77:ミンナノタメニ

※76話と77話の間に1話が入ります。

炭治郎君は、私の後ろを探すように言った。

「あれ?しのぶさんと甘露寺さんは?匂いはするんですが」
「あの目印の木の所まで一緒だったんだけど、お仕事が急に入って帰っちゃったの」
「そうですか。…お礼をしたかったのですが」
「また今度、何かお礼しようね」

言いながら今度は私が周辺を探すように視線を巡らす。

「禰豆子ちゃんと六太くんは?風邪治った?」

腕の中の茂くんと花子ちゃんが順に教えてくれる。

「お姉ちゃんも六太もすぐ治ったよ」
「今はお母さんと一緒に料理中」

症状は悪化しなかったようで良かったと、安堵の息が漏れた。その時、花子ちゃんの頭に小さな白が落ち、じわりと溶けた。

「あ、…雪」

私の一言で皆が空を見上げた。薄暗い空から、幾つもの雪がふわりふわりと降ってくる。空の様子からも本格的に降りだしそうだと悟り、炭治郎君と竹雄くんにお願いし、一緒に荷物を取りに急いだ。



「禰豆子ちゃん、六太くん、葵枝さんただいま〜!」

玄関で大きな声をだせば、奥から軽快な足音。すぐさま両手を広げ受け身の体制になれば、六太くんがジャンプするように飛びついてきた。

「桜おねえちゃんおかえりなさい!ぼく、ちゃんとお留守ばんできたよ」
「えらいね〜」

六太くんを抱きしめながら、鼻でおもいっきり深呼吸をする。

(あぁ。竈門家の匂いがする)

ぽかぽか温かい春の匂い。…と言えばいいのだろうか。安らぐ匂いに身体の疲れが解れていく。たった一週間なのに、ひどくナツカシイような気がして、身体の中を竈門家の匂いで満たすように、何度も深呼吸してしまう。

「桜さんお帰りなさい」
「お帰りなさい」

割烹着の葵枝さん、禰豆子ちゃんは料理途中だったのだろう。お味噌汁とご飯の匂いをまとい、穏やかな笑顔で迎え入れてくれた。二人にただいまと返してから、居間を指差す。

「皆さん!今日の夕ご飯の後に居間に集合してください!」
「居間に集合って。元から居間で飯食ってるだろ?」
「細かい事はいいの。大事なのは雰囲気だよ、雰囲気」

竹雄君にウインクすれば、はてなマークを浮かべていた。










一週間ぶりの竈門家のご飯を堪能した後。しのぶちゃんと蜜璃ちゃんからのお土産のカステラを皆で食べながら、円になった中心に立ち、マイク替わりのしゃもじで話す。

「実はですね。この一週間、しのぶちゃんのご依頼の元、1000本のお花を売っていたのです」
「「1000本?!」」

炭治郎君以外の声が驚きで重なる。場の雰囲気に合わせるようなトーンで続けた。

「そうです!1000本です…!そして昨日ちゃんと納品して、…沢山……沢山お金をもらいました」
「いくらもらったんですか?」
「いっぱい」
「いくらなんだよ?」
「いっぱいだよ。い〜っぱい」

「だから〜」とニコニコしながら、部屋の隅に置いてた籠を引き摺りながら、円の真ん中に持ってくる。

「皆へのお土産を買ってきました!パンパカパーン!どうぞ〜!」

中の物を一つ一つ取り出し、個別で買ったものを説明していった。

「〜二冊でしょ。で、禰豆子ちゃんは、ピンク色のワンピースと、可愛い着物、髪飾り、口紅ね。炭治郎君は着物と、青色のマフラーと手袋と本五冊と洋服ね!それと皆それぞれ普段着用の着物と私コーディネートのお洒落なお出かけ用の着物、高級お菓子詰め合わせです!」

皆それぞれにお土産を見て、新しい着物だ、お花の本だ、お菓子いっぱい!と大喜び。いや喜び半分、興奮半分といった所だろうか。その興奮具合は、私が初めて花を咲かせた時くらいかもしれない。この様子なら、どっきりは大成功と言っていいだろう。


「桜さん…。こんなに買って大丈夫なの?」
「大丈夫というより、まだあります」

心配そうな葵枝さんの質問にあっけらかんと答えると、葵枝さんと炭治郎君、禰豆子ちゃんの言葉が重なった。

「「まだある?」」
「うん。後は、皆の分のフカフカのお布団でしょ?皆の防寒服セット、調理器具一式、お正月用の白米とお肉、家の修繕するための大工さんの手配、薪割用の斧二つです。もちろんここまで運んでくれるように手配してあるし、すでにお金も払ってあります」

