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SS・サクリファイス 2
〈ルセリオ王国の栄光:小説本文&落書き〉
2015/03/11

 
 
「自分まで攻撃術の中に入るなんて、あんた、どうかしてるわ……! 術を解きなさい――解きなさいよっ!」
空間を侵食してどんどん狭まる炎の檻の中で襲撃者はシェリーに駆け寄って、その顔や胴を棍で激しく打った。
「いやよ」
シェリーはたまらず倒れ込んだがそれでも襲撃者を見上げて、容易に散ることのないダイアンサスの花のように笑った。
「この炎は私が命じない限り消えない。私は炎の魔力を持っているからこの熱にもある程度耐えられるけど、炎魔法に耐性があるようにも見えないあなたはいつまで無事でいられるかしら?」
「あ――あんた、何なのよ……! “ローズジュエル”なんて、ルセリウスの側女〈そばめ〉みたいなものでしょ!? 何でここまで――」
道着の女の言葉を聞いて、シェリーは血のにじんだ唇に微笑を浮かべた。
「あなたのいう通り、“ローズジュエル”の構成員は他のメンバーに比べると弱いわ。戦場で目立った活躍をすることもできないし、軍略や政務で国を支えることもできない。でもね、ルセリウス陛下に一番近くでお仕えしているのは“ローズジュエル”なの」
燃え盛る業火の壁はさらに輪を縮めて、今や二人に触れんばかりまで迫っていた。凄まじい熱が衣服を焦がして肉と肺腑を焼き、考える力をも危険な速さで奪っていく。シェリーのドレスが燃え始めた。道着の裾に付いた火を消そうともせず、ふらつきながら棍で身を支えて立っている襲撃者の意識に、自分の言葉がどの程度届いているのかわからなかったが、背中にも火が燃え広がるのを感じながらシェリーは言った。
「棘のない花でも、大切なものを守ることはできるの……。陛下のお側に仕えることになった日に、身も心もこの命もあの方に捧げた。惜しむものなど何もないわ……。命と引き換えにしても、あなたをあの方のもとへは行かせない」
火炎の壁はさらに包囲を狭めて、とうとう襲撃者の頭部と背中に接した。その上半身がたちまち燃え盛る業火に包まれ、襲撃者が絶叫を上げて身をよじる。倒れた襲撃者を、迫り来る炎の壁が瞬く間に呑み込んで消し炭に変えていく。今や人一人がうずくまるのがやっとになった火炎の檻の中で、シェリーは身を縮めて呟いた。
「あの方のことは守れそうだけど、この術は私にも簡単には解けないのよね……」
術者の意思と無関係に炎上と収縮を行う魔法を解除できるだけの集中力は、すでに彼女に残っていなかった。
「私も、ここまでみたい……だわ……」
唸りを上げる業火に囲まれてシェリーが目を閉じたそのとき、しゅうしゅうという大きな音と共に炎がかき消された。おびただしい蒸気が辺りに立ち込めて束の間息ができなくなる。
「まったく、無茶する子ね……」
聞き覚えのある声にシェリーが目を開けると、白く立ち込める蒸気の中に、鮮やかな青のドレスを纏った女が立っていた。女の周囲に大量の水が浮かんで、波間に漂うクラゲのようにゆらゆら揺れているのが見える。彼女が炎を消したのだ、とシェリーはぼんやりした意識の中で思った。
「しっかりしなさい。今医療班が来るわ」
言いながら青いドレスの女がシェリーの傍にやって来て屈み込む。気遣わしげに顔を覗き込んでくる女にシェリーは微笑みかけて、その胸に倒れ込み、意識を失った。



 



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