お友だち(偽) | ナノ

有澤の父と……


 

有澤 峰太(ありさわ ほうた)
秋(しゅう)


先に『お友だち(偽)』を読んだ方がスムーズにお話を読めるかもしれません。





 峰太には、自由気ままな暮らしが一番性に合った。
 長くまじめな仕事で生計を立ててきたが、その間に妻と離婚したり子に嫌われたりいろいろなことがあった。早期退職をしてずっと考えていた場所に移り住み、財産を使用して好きなように暮らし始めたらどうもこれが一番良かったようだ。

 財産で、海の近くに小さなカフェを建てた。
 ぼろぼろになって放置されていた、取り壊し寸前の二階建てを改装して一階が店舗で二階が住居。躯体はしっかりしており、外側を直せば十分使用に耐えうると知り合いの工務店が判断したので任せ、今は快適な我が家になっている。外には趣味に使う水道を完備した。
 浜辺を歩いてすぐそこにある海は良い波が来やすいとあって、季節を問わず人が訪れる。初心者はもちろん趣味で長く乗っている人、国内外のプロまでよく来るので、経営難になるほど困ることはない。カフェでのんびりして、波が来たら乗って、またカフェでのんびりして帰っていく。夜は時々バーとして開いて、近隣住民が静かな波音と闇を楽しみにやってくる。特に近隣住民が。

 昼営業は一応の開店時間があるのだが、仕込みを終えて時間までに波が来たら峰太自身も乗りに行ってしまう。そういう時には潮風に強い塗装が施された白いドアに『海にいます』の札がかかる。長身で筋肉量もあるので軽やかとはいかないが、派手な水しぶきをあげるパワープレイでどんな波にも乗っている姿は派手で有名だ。
 海外には多くの重量級サーファーがいるものの、国内ではあまり見かけないからこそ目立つ。多くの大会にも出ており、仕事をしていたときからメーカーに提供を受けるほどの腕前を持っていた。歳を重ねた今も全く衰えていない。
 なかなか身体の大きいサーファーが増えないのは、ロングボードよりもショートのほうが乗りこなしやすく、国内で流通しているものも多いからだ。率が選べるものもそちらのほうがずっと豊富にある。そんな数少ない重量級で、海外メーカーのカスタムロングに乗ってプレイを行う姿は自然と目を引く。初心者でもわかるほど、キレが良い。

 今朝も、馴染みの顔の中で一乗りしてきた。
 海水の所為か、いつの間にか癖のようにうねりがつくようになった長めの髪をかき上げ、片腕にボードを抱え、歩きながら片手でスーツのジップを下げる。筋肉による段差がくっきりと浮かび、ごつごつとした見た目の豊満な身体を押し込んでいる黒いウエットスーツも海外製、しかも特注だ。ぴったりくるサイズがないと漏らしたらわざわざ来てくれて、採寸から始まった。もう十年以上前から、月に一回やってきて峰太の声を聞きつつ細かく調整してくれる。

 屋外のホースでボードについたあらかたの砂と海水を流し、後で手入れをしてやるからなと表面を撫でて立てかける。濃い青のボードとは長い付き合いで、自分で決めた日付で海外にしかないメーカーサポートへメンテナンスに出すときも酷く寂しい気持ちになる、相棒と呼ぶにふさわしい存在。本来ならば一日とて離れたくない存在だ。

 自分にも頭から水をかけ、動物のように頭を振る。明るい日光にきらきら水滴が飛んだ。
 軽く髪を後ろに流し、表から店内へ。水や海水に強いコーティングが施された店内の床、峰太が裸足で歩くたびきしきし音をたてる。

「……お?」

 閉店した夜以外、店に鍵はかけない。すぐそこにいるし、誰かしらの目がある。なので開けっ放しで、ある意味では誰でも入り放題なのかもしれない店内の椅子に人影があった。よっつほど使って身体を横たえているようだ。
 そっと近づくと、腕を組んであおむけで寝ているのは男だった。
 なんとなく頼りない身体つき、おそらく自分で適当に切っているのだろうぼさぼさの髪、よれよれの白い長袖シャツにベージュのパンツ。足元は履き古したサンダル。首に色鮮やかで大きな鯉の和彫がある。

「誰だ……?」

 見たことのない顔だった。可愛いようなかっこいいような、どちらにせよ端正な顔立ち。年齢がいまいち読み取れない。多く見積もって成人してはいるだろうが、確実なところは不明だ。もし未成年で略取などに問われれば色々な意味で終わりである。
 起こすかと一瞬迷い、しかしずいぶん深く眠っているようなのでそのままにしておいた。多分成人している、と判断して。
 そして店の中に盗られて困るようなものはない。知らない人が勝手に入っていても問題なしといつも思っている。まあ、包丁が消えるのは困るけれど。

