マッサージを口実に、漸く樹の家に入ることが許されたのだけれども。
「……い、一時的にだっ! 入れたとしても絶対泊めねぇからな!」
結局最後の最後まで、樹は不服そうだった。でもまぁ、一旦中に入ってしまえば、こっちのもんだ。後はなんとかなるだろ。
「ありがとー、イッキーなら分かってくれるって信じてたっ!」
途中撤回は赦さないぞとばかりに、樹の腕をしっかりと抱く。 一度悪くした印象を覆す為には、これでもかってくらいにフレンドリーに接して、さりげなーく相手を持ち上げていって信用を得ていくしかあるまい。 名付けて、「先輩の男気に惚れて改心しました! 俺、一生付いていきます」作戦だ。 何しろ、物騒なこのご時世に、身一つで万引きを捕まえた超お節介野郎だ。 困ってる年下に頼られるのは弱いはずだろう。その甘さに徹底的につけ込んでやる。 「ったく、調子がいいなお前は……」 「へっへー、お世話になりま〜す!」 「だから泊めねぇって! あくまでも一時的に、だ。仮眠とったら始発で帰れ!」
深夜なのに声デカいよ、イッキー? 言ったら逆ギレしそーだから黙っとくけどさ。
玄関に上がり、制服の上着を脱いでいると、樹から、ハンガーを手渡された。
「え? 何」 「何って衣紋かけだよ。学ラン、掛けんのに使うだろ」 「あー別にいいよ。そのへんに置いとけば」 「皺になるだろうが。いいから、貸せよ」
特に言い返す理由も無かったので、大人しく従うことにした。
「どーせ、あと少しで着なくなんのよ?」 「気持ちの問題だよ。折角、親御さんがお前の為に買ってくれたんだ。最後まで大事にしろ」 「……わかったよ」
それ、去年の文化祭にPTAがやってたバザーで譲って貰ったリサイクル品なんだけどなー。 二年の頃まで着てたヤツも、買ってくれたの祖母ちゃんだったし。
奥に進むと、樹が寝室代わりにしているという居間に案内される。 ベットが見当たらないってことは、布団だよな……押し入れに仕舞ってあんのか。
「イッキーってさぁ〜もしかしてA型?」
敷き布団にうつ伏せになった樹にマッサージを施しながら、俺は尋ねた。
「そうだけど、なんで」 「いや、イッキー、一人暮らしでしょ? それにしちゃあマメだなーって思ってさぁ。所々綺麗にしてるし……あ、もしかして彼女いんの?」 「いないけど」 「じゃあラッキーだね。俺、ABだから相性抜群だよ!」 「ハァ? 何のだよ……?」
まるで意味が分からないと、首を傾げる樹に、ふいに、悪戯心が芽生えた。
「何って……カラダの?」 と耳元で囁きながら、わざとらしく、腰周りを揉んでやると、 「ばばばっ、馬鹿言ってんじゃねーっ! 俺もお前も男だろーが!」
期待通り、耳を真っ赤にさせながら、どもるという、大変面白可笑しい反応をしてくれた。
「場を和ませる為の冗談だってー。イッキーって返ってくる反応が一々可愛いよねぇ。クセになりそう」 「大人をからかうなーっ!」
ホント見てて飽きないわ、イッキーって。
「俺ちょっと探索してくる―」
マッサージを施したおかげで、すっかりだらけてしまった樹をそのままに、部屋を後にする。 次なるご機嫌取りになりそうなブツを探す為だ。 取り敢えず、台所周辺から探りを入れてみることにした。
「おっ、缶ビールみっけ。さけるチーズもあんじゃん」
料理を頻繁にする方なのか、冷蔵庫の中身は結構、充実していた。けれども、きちんと整理されていて、何処に何が閉まってあるのが一目で分かる。 流し戸を覗けば、家庭で使う一般的な調理器具が殆ど揃っていた。 もしかしたら、そこらの主婦より、樹の方が出来るかも知れない。 結婚したら、良い父親になりそうだよなぁ。
暫く探索は続いたが、居間の方から、 「オイ、あんまりあちこち漁んなよ」 という制止の声がかかってしまったので、適当に返事をし、ひとまず居間に戻ることにした。
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