お友だち(偽) | ナノ

ふたりの暮らし


 峰太のところに戻り、また暮らし始めた。
 寝るときや居間でぼんやりしているとき、カフェに誰もいない時など、まるで二度と離さないとでも言うかのように腰や肩を抱いている。
 大きな手に触れられ撫でられ、厚みのある豊かな身体にくっつくのは心地よくて好きだが、トイレだよ、と言っても真顔で数秒見下ろされるのには辟易する。これが噂の有澤家の執念なのか。と思うほどがっちりとプライベートスペースに入れられて逃げられない。
 一緒にお風呂に入るのも、以前は秋のほうから強請っていたのに再会後は峰太が自ら秋を確保し、連行されるようになった。身体を隅々まで洗われる。
 お湯に浸かりながらいちゃつき始めて火をつけられたあと、もやもやとしたまま夕飯を食べてベッドへ、もしくはキッチンなり居間なりで一回か二回してからベッドで本格的に。手つきはいやらしい癖に、全く焦ったりせず欲に煽られている様子もないのは相変わらずだ。年の功なのかもしれない。余裕すら感じる表情で秋の身体を丁寧に愛撫していく。

 秋も秋で場馴れしているからか、気持ちいいとふひひと笑い、感じると声を漏らすものの笑みを絶やさない。いかにも嬉しそうな柔らかい笑い方は峰太の心を満たした。行為を心から楽しんで感じてくれたなら、それに越したことはない。
 峰太としては秋が傍にいることが幸せでたまらないので、本来一分一秒も隙間を空けていたくない。離れている間に痛感したが、触れ合うのが大好きだ。可愛いと思っていること、愛しいと思っているということを態度で示したくて手がうずうずする。
 しかし秋は人前だと離れたそうにするし、時々ちらりと抗議を含めたような視線を寄越すので、年上らしく譲る。ただ入浴と睡眠を一緒にするのは絶対に譲らないが。

 真冬の浜辺は風が吹きつけるため、寒い。
 かたかたと窓ガラスを揺らす風、寝室には小さなストーブがひとつ。しかしそれがつけられることは滅多にない。ほぼ裸の峰太の身体は布団を掛けてしばらくするとぽかぽか温かくなり、パジャマを着込んだ秋は背中から抱きしめられるだけで暖房いらずになるのだ。手足が冷えやすいが、それだって峰太のどこかにくっつければすぐに解決する。
 峰太はいつも寝付くまで、秋の髪にキスをしたりゆっくり腹を撫でたりしている。秋がうとうとしつつも話しかければすぐに声が応じ、眠気の中からおやすみと言うと「おやすみ、秋」と甘やかな低い声が囁く。
 秋が眠ると、峰太のところにも睡魔がやってくる。どうも秋を寝かしつけてからこちらに来る順番らしい、と眠さでぼんやりし始めた頭で考えた。戻ってきた直後は恐る恐る「おやすみ……」と言ってきた秋が、今は眠りに落ちるふやふやの声で「おやすみぃ」と言う。最初は怖かったのかもしれない。
 愛していることは揺るぎない。ずっと変わらないままだ。むしろ再会という段階を経て強くなったような気がする。思い返していた秋より、今、目の前にいる秋のほうがずっと、いや「もっと」と言うべきだ。もっと、更に、すさまじく可愛い。
 そう感じるたびに執着心がむくむくと湧き出るのを感じていた。どこにも行かせたくない、縛り付けておきたい。しかし口に出したら、秋は絶対に嫌がる。なので腹の奥底に沈めて目を閉じる。
 この年齢になってから出会って良かった。もっと早かったら、たぶん本当に監禁していたか頭から喰ってしまっていた。可愛すぎて我慢できなかったに違いない。

 朝起きるのはだいたい秋が先になった。
 微かな寝息を漏らしながら眠っている熊さんを見ると、今日も問題のない一日を過ごせそうだと確信に満ちた気持ちになる。峰太がいたら大丈夫。ちゅう、と無精髭の生えた顎にキスをして腕から抜け出し、居間のビーズクッションに座ってお茶を飲む。
 朝陽が昇る頃に峰太が起き出してきて、朝食の準備をささっとした後に浜辺を散歩。峰太による隙のない防寒を施され、手を繋いでさくさく歩く。少し後ろを歩く峰太はいつも薄いジャケットをタンクトップの上に羽織るだけ。デニムの上からでもわかるむちむち尻や太腿がちょっといやらしい。

「まだまだ春は来なさそう」
「歳も越してねえからな」

 波音に紛れそうな呟きも、峰太は拾ってくれる。
 歩きながら振り返る。峰太が軽く首を傾げた。いつからか癖が出てきたと言う長めの髪が風に乱され、顔にかかって目元が見えたり見えなくなったり、その隙間から覗く鋭い瞳がセクシーこの上ない。きっと野性的な美形、と言うのだろう。雄々しい? ライオンや豹に感じる色気に似ている。しなやかな強さを持つ顔と身体。