 一階にあるシャワーブースで全身を洗い、髪を乾かして着替えた。涼しい恰好になってくくるほどの長さになった髪をゴムでひとつに縛る。すっかり茶色くなってしまった。今のところ白髪は発見していないが、いつそうなるのかわくわくしているところだ。白髪でもまあ似合う自信がある。
 店内に戻って外に出す黒板を描いていたら後ろから「んんー……」と唸り声がした。

「お目覚めかい」

 声を掛ける。二人目の息子によく似ていると言われる、大型獣のような低い声。特別威圧しているつもりはないが怯えられがちだ。顔を見ても怖がられやすい。が、大体の人が笑顔を見てすぐに気持ちを変えてくれる。

「お目覚めです……」

 くあ、とあくびの音。緊張感のない声で、しかしそれはどこかで聞いたことがあるような。よく考えてみたらあの顔もどこかで見たことがあるような。
 振り返り、起き上がっていた男を見る。

「お兄さんがオーナー?」

 ぱしぱしと瞬きをして、片目を擦る。なんとなく猫じみた仕草だった。

「お兄さんなんて歳じゃねえけど」
「勝手にお邪魔しちゃって」
「別に構わないが。悪さしなけりゃな」

 今日のおすすめは夏野菜とハムとチーズのパニーニ、夏野菜のカレー麦ご飯つき。
 ひとりでやっているので行き届かないのが嫌で、席数を調節して今の数に落ち着いた。テーブルと椅子が減って、見栄え的にもちょうどいい。
 窓を開け放ち、ドアにかけていた札を取りかえて開店を知らせる。黒板も出した。
 昼時の今、すぐに数人が訪れた。

「いらっしゃいー」
「カレー!」

 口々に元気いっぱい、カレーをオーダーするまだ子どもらしさを残したサーファーたちはいわゆるナショナルトレーニング校に在籍しているエリートたちだ。もう少し沖でウインドサーフィンをしている顔なじみ。わざわざ学校まで戻るのは時間が掛かるし、砂浜に弁当を置いておくのは不衛生だし、ということで、海周辺の幾つかの食事場所と提携している。食事を提供する側も収入になるし若い波乗りを応援したいし、ということで快く契約した。峰太もそのひとりだ。

「今日はどうだ」

 すぐに出してやりながら訪ねた。カウンターに置くと自分たちで取りに来る。皿を持ち上げながらくしゃりと顔を歪ませた。

「うーん、なんかしょっぱい感じ。風が足りない」

 幼い頃からしっかりトレーニングしている彼らはもう一流だ。残念だな、と返しながら空を見る。今のところ晴天、しかしウインドとつくだけあって風がなければうまくない。

「このまま風が来なかったら今日は終わりだ……」

 席について項垂れる彼ら。どうやら天候不順で帰ると座学が待っているらしい。中にはそれが苦ではないトレーニング生もいるが、そうではない側のよう。その様子には自分も覚えがあるので、峰太の顔に笑みが浮かぶ。
 そこで、片隅に座っている侵入者が空を見た。

「風、来るよ。午後。そのまま天気が崩れるから、空が怪しくなったらすぐ陸に戻りなね」

 お、と思わず呟く。
 彼らは半信半疑という顔をして、しかし「来てくれるんだったら嬉しい」と明るい笑顔を浮かべる。侵入者はぱちぱちと眠そうに瞬きをして、カウンターの内側、キッチンにいる俺を見上げた。

「良い人ついでにシャワー貸してくれない?」
「図々しいな」
「この図々しさでなんとかここまで生きてきたんだよねえ」

 にこにこ、毒気のない笑顔。はあと息を吐き、あっちだと示す。

「右側の引き出しに入ってるもん、好きに使え」
「お兄さんのむちむちせくしーぼでぃに合う服だったら俺にはだぶだぶだ」

 するする、幽霊と見紛うような気配のなさで奥へ消えた。

「ほーさん、あの人だれ?」

 無心に具沢山カレーをかきこんでいた高校生たちが消えていった先を見て質問。

「俺もわからん」

 俺の答えに怪訝な顔。多分俺の顔にもよくわからんと書いてあっただろう。
 長い時間かけてシャワーを浴びていた男が戻ってきたときは、店内がまあまあ混み合っていた時だった。しっかり髪まで乾かしてすっきりした顔つきになって。

