奇数が旭(中学生)視点偶数が樹(ラーメン職人見習い)視点
出会い編:[          10 11 ]



「しつれーしまーす」
ノックもせずに指導室に入ると、
「また何かやらかしたのかお前は」
生活指導教師もとい、厳つい顔をした、つるっパゲジャージは、うんざりとした眼差しで俺を見た。
 そんな目、すんなって。俺だって、アンタのいる指導室なんざ一生来たくなかったんだからよ。面合わしたくないのは、お互い様なんだから我慢しろ。

「センセー、一応学校指定ジャージに着替え直したんですケド」

 常勤、非常勤と無駄に数多くいる先公共の中でも、二番目にこのハゲとは入学当初からどうもウマが合わない。気に入らないことがあると、プロレスラーの宣戦布告パフォーマンス張りにゴミ箱や机を蹴り飛ばすからだ。コイツの洗礼を同学年で俺が真っ先に受けたことが原因でもあるが。
「ここは幼稚園じゃねぇ! 授業中に遊ぶんなら外でやれっ」
と廊下の外にまで派手に蹴り飛ばされた俺の椅子は見事に歪んだ。今野達と購買で買った消しゴム三十個積み上げて、代用ジェンガをやっていた俺も悪いけど。それから、何故か俺だけ集中狙いするのは、あんまりだと思う。

 進級後も、以前使っていた机と椅子を各自新しい教室に運び出して再び使い続けるというふざけた慣例のおかげで、三年間やたらと軋む椅子に座り続けるハメになった。他の椅子に取り替えろと文句も言っても、「たまっている提出物を全て出終えたら考えてやる」と返され、結局脚の部分が曲がった椅子を取り替えて貰えなかった。
 自分で言うのもなんだが、運動神経だって決して悪い方では無い。しかし、体育教師である権限をことごとく悪用して「仲原旭は授業ではいつもやる気がなく、集団でやるスポーツでも協調性がない」と保険体育の評価を問答無用で1にしやがった。没収された消しゴムも未だに返して貰ってない。こんな嫌がらせを三年もされ続けているのだから、このハゲを嫌わない方がおかしい。
 そりゃあ、見た目からして不良にカテゴライズされる奴には“君付け”して、如何にも地味そうな生徒にだけ厳しく当たり散らす他の先公よりはマシかも知れないが。暴力で脅したって、効力あるのは精々ビビりか地味な女子くらいだ。
 因みに一番苦手なのは俺を指導室送りにしたあの女教師である。このガッコ、不良も不登校児も多ければ、教師も奇特な奴多いよな。近隣住民から嫌われてるのも、俺らだけが原因な訳じゃねぇ気がするんだけど。
“教師に歯向かう生徒はクズ”
 そういう固定概念が、最低限の努力しようとしてる奴のやる気まで削ぐんだよな。そこ改善しねーと何時まで建っても地元での通称が“ふきだまり高校”のまんまだぞ。

「制服着てなくて、すみません。とりあえず教室戻っていいっスか?」
 下手な事言って刺激させても説教が長引くだけだ。そうなる前にさっさと謝って教室に戻るに限る。穏便に済ます為に、先手を打ったつもりだったのだが、
「待て、仲原。それ、村田のジャージだろ」
と透かさず俺の胸元の刺繍を指差しながらツッコミを入れてきやがった。

「バレました?」
「馬鹿か、お前は」
 くっそ。バレんの早過ぎだろ。
 まぁ俺の名字はハゲの言う通り、「仲原」な訳で。当然、今着てんが俺のジャージなら、俺の名前が刺繍されていなきゃオカシイ。だが、今着てるのは村田のジャージなので、当然刺繍されている名前は「村田」だ。
 折角名前ントコが見えないように腕組んで隠してたのに。なんで即バレなんだよ。
 内心舌打ちしながら、ハゲを忌々しげにチラ見すると、
「ズボンの裾が見事につんるてんだからな」
と至極ごもっともな回答を述べてくれた。今野のアホ、マジ、後で覚えとけよ。

「で、なんでお前はサイズのまるで合わない村田のジャージをなんか着てるんだ?」
「あー……オレ、ジャージ家に置きっぱだったんで。指導室来る前に村田クンが好意で貸してくれたンすよ。さっき。サイズ合わないけど」

 適当に誤魔化してみたが、やはり無理があるようで。露骨に胡散臭そうな視線を俺に向けてくる。
 そもそも身長160足らずのドチビが170以上ある俺にジャージを貸すってのが、変だからなぁ。だけど馬鹿正直に、今野経由で村田から無断拝借したとゆー事はこの際、黙っといたほうが良いだろう。余計、怒られそうだし。それに、またこのハゲに虐めだのなんだのとしつこく追求されそうだ。別に虐めてねーつの。この間だって、ちょっと今野と二人で村田をからかっただけだ。掃除ロッカーに閉じ込めたまま配膳台に乗せて、「ラッキースケベになって来い!」と女子更衣室に送り出しただけなのに。
 逆に女子の方が、俺らよりやることが、えげつなかった。更衣室から叩き出すどころか、慌てて逃げようとしてる村田を逆に引きずり込んだからな。村田の前髪をポンポン付きのゴムで結んでちょんまげにして。女子の制服着させて。ニーハイ履かして、化粧して、写メってたしな。
 基本的に村田はお子様過ぎて、同級生のはずの女子に完全に「男」だと認識されてない。チビで童顔でぱっとしない顔立ちだが、女子に拉致された村田は見事に化粧映えしていて、パッと見、完全に女だった。万年オナニストの今野も「やっべ、俺今なら村田でおっきするかも」と興奮気味に騒いでいた。
 まぁ、その直後に
「一生寝てろ!」と完全にキレた村田の容赦ない金蹴りを食らい、地獄を味わっていたが。
 村田だって一応変声期迎えてるし、ついてるモンはしっかりついてる。小柄だが、女子と同じように柔らかいワケでもなく、手だって以外とデカい。女の子ではない、自分と同じ男だ。それなのに。見た目からして明らかに男である樹に、シャンプーの匂いを嗅いでついうっかり欲情した俺は一体どういうことなんだろうか。
 樹は村田と違って、細身なワケでもなく、小柄でもない。成長期をとっくに終えた正真正銘の立派な成人男性だ。しかも隠すモンが一切無い素っ裸を直視した状態で、何故だか俺の心拍数は急上昇した。俺はいつの間に変態になったんだろう?


