奇数が旭(中学生)視点偶数が樹(ラーメン職人見習い)視点
出会い編:[          10 11 ]



 五分前、近所から離れたコンビニで通算七回目の万引きをした。
 しかし今回初めて、運悪く店員らしき男に見つかってしまい、コンビニの事務所まで引き擦り込まれた挙げ句、床に叩き落とされた。

「痛ってえ―! 肘打った! あにすんだよっ、不意打ちだろーがこの野郎!」
 仕返しと言わんばかりに、男の向こう臑を力を込めて殴るが、
「だぁーっ! お前が暴れるからだろーが! 狭いんだから大人しくしろっ」
 直ぐに蹴りで反撃され、頭を軽くはたかれた。
 男の言う通り、確かに事務所は非常に狭く、オマケに汚かった。
 少しでもスムーズに出入り出来るようにする為なのか、ドアが外されている。
 室内は大量の段ボールや商品のサンプル、キャンペーンごとに変わる旗? で溢れ返り、掃除されてないのか、かなり埃っぽい。
 にも、関わらずだ。デカい事務机に、ロッカー、棚に金庫と、地震がきたら一発でアウトなレイアウトだ。
 金庫があるのはまだ分かる。なんで冷蔵庫まで狭い事務所に置いてあるんだよ。めちゃくちゃ場所取ってるだろーが。

「もう時間がヤベェっ、ヤマブチさん、俺戻るんで。この糞ガキ、頼みますね」
「えぇっ、戻るってイツキ君っ!」

 男は、事務机でノートパソコンを弄っていたオッサンに声をかけると、慌てた様子で飛び出していった。

「オイっ、ちょっと待てよてめぇえ! 捕まえたんなら残業してでも見届けるのが筋ってモンだろーが、アンタもいいのかよ帰して!」

 無論、納得出来る筈がない俺は、怒りの矛先を残ったオッサンに向ける。

「いいい、イツキ君のこと? だって彼、店員じゃなくて、ただの常連さんだし」
「ハァアッ? 何俺、店員じゃなくて……客に捕まったのかよ」

 その事実に、一気に脱力した。
 ダッセェ。つか、ツイテねぇ。
 アイツのせいで、盗ったモノを丸ごと没収された。靴の中に隠してあったのまで目敏く見つけやがって……うぐあああっ、思い出したら、また腹立ってきた。
 他人に面倒事押し付けて自分はさっさと帰りやがって。なら、最初から関わろうとすんじゃねぇよ。
 そっちはご町内の正義の味方気取りで、馬鹿なガキ捕まえて満足してるんだろーが。俺は単なる暇潰しでやった訳ではない、マジで死活問題なんだって。

「あーもぉどうするんだよぉイツキくぅん。イキナリ帰っちゃうなんて酷いよっ……あーでもここでまた下手なことやったら16時から来るパートのおばさん達にマジギレされるしぃ……あっ! てててっ、適当に座っていいよ」

 小さい声でオッサンは何やらモゴモゴと言った後、座るよう促される。
 適当って……事務所にイス二脚しかねぇじゃねーか。しかも一脚、アンタが座ってるし。
 内心ツッコミを入れながら、パイプ椅子に腰掛けると、

「……警察、呼ばなくていーのかよ」

 それなりに、気になっていたことを聞いた。

 名札に「店長」と記されているので、まぁこのオッサン、一応店長なんだろうが。
 さっきの男と比べると、随分気が弱そうだ。おまけにチビで小太り、眼鏡である。

 事務所を一目見た瞬間、誰もがオッサンの趣味の傾向を把握することが出来るだろう。

 何故なら、タバコのヤニで黄ばんだ壁には、見たことないようなアニメのポスターがデカデカと貼られている。
 現実じゃ再現不可能な学生服を着た、やたらと目がデカい少女集団。華奢な体型の割に全員、物騒な武器を携えている。