「お手伝いいたしましょうねーシャワーと服のお礼」

 黒いゆるゆるのVネックTシャツと白いショーツ姿で、足元はよく見つけたなと思う新しいビーチサンダル。俺にとってはみちみちの短い半袖が、男にとっては肘あたりまで隠す五分袖になっていた。

「ならそうしてもらうかな」

 これがあっち、これはそこ。
 指示を聞いて順番に料理や飲み物を運ぶ。その様子から、ずいぶん手慣れているように思えた。客商売を長くしているようだ。

「あれ、新しい人?」
「ええまあ。よろしくお願いします」

 笑顔で嘘をつくのも、ずいぶん慣れているようだった。

 人手があるとやはり楽だ。
 ピークが過ぎ、入れ代わり立ち代わり人が訪れていた店内が静かになった。外を見やれば侵入者が言った通り、昼過ぎから風が出てきた。防砂林の細い枝が揺れている。勝手口から出て確認すると妙に湿った風なので、やはり雨が降るだろう。
 なかなか鼻がいいようだ。

「昼飯」

 パンにチーズと卵、ハムを挟んで焼いたホットサンドと煮込んだ野菜にカレー粉ではなくホールトマトとコンソメを入れたスープを出す。

「ありがとーお兄さん優しいねえ」

 ほわーと笑って、いただきます! とうまそうに食べる。どうもまともに食事をしていたように思えない。別にがっついていたわけではないけれど、雰囲気としてはそんな気がした。

「どこから来たんだ」
「んー」

 もぐもぐと食べて、飲み込んでからあっちとふざけた答え。

「あっちって」
「具体的に言えば北の方? どんどん南下してきた感じかな。力尽きた時にこのカフェがあったから中で休ませてもらいましたありがとう」

 この男も自由気ままに暮らしてきたらしい。

「名前は?」
「しゅう。春夏秋冬の秋と書いて。お兄さんは?」
「峰太」
「ほーた」

 呼び捨てかい。と言えば秋が笑う。

「敬称っていうの? つける相手はひとりだけなもんで」
「ほう。その光栄なやつはどんなやつなんだか」
「幼馴染。親切すぎるくらい親切で優しい人」

 ここまで見てきた表情はどことなく薄布一枚隔てたような、人を食ったようなものだった秋の顔が、そこで初めて本当の表情を見せた気がした。愛しむような懐かしむような、そんな表情に見える。

「ほーたは? なにがどうなってここでお店やってんの」
「自由気ままにしか生きられない人生だなと思った結果、ここで暮らしてる」
「端的だねーでもそういうの好きだよ」

 この時には、まさかこの家無し男が家に転がり込んで、そのまま居つくとは思ってもみなかった。

「は? 帰る家が無い?」

 夜も更け、今日はバーの開店はなし。秋にそろそろ帰れと促したら「帰る場所なんてございません」とふざけた答えが返ってきた。冗談かと思い顔を見ると、どうやら本気のようだ。椅子の上で胡坐をかいて、ぽりぽりと鯉の尾鰭の辺りを指で掻く。腕を上げ下げするたびに、両腕の上腕にも刺青があることを知った。よく見てはない。

「さっき言ったでしょ、南下してきたって。最初は遥か南のほうにいて、住み込みで働いてたんだけどその民宿が閉鎖することになったんだよね。で、思い切ってめちゃくちゃ北に行ったの。そこから宿無しでなんとなーく知り合った人のところに転がり込んで生活してたんだけど、この辺りに知り合いいなくて転がり込めず」

 知り合ってしまった。はあ、と息を吐いたら、それで察したらしい。

「優しいねーほーた」
「ほっとけねえんだよな、お前みたいなの……」

 一応内側から店の鍵をかけ、勝手口や窓を確認する。午後の空き時間で既にボードの手入れは済ませ、勝手口の脇にある収納場所に入れてある。こっちだ、と秋を伴い、階段を上がった。

「随分、段の低い階段だね」
「膝壊さないように」
「あー。波に乗るから」

 察しが良い男だ。
 上がりきると、ぐるりと階段を囲むように四角い空間がある。左側がキッチン兼居間になっている。正面が洗面台、トイレ、風呂場。右側が寝室。寝室の隣に客間という名の和室があり、納戸を挟んで雨の日は洗濯物を干しているサンルームを兼ねたクローゼット替わりの衣装部屋。そこのベランダは居間の外まで伸びていてどちらからでも出入り自由だ。
 階段を中心にして部屋が四隅にあるという変わった造りは、躯体の構造上こうならざるを得なかった。しかし峰太にとってこの家はかなり便利である。背が高いので間口の高さや廊下の広さ、部屋の広さが重要だったが、前の持ち主ももしかしたら長身でまあまあの横幅だったのかもしれない。

