96:いやだ→だめだ

77話78話79話の炭治郎視点のお話


次の日の12月10日。桜さんへの誕生日の贈り物を買いに行くのと資金調達のために、隣町に出かける準備をしていると、桜さんが手伝いを申し出てくれた。その最中、熊の話をしてから桜さんの態度が変わり、急に隣町についていくと言い出し焦りだす。正直、俺自身の誕生日をサプライズしてくれていたように、直前まで秘密にしたかった。驚き喜んで欲しかった。
どうしようかと悩んだけれど、深刻に訴える姿に、何か事情が出来たのだと判断し同行をよしとした。贈り物は、桜さんが用事をしている隙に選べばいい。そう思い直し、家族に見送られながら、桜さんと二人で隣町へと出かけた。



それは、突然だった。お風呂掃除の途中なのを思い出した、禰豆子に続きを頼んでくると一度戻って、すぐに帰って来た桜さんと共に一歩を踏み出した途端、桜さんは倒れた。
誰かの声が聞こえたと言いながら虚脱し、雪の上に崩れ落ちる桜さん。頭痛と眠気を訴えた後意識を失った桜さんを背負い、急いで家へと戻り、慎重に布団に寝かす。

(なんで…。さっきまで元気で、普通だったはずだ)

道端で倒れた時よりかは落ち着いていたが、まだ顔は青白く、身体は冷えきっていた。

(それに声が聞こえた……まさか…)

桜さんにしか聞こえなかった声。それが何を意味するのか。脳裏を過った仮説に、背筋がひやりとする。


「お兄ちゃん、薬とお水置いとくね」
「………」
「お兄ちゃん聞いてる?」
「………」
「お兄ちゃん!」
「あ、すまない?なんだって」
「薬と水、ここに、置いとくね」
「あぁ、ありがとう禰豆子」
「……。お兄ちゃん…。心配なのは分かるけど……桜さんの手潰れちゃうよ?」
「え?」

禰豆子に言われて自身の両手を見ると、桜さんの右手を無意識に強く握りしめていた。握りすぎたせいで、白い手が少しだけ赤くなっているのに気付き、慌てて布団の上に戻す。

「桜さん、声が聞こえたって言ってたんだよね?」

先程の事を思い出しつつも、視線は桜さんに合わせたまま頷く。

「もしかして…それって……」

「ううん、なんでもない。それより、お兄ちゃんの方が倒れちゃいそうな顔色だよ」と無理矢理会話の方向性を変えた禰豆子が何を推測したのか、容易に想像ができた。きっと俺と同じ考えに至ったのだろう。

桜さんだけに聞こえたと言う声が、未来に帰ってしまう、何かしらの切っ掛けではないのかと。

「………だめだ」

















しばらくすると、桜さんがそっと瞼を上げた。とろんと眠そうな顔で辺りを伺いゆっくりと口を開く。

「炭治郎君が、連れてきて、くれたの?」

返事をする前に、額に手を当て確認すると、冷たくも熱くもない適温。顔色もいつも通りだ。

「はい…。今はどうですか?」
「痛いのも、眠いのも、楽に、なったけど、力がでない」
「辛くはないですか」
「うん」

少し前までは、寝ていても体調の悪さが分かる程だったけれど、今は見た目的にも無理や我慢はしていないと分かり、手を放す。

「ごめんね、迷惑、かけて。あれから、どれくらい時間、たった?」
「まだ1時間も経ってないです」
「そう…、……なんだ」
「桜さん。寝る前に、昨日しのぶさんに貰った疲労回復の薬飲んで下さい」

今にも寝てしまいそうな桜さんの身体を支え、なんとか薬を飲んでもらい、ゆっくりと布団に戻す。すぐに寝息を立てた桜さんに、大丈夫そうだと安堵の息をもらした。

「桜さん寝た?」

禰豆子が水の入った桶を抱え部屋に入ってくる。

「顔色も戻ったし、多分寝てれば治る」
「良かった」

桶を横に置き、桜さんを挟んで俺の正面に座った禰豆子は安心したように顔を緩めた。

「隣町に行くのはやめて、このまま桜さんを看ているよ」
「桜さんなら私に任せて。お兄ちゃんは町に行ってきなよ」
「でも」
「桜さんなら大丈夫そうだし、明日は、特別な日にするんでしょ?」

禰豆子の台詞に、明日見れるかも知れない桜さんの笑顔を想像し、心が揺らぐが……、目を放した隙に…消えてしまうのではと不安に襲われる。


(もし、未来に…いきなり…)


何も言えずにいると、「それにほら」と言って禰豆子は桜さんの頬を2〜3回つつき、

「桜さんは、ここにいるよ。大丈夫」

と、明るく言った。不安を取り除こうとする想いの裏側に禰豆子の本心が匂いで伝わってきてはっとなる。俺が不安になってどうする。長男だろ。しっかりしろ。と気持ちを切り替えた。

「そうだな。桜さんはここにいる」

禰豆子の真似をするように桜さんの頬を2回つつき、その柔らかさにもう一度つんつんした。

「私、桜さんから離れないし、何かあったら全力で引き留める!…だから、安心して贈り物選んできてよ」

桜さんを見つめてから立ち上がって、「禰豆子後は頼んだぞ」と言うと、禰豆子は満面の笑顔を見せた。

「うん、任せてお兄ちゃん!いってらっしゃい」


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