 事務机にも同じようなフィギュアが何体も並べてある。もう個人の部屋の粋を越えてる。完璧なオタ部屋だろ。此処は。


「え、えっとね。そのぉ、今は取り敢えず保留ってことで。そうだ、一応名前聞いていいかな?」
「……」

 無言のまま顔を背けると、オタクのオッサンは妙なキャラクターが付いたボールペンを弄くり回しながら、

「えーと。それじゃあ、住所とか、親御さんの連絡先を教えてくれないかな?」

 とめげずに尋ねてきた。クソォ、流石に一応店長やってるだけあって、キョドりながらも、しつこいじゃねーか。オタクのくせに。

「無理。俺、いえない」
「いやいやいや、言えないじゃ困るんだけど!」
「違ぇよ。帰る家が無いってんの。オヤジのケータイも料金払ってないから止められてる」 俺がオタクに告げた言葉は事実だ。嘘ではない。
 かれこれ三カ月、公共料金を滞納しているので、水道や電気、ガスは止められ……飯すら炊けない状況だ。そして一週間前、ついに大家のババァに業者雇って立ち退きさせるぞと脅された。
 強制はないだろうが、家に帰るたびにババアに家賃の取り立てをされるので、居心地が悪いことこの上ない。寛げない自宅にわざわざ帰る必要もない。
 俺は、夜逃げした。

「……ほっ、他の家族の人は?」

 疑ってるのか、はたまた興味本位なのか、オタクは更に質問してくる。

「オヤジの他には放浪癖のある兄貴くらいしかいねーよ。親戚連中は会ったことすらない」

 僅かに残っていた金は、食費や携帯電話料金の支払いなんかに注ぎ込んじまった。
 幸い友達からはまだ借金はしていないものの、色んな面で援助して貰っている。

 動機なんざ、単純だ。

「生活費が欲しかったんだよ」

 このままずっと、友達の家を泊まり歩くという訳にはいかない。友達はいつでも泊まりに来て良いと言ってくれているが、その家族は内心迷惑しているだろうから。
 まぁ、当たり前だろーな。何たって今年は中学三年目。友達の成績は俺と大して変わらない、下から数えた方が早いような奴らばかりだけど一応受験生だし、普通に進学するだろ。
 来年、同級生が高校の入学式に向かう中、俺は一体何をやってるんだろーな。
 全く、予想すらつかないってどーゆーことだ。夢も希望もねーよ。卒業式出たとしてもPTAやら校長やらの門出の言葉、聞き流すしかねーよ。

「キミんチの家庭事情は知らないけれど……は、犯罪は駄目だよっ。家族の人も悲しむよ?」
「どーだか。それより、そろそろ戻った方が良いんじゃないのー。さっきからオバチャンの集団がレジ前にいるよ」

 店内を映し出す小型のモニターを指差すと、オタクは顔を青ざめ、

「うわああ、早く言ってよぉっ、そういうことは! また文句言われるよ―!」

 そう叫び、半泣きになりながら駆け出していった。

「家族ねぇ」

 どうせオヤジも兄貴も俺のこと、どーでもいい存在だと思ってるだろう。
 ホント、こうなる前に男作ってさっさと失踪した母ちゃんは正確だと思う。欲を言えば俺も連れて行って欲しかったけどさぁ。
 容姿の八割方は、長所が顔だけのオヤジ似だ。だから、器量がお世辞でもいいとは言えない母ちゃんの恋人は、俺が気にいらなかったのかね。
 それともあれか。小学生の頃、俺と身長あんま変わらないねと言ったのがマズかったのか。

「やだねー、ヒガミって」
 小っさい男だ。色んな意味で。そんなんじゃ母ちゃんの恋人はつとまんねーぞ。もって後、一年だ。何しろキープは幾らでもいるって言ってたからな。

「何コレ、もしかして今のうちに逃げられるんじゃねぇーの」

 オバチャン集団に平謝りを繰り返すオタクをモニター越しで見ながら、ふと思った。
 いや、でもまた捕まるの勘弁だ。今日の俺、滅茶苦茶ツイテないし。それに、このまま大人しく待ってたら、オタクが廃棄の弁当くらい恵んでくれるかもしれない。
 現在の所持金、26円。もう、脅してでも、頂きますよ、この際。

 資金源の調達に失敗したけど、転んでタダで起きるつもりなんかこれっぽっちもない。羞恥心なんてモンは、事務所まで引き擦られる様子を通行人約数名に目撃された時点で、当に捨ててんだ。

「馬鹿力め……覚えてろよ」

 出席日数が足りなくて留年し、四年前に高校を自主退学したハタチの兄貴より、少し年上であろう若い男。
 自慢じゃないが、勉強が出来ない分、体力だけが俺の取り柄で、中学生の平均以上、高校生並みにあるはずだった。
 けれど、どんなに俺が暴れようが、アイツは微動だにしなかったのだ。
 今日の借りは今日中にキッチリ返さないと俺の気が済まない。
 男への報復を決意し、早速、身元の手掛かりを探すべく、オタクグッツで埋め尽くされた事務机を漁ることにした。
 そういやアイツ、なんていう名前だっけ?

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