶ。

「さむさむ! あったかいものが欲しいなー」

 変わらず、年齢にそぐわない声でさっそく強請る。荷物はリュックひとつしかない。案外それだけで世界中回れるものらしい。

「ほうじ茶、淹れてやる」

 湯を沸かす準備をする峰太の視界の隅で、いつもの席へ近寄り、マフラーを取ってコートを脱いでいた。

「で? 明日から手伝ってくれんのか」

 やかんを火にかけ、座ったばかりの秋輔に聞く。驚いたように目を丸くしたが、峰太の顔を見ると笑って頷いた。

「お手伝いいたしましょう」
「よろしく頼む」


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