「客間に布団があるからそっちに寝ろ」
「え、一緒に寝てくれるんじゃないの?」

 きょとんとした顔で言う。額を押さえて、なんでだよ、と一応聞いた。

「だって、一緒に寝ないとえっちなことできないよ。あ、見たりとか声聞くだけの方が好きなタイプ? 俺あんまり喘ぎ声には自信ないんだけど。ひとりでやるのもあんまり好きじゃないし」

 今までは知り合った人間のところに転がり込んで、と言い出した辺りで薄々察してはいたが、やはりそういうことをして寝床を手に入れていたようだ。説教する気はないが、俺にとっては当たり前ではない。

「見るのも聞くだけも好きじゃねえし、そもそもお前とセックスする気もねえ。秋はただ客間で寝る。俺はいつものベッドで寝る。それだけだ」
「見返り的なのは?」
「図々しく生きてきたんだろ。ならそんなこと気にすんな」

 心から驚いた、と言いたそうな顔で見上げてくる秋。わしゃわしゃと髪を撫で、新しい歯ブラシを出してやったり、飲み物や小腹が減ったらこれ食えと説明したり。

「じゃ、俺風呂入って寝るから」
「俺も一緒に入るー」

 性懲りもなくえろいことしたがってるのか。じろ、と見下ろすと、違うよ、と手を横に振った。

「お風呂には人と入りたい派なだけ」
「なら歩いて十五分で銭湯があるから行って来い」

 むっとした顔になった。だんだんわかりやすくなってきた。まだときおり、人を食ったような顔をするけれど、きっとこっちが素なんだろう。

「風呂入ってる間に悪い事すんなよ」
「しないよ。恩人は大事にする」

 そう言って微笑み、とことこと客間に歩いて行った。ちなみに居住スペースは裸足。階段の手前で靴を脱ぐ。
 一応寝間着も用意してやらないと、と思い至り、洗濯物を干す部屋にある棚を漁った。かつて付き合った人が置いていった服の一着や二着あるだろうと思ったのだ。そして思った通り。

「秋」
「んー」

 布団を敷いていた秋が、畳に座って振り返る。

「着替え。と、新しい下着」
「おや、今度は大きくない。誰の?」
「昔の恋人」
「ほーた、もてそうだよね」
「並」

 浴槽に湯を溜め、身体を浸す。体積に見合った量が溢れ出す。

「ほーたー」
「なんだー」

 すりガラスの向こうに人影。

「やっぱり一緒に寝たいんだけどー」
「嫌なんですけどー」
「なんでー?」
「俺は身内か恋人としか一緒に寝ないって決めてんだー」

 浴室内に反響する自分の声。少し間を置き、じゃあさー、と声がした。声だけ聞くと未成年のようだ。やはり未成年だったらどうするか。先ほど追いやった不安が頭にもたげてくる。
 いやでも、話し方の落ち着きを見るに成人しているはず。いやしかし。
 せっかくのお風呂時間、峰太はもやもや考えざるを得ない。そこへまたとんでもない一言が放り投げられた。

「俺を恋人にしたらいいんじゃなーいー?」
「嫌でーす」

 ほぼ反射の返答だった。まだ出会って数時間しか経っていない。時間を経たら好きになるかもしれないが、すぐはちょっと難しい。よく知り会いたい気持ちがある。秋はどうやらそうではないようで。

「なんでえー?」

 不思議そうな声が聞こえた。

「俺お買い得だよ? 顔が可愛くて愛嬌があって床上手」

 自分で言うか床上手。それはどうでもいいが、年齢も知らずにセックスできるほど無謀な性格でも年齢でもない。

「そうか。じゃ他所で探せー」

 ふん、強情なんだからー。という声が聞こえた。同時に人影も消える。
 一緒に寝たがる理由が何かあるのかもしれないが、ほいほいと寝床に他人を入れるわけにはいかない。眠っている身体は最も無防備だ。他人がいて熟睡するのは難しいし、明日に響くのは避けたい。
 一難去って、身体を湯から引きあげた。
 洗い場の全身鏡で日課の身体チェックをする。いくらスーツを着て防護しているとはいえ、砂や細かいゴミで身体が傷つく可能性があるからだ。それを放っておくと身体に対し、小さくとも確実なダメージとなる。
 自分で見ても、むちむちと身体に筋肉がついていると思う。落とそうと思っても、簡単に筋肉がついてしまう。二番目の息子が同じタイプで、並んでいると『親子熊』と揶揄される。大体の人間はつむじが見えるし、影に入られると覆われてしまって全く姿が見えなくなった。
 身体に傷はない。
 髪や顔や身体を洗って、洗面台の前で乾かした。歯磨きもして、後は寝るだけ。
 一度キッチンへ行って冷やした水を飲み、小さなボトルに入れているのを寝室へ持っていく。ドアを開けるとベッドに盛り上がりを見つけた。深い深い溜息が出る。