「お前、学生服はどうしたんだ?」

 反省など微塵も感じさせないだらけきった俺の態度に、ハゲも我慢の限界を越えているんだろう。こめかみに青筋どころか、普段から凶悪な悪人面がさらに酷いことになっている。

「あー、昨日醤油ぶっかけちゃって。洗濯機で洗ったんすケド、なんか、乾きませんでした」

 醤油どころかビールまみれにさせられた制服は今朝、樹の家で洗ったばっかなので乾く筈も無い。乾燥機を使えば乾くんだろうが生憎、コインランドリーを利用出来る金は無い。学校指定ジャージも自宅の山積み洗濯カゴの中に入れっぱだ。
「仲原、お前な……」
「じゃあ今日だけ俺は仲原じゃなくて、村田ってことで」
「そんなふざけた事、許される訳無いだろ。ったくお前は。学校に久しぶりに来たと思ったら! どうしてそう問題ばかり起こすんだ」
「へへ、すいませんねぇー何しろ、性分で」
 何が性分だと、ハゲジャージはぶちぶちと小言を溢す。やっぱりこの様子じゃ随分長引きそうだなぁ。かったるいと、窓の外を眺めていると、一年の女子が体操服姿で校庭を走っていた。テレビに出てる芸能人の子とかに比べれば色気は薄いが、普通に可愛いなと思う。女の子は可愛い。けれども、樹にキスされた時、気持ち悪いという感情が沸いてくることは一切無かったんだよな。
 三年になってから彼女も居なかったし、欲求不満だったのかもしれない。あのまま、抵抗せずにいたらどうなってたんだろう。もしかして、俺も兄貴みたいになってたんだろうか。
 男同士で、「そういう行為」が出来ない訳でもないことも知っている。出来れば、そんなアブノーマルな知識は小学生の頃になんか得たくはなかったが、兄貴が、ガチでホモな人なんだから仕方ない。しかも女役。
 まだ兄貴が高校生だった頃。裸の兄貴が抱き合っていたのは女ではなく、俺も掛かったことがある近所の病院の内科医だった。襖の隙間から覗いた光景は、同級生にこっそり見せて貰った数々のエロ本の中身より遥かに凌いでいた。普段俺に対して偉そうにしていて、喧嘩早い兄が男に腰を振って、“女”になってた。
 二重のショックで完全にトラウマになりそうな体験だ。だが、現金な俺は“口止め料”と称して兄貴の彼氏から貰ったお小遣いでトラウマを無理矢理封印した。
 まぁ、他人にバレたら、世間体的に考えて俺だってヤバいだろうし。仮にバラそうとしても「チクったらボコる」と兄貴に脅されてたしな。

 ところが、数年にも及ぶ兄貴の不純同性交際はあっけなく終了した。
 理由は、ヤブ医者が元からいたらしい恋人と入籍したからだ。それが原因で兄貴は勝手に学校を辞め、家に全く帰って来なくなった。
 恋人とは兄貴と付き合う前から、婚約していたらしい。
 今は既にヤブの実家を取り壊して、奥さんと生まれてきた子供と新築の家に住んでるらしいし、最初から兄貴は完全に遊ばれていたというワケだ。


 復縁出来る可能性なんか、1パーセント無い終わった関係だっつーのに。
「大事に使えよ」と 長年愛用のボロチャリを押し付けると、男を追いかける為、俺を残して出ていきやがった。
 何度止めろと言っても聞きやしなかった。あんなお下がり一台貰ったって腹の足しにもなりゃあしない。
 決心ついたじゃねぇよ。もう四年も経ったんだから、いい加減あきらめろよ。相手だって赤ん坊いるんだし。
 せめて、万札の一枚や二枚くらい置いとけよ。週一でも月一でも良いから帰って来いよ。俺のことは、もうどうでもいいのかよ。
 お袋が居なくなっても。親父が居なくなっても。兄貴だけは「旭の味方だ」って言ってたのに。結局兄貴もお袋と同じ、じゃねーか。自分が言ったことすら守ろうとしない、嘘吐きじゃねぇかよ。


「あ、予鈴」

 いい加減そろそろ解放してくれねーかなと思っていたところでタイミングよく三限の授業開始五分前を告げるチャイムが鳴り響く。

「……もういいっ、次の授業が始まる前にさっさと教室戻れ」
「はいはーい。しつれーしましたぁ」

 漸く諦めてくれたようで、ハゲジャージと狭い個室で二人っきりという生き地獄から釈放された。

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