お話し合い
「出ていこっかな」
突然の秋のことばに、峰太が首を傾げる。
「出て行くのか」
「黙って去るにはお世話になりすぎたから、一応言ってみた。……そろそろ罪悪感で死にそう」
へらりと笑って言う。
世話、と言うほど世話もしていないが、と峰太は思ったが、それより気になる言葉がある。罪悪感、と繰り返せば頷いた。
「ほーた、優しいから。なんか俺がすごく真っ当な人間みたいな気がしてくる」
「人殺した奴が相手だろうが、そいつに優しくするかしないかは相対する人間次第だろ。誰かが決めるもんじゃねえ」
「このままここにいたら骨抜きにされてぐずぐずになっちゃうし、ほーたのことどんどん好きになっちゃうかもよ。クスリの前科がある人間に好かれたって、ほーたみたいな良い人にはマイナスにしかならない」
ふむ、と峰太が顎に指を当て、考える。ぎしりとカフェの椅子が鳴った。秋は麦茶を飲み、峰太から別れの言葉や諦めの言葉が出るのを待っていた。
大人なので、峰太のほうも自分を憎からず思っていることには気付いている。
一緒に時間を過ごす中で、信頼し合い安心しきった関係を築いてきた。峰太ははっきりとそれを示してくれるので、明らかに接触が増えたように思う。
愛の言葉を告げられる秒読み段階に入ったな、と思った途端、秋は怖くなった。
こんな良い人に愛されたら、きっと幸せだと思ってしまう。幸せだと思ってはいけないのだ。多くの人を地獄に突き落としてきた人間なのだから。
正直なところ、それらに対して罪悪感を覚えたことは無かった。どうやらその気持ちは自分の境遇に照らし合わせて出てくるものらしく、クズし放題のクズ暮らしをしていると感じなかったのが、ここ一年ほどのまともな暮らし……特に峰太の優しさと愛情に触れた生活の中で途端に襲いかかってきた。
信頼されたことがなかったので、余計に嬉しく、また辛く思う。
幸せになってはいけないタイプの人間だ、自分は。と秋はすっかり自覚している。今までのものがどうやっても雪げない罪であることも。
峰太が秋を真っ直ぐに見た。肉食獣のような強い力を帯びた透明度の高い瞳が、それでも柔らかく見つめてくる。
「秋、俺んとこにいた方がいいと思うぜ」
「やだよ」
「まあ聞け。理由は二つある」
峰太はテーブルに身を乗り出し、顔の前に太い人差し指を立てた。
「一つ目。お前も気付いてるだろ。俺は秋が好きだ。真剣に愛してるから、全部賭けてでも幸せにする。無理だ嫌だって言われてもでっろでろに甘やかして毎日好きだ愛してるって言ってやる。絶っっっっ対逃がさねえから覚悟しろ」
「……重……」
「これがうちのやり方だ」
にやりと笑った峰太は、獲物を狩る寸前の肉食獣に見えた。中指がゆっくり立てられ、人差し指と二本になった。
「二つ目。多分こっちのが重要だ。俺といれば、秋はでろでろに愛されまくる。それで自分なんかがって罪悪感を覚えて今までの事を後悔するだろ? 俺に愛されながら、それを一生感じて背負い続けろ」
「は……?」
峰太の目が、すっと一瞬細められた。
「俺から逃げれば、お前はまた売人になるかもしれねえ。ならなくてものらくらすり抜けて誰とも深い関係は作らないようにするだろ。それじゃ意味がねえんだ。償いって言うが、今更何したって無駄だ。時間は戻らねえしやっちまったことは無しにはできない。だったら俺の傍にいて事あるごとに死ぬほど後悔したり罪悪感に塗れたりしやがれ。忘れることが許されないなら、感じ続ければいい」
秋の眉間に皺が寄る。
「……なんか、なんていうか……幸せと書いてふしあわせと読む、みたいな感じ……?」
「そうだな。普通に幸せになんかなれねえと思うならこれがベストだ。その中でお前が感情に挟まれてぶっ壊れたり、俺の存在に安心して気が緩んでまたばかなことやったらその時は、俺が責任もってしっかり殺してやるから安心しろ」
これらが理由だ、だから俺の傍にいろ。
峰太は腕を組み、秋の言葉を待つ。
秋は頭の中がぐるぐるしていた。物凄く強烈に想われていることを突き付けられたと同時に、同情も責めもしなければ助けることも無いし救える手立てもないと言われたも同然なのだ。
ただひたすら自分の愛情を押し付けるから勝手に苦しめ、それが今までやってきたことの大きさだと、峰太は言っている。
もし映画やドラマなら「俺も一緒に苦しむから」だのなんだの、楽にさせるような言葉のひとつでもかけてくれるところなんだろう。しかし峰太は違った。現実的で、そして熱烈だ。
ふ、と秋が笑う。
首の大きな鯉の刺青に、手のひらを当てて諦めたように。
「それじゃあ一生幸せ、感じさせてもらうかね……」
「おう、覚悟しろよ。めちゃくちゃ愛してやる」
峰太はもう秋以上に秋の考え方を知っている、と、秋自身が思っている。全部を、とは言わないが、思考パターンのようなものは完全に理解されているような気がするのだ。年の功なのか、観察眼が鋭いのか、機微に敏感なのか。どれにせよ、理解してくれているから自分なんかを離さないんだろう。言い方も。
つくづく、優しすぎるあたたかな人だ。そうだと知ったらますます離れられない。
「秋は」
テーブルの上に置いた左手を、峰太の大きな手が握る。それから柔らかな目で見つめてきた。愛情が伝わるような優しい眼差しに、柄にもなく照れてしまう。
「俺のこと、好きか?」
「うん。ほーたがいい人だから、すっかり惚れました」
「そりゃよかった」
ぎ、とテーブルが鳴る。
身を乗り出して秋にキスする峰太の身体を支え、体重を受けたからだ。
「……今晩から、熟睡できるな」
ようやくだ、と峰太が笑う。
「先に言っとくが、俺のセックスは長いぞ」
「……へえ……え、それ大事?」
「大事だろ」
理性的な人間だと思っていたので、まさか気持ちが通じたその日に求められるとは思わなかった。
初めてきちんと見た峰太の何某は身体に見合う大きさなのだろうが、例えて言うなれば通常で何と言うかタンブラーレベル、かつて見たことのない巨大さで、まさに逸物という言葉が似合うご立派なもの。
丁寧な愛撫とタンブラーで、めちゃくちゃに愛された、という言葉が似合うようなそれは朝方まで続き、まさに骨抜きになってベッドにくたくたと横たわったまま動けないでいる秋に、歳上の恋人はしれっと「大事だったろ」と言った。
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