「寝転がるのはせめて風呂入ってからにしろ」
「一緒に寝てもいいんだ」
「しつこいから負けた」
「やったー」

 薄い掛け布団を跳ね除けてびょんと飛び降り、ささっと風呂場の方へ。その間に寝室の鍵をかけてしまおうとドアに手を掛けると同時に、ガッと手が扉板を掴んだ。ぬっと顔が半分、覗いて見上げてくる。不揃いな髪も相俟って割と怖い。

「鍵かけたら下のカフェ、再起不能なくらい荒らすからね……」
「やめろよ俺の城を人質に取るのは……」

 嫌だったら鍵かけないで、と言って白いドアの向こうに消えた。鍵までしっかりチェックしているとはなかなかやる男だ。
 今晩は眠れないだろうな。
 峰太は小さく溜息をついた。嵐のような男を拾ってしまった。

「ほーた、あったかいね」
「お前なんだ、水でも浴びてきたのかよ」
「体温低めで。あと冷え症」

 無遠慮にくっついてきた肌はひんやりしている。思わず手を取り、さする。風呂上がりなのに冷たすぎだ。向かい合っている秋の顔が緩んだ。

「ほーた、優しい。ハチスさんみたい」
「幼馴染ってやつか。さっき言ってた」
「そ。俺が出会った中で神さまに一番近い人。他がろくでもなさすぎただけってのもあるけど」

 ハチス、とは変わった名前だ。蜂巣、ではないとしたら蓮か。いい名前だ。

「むちむちすけべぼでぃも似てるかも」
「こら、乳を揉むな。まだ出会って一日も経ってねえんだぞ」
「出会って五分でえっちなことする人いたよ」

 峰太の口から深い深い溜息が出た。

「俺はそこまで困ってねえし、そもそも二十歳そこそこだろ、秋。いや未成年か? だったらそう素直に言え」
「ほあ? 俺、三十超えてるよ」

 秋のことばのあと、闇に沈黙が落ちる。

「……は?」

 たっぷり数分黙ったような気がする。短い声に、嘘だろ、という気持ちが込められていることに気付いたようで、ほんとうほんとう、とのんびりした声がした。

「三十超えてるし、忘れがちだけど一応子持ち」

 期限切れてるけど保険証あるよ、見る? と尋ねられ、明日見せろと言ってから、先の言葉が引っかかった。

「なら家帰れよ。子どもんとこ」
「捨てたから無理。だから父親なんて言えない」

 ぽんぽんと出てくる衝撃的なことば。驚いているのだが、わかりやすく態度には出なかった。

「色々あんだな。おっさんびっくりしちまう」
「ほーただって色々あったんじゃない?」
「俺は、別に」
「別になんにもなかった人は、家のあちこちに凶器隠さないよ。あれら、合法のやつ? なわけないか。不法所持だよね」

 きん、と寝室の空気が凍った。

「見たのか」
「洗面台の鏡の裏、キッチンのシンクの下、居間のテーブル裏、クッションの中、階段の段板裏でしょ、あとこのでっかくて寝心地がいい枕の下と、そこの引き出しの天板裏、昼間は下でも見つけたけど……まだ聞きたい?」
「いや」

 にこーと秋が笑う。それは何かを企んでいる顔ではない、と峰太は判断した。危機回避の為なのだろう。あちこち転々として来て身に着けた習慣。

「俺、安心して寝たいから最初に見つけんの。いつも」
「そうか。頼むから下らねぇことしないでくれ」

 今度はけらけらと声を出して秋が笑う。空気が緩んだ、というか、緩めたのだ。峰太が、警戒心を。

「しないよやだなー。信用して? てか、妙な動きしたらこの逞しい腕で首やられて終わりでしょ」

 ぺんぺんと二の腕を叩く。それから、眠くなってきたおやすみ、と言ってすぐに寝息をたて始めた。熟睡しているのが筋肉の様子でわかる。
 灯りを消し、それでも峰太は眠ることができなかった。


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