「ほーたは、本当に俺が好きだねー」
「好きすぎて頭から食っちまいてえ」

 ばりばり食われる自分を想像したら、あまりにもしっくり来すぎて笑ってしまった。後ろを歩く峰太の声だけを聞いたら、あまりにも肉食獣の唸りだからだろうか。

「食われてえの?」
「んーん……ほーたの子どもさんのじょういちろう? もそうやって言いそう。みんな食べたがり?」
「さあ……譲一朗以外に長男三男は食いたがりかもしれないが、末っ子は食われたがりな気がする」
「末っ子くんはちょっと違うんだね」
「甘えっ子なんだ」
「可愛いねぇ。小熊ちゃんじゃん」

 秋は峰太の子どもたちを、みんな熊さんで想像している。
 父くまと、その周りでころころする子ぐまが四頭。じょういちろう熊さんは仰向けになり、腹の辺りで音のなる知育ボールをぽこぽこ弄ぶ。ぽいんと転がっていき、慌てて追いかける。気まぐれな賢いボールには意思があり、おとなしくしていたと思えば急にあちこちへ転がって翻弄していて、それがじょういちろうのお嫁さん。じょういちろうは絶対尻に敷かれている。

 帰って朝食を食べ、開店準備から夕方まではあっという間。お客さんが来て、帰って、来て、峰太が波に乗りに行って……同じようで毎日少し違う。昼ご飯はありあわせだが、峰太の料理はどれもおいしい。旅行中に覚えた料理をたまに秋も作る。
 峰太は、離れていたときのことを何も聞かない。
 たまに思い出話をすると楽しそうに聞いてくれるが、どこへ行ったか、何をしたかは聞いてこない。そういうところが好きだ。甘やかしてくれるし心地いいけれど、ずかずかと踏み込んでこようとしないところ。それは冷たいからとか無関心だからとかではないことを、態度や言葉や触れ方が教えてくれる。

「ああ……うう、えっちぃ……」
「そろそろ慣れろ」

 ぽたぽたと水を滴らせる髪を大きな手でぐいっと後ろに上げて笑う。秋はどうもこの、海から戻ってウエットスーツ脱ぎかけ半裸に弱い。筋肉がふわふわとついた立派な上半身にはたくさんの筋があり、それだけではなく腕や下腹に走る血管もたまらない。
 入浴中や寝るとき、セックスをする時なども身体を見ているのに、この瞬間はどうしても特別なようだ。五十歳を過ぎても人間の肌は水を弾くのか。いやそれよりこのセクシーさはどうしたら。
 あわわ、としている秋が可愛くてずいずい近付く。
 事情には立ち入らないが、物理的な距離は別だ。ぼんやり見惚れられたらなおさら恋人に構わないわけにはいかないだろう。椅子に正しくない向きで座っている秋の目の前へ行き、背もたれとテーブルに手をつく。仰け反って顔を手で覆う姿ににやにやしつつ、そんなに好きか、と手の甲に唇で触れる。

「やめてください……」
「このまま抱いてやろうか?」
「ますます好きになっちゃうからヤメテェ……」
「好きになりゃいい」
「ほーたが海に行くたびに発情しちゃうよ。最終的に海行けなくなっちゃうよ。ウエットスーツ着た姿見ただけで発情して、俺を置いて行くの? って誘惑しちゃうよ。これ以上悪い人になりたくないー」

 だから早くシャワーに行って。
 くぐもった声で告げる。くっく、と笑いながら足音が遠ざかり、ぱたんと閉じる音を聞いてから手を外した。やれやれ、刺激的なおじさんで困る。

 熱いシャワーを浴びながら峰太は秋の顔を思い出していた。珍しく首まで真っ赤になって。飄々としていてどんな客にも軽やかに対応、子どもっぽいか色っぽいか眠そうか、といった表情しか見せない秋が真っ赤っかになるのは良いものだった。
 今度、海から帰ってきたら抱いてやろ。
 尽きぬ性欲を静かにさせつつ、ひっそり決意。

 夜が来ると、入浴して暖かな居間で夕飯作り。
 いつの間にか秋の担当になった。さほど手が込んだものは作らないのだが、峰太は穏やかな顔で秋の後ろから見ている。時折危なっかしいと、太い腕が伸びてきてやんわり教えてくれたり変わってくれたり。鍋をかき混ぜているときは腹の辺りに腕を回され、抱きしめられている。ふにふにの胸筋、ごちごちの腕を布越しに感じた。
 今日は浴室でいたずらされていないので集中している。のに、峰太の手は働き者だ。するりと裾から入り込んで、平たい腹を撫で回す。繊細な動きで皮膚をくすぐったり、妖しく辿ったり。太い指のくせに、細やか。

「あとで」
「今」

 と言いながら、せっかく作った夕飯を蔑ろにするような真似はしない。しっかりうまいと食べて、片付けだけはそこそこに寝室へ。たっぷり愛され、また朝を迎える。

「ほーた、愛してるよ」

 小さな小さな小さな小さな声で言ったのに静かだったせいか、俺も愛してる、とキス付きで返された。


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