呆然とする三人。中でもいち早く回復した禰豆子ちゃんが口を開く。

「本当に全部買ったんですか?」
「うん。だってお金いっぱいあったんだもん」
「さすがに使い切りましたよね?」
「まだ少し残してあるよ。皆でおしゃれして都会にご飯食べに行こうと思って」
「こんなに買ってまだあるんですか?!一体いくらもらったんです?!」
「むふふ。いっぱい」

驚きに固まる禰豆子ちゃん。

「……桜さんは?」

今度は炭治郎君が呆然とした表情のまま、ぽつりと呟いた。

「私がどうしたの?」
「桜さんは、」
「うん」
「桜さんは、……自分に何を買ったんですか?」
「え?買ってないよ?」
「は?」
「え?」
「あら」

炭治郎君、禰豆子ちゃん、葵枝さんが目を見開いた。

「私は今あるもので充分だし、それにお花を売ったのは私かもしれないけど、でも、そもそもお花を咲かせられるのは、《幸せ》が条件でしょ?私が、今幸せでいれるのも、今生きていられるのも、皆のおかげ。だからこのお金は皆のもの。皆が私にくれたものを今、返しているだけ。私は皆が喜んでくれるならそれが、幸せなの」

そして、ちょっぴり舌を出す。

「……って言いつつ、本当は、恩返しの一環になればなって不純な理由もあったり」

最後にへへ、と誤魔化す様に笑えば、葵枝さんに力強く抱きしめられた。恥ずかしさで悶えている視界の隅で、炭治郎君と禰豆子ちゃんが無言で顔を見合せ頷きあっているのが見え、なぜかその場面が印象深く残った。








次の日、12月10日朝。

「炭治郎く〜ん!」

炭焼き釜の前で作業をしている後ろ姿に呼びかければ、煤に汚れた炭治郎君が振り返った。

「さっき禰豆子ちゃんに聞いたけど、これから炭を売りに行くって?」

顔についた煤を袖で拭いながら、炭治郎君は頷く。

「はい。これをつめたらすぐに行きます」
「雪も降りそうだし、昨日の雪ですっごい積もってるよ?危ないんじゃない?」

周辺を見渡せば、そこは一面の銀世界。昨日の夕方から降り続けた雪は今年一番の積雪となっていた。雪かきをしていない場所は、藁沓が埋まる程の深さ。この状態で山を歩くのは普段の二倍大変だろう。

「どうしても今日中に行きたくて」
「しのぶちゃんからもらったお金まだあるし、お正月用の御馳走も買ったよ?今すぐ稼ぐ必要ないよ?」

たまにはゆっくり休んで欲しくて暗に伝えれば、炭治郎君は目を細めて幸せそうに笑った。

「でも行きたいんです」

まるで愛おしい人を見つめるような眼差しに一瞬、恋する少年みたいだなと思いながら、炭治郎君の隣に座って腕をまくる。

「…そっか。じゃあ、準備だけでも手伝うね」
「ありがとうございます」





一緒に釜から炭を取り出し詰めこむ作業中。炭治郎くんの後ろ側に、竹雄君が置きっぱなしにしたであろう斧が見えて、ふと、今まで疑問に思っていたことを口にする。

「そういえば、炭治郎君いつも東の町に行くとき、というか、最近は隣町に行く時も斧持ってたよね?なんで?」

私の質問に、炭治郎君は作業の手を止めることなく、少しだけ照れたように言った。

「その、桜さんに何かあったら、少しでも守れるように」

斧を毎回持って来たのは私のため。
それを理解した途端、小さな騎士(ナイト)君への、感謝と可愛さの感情が胸を占めた。

「私のため、だったんだ…?ふふ。ありがとう、頼りにしてるね」
「父さんみたいに、まだ熊を一瞬では倒せないですけど」
「…ん?……くま?くま、ってなに?」
「え」

炭治郎君は作業の手を止め、耳を疑うような顔で私を見た。聞こえなかったのかと思って、もう一度言葉を繰り返す。

「くまってなに?って言ったんだよ?」
「熊は、くま、ですよ。…その、……桜さんを襲った…」
「私を襲った…?いつの事?」
「…一年前、東の町で桜さんを襲って重症を負わせた…動物の」

くま、クマ、熊、動物、襲う、重症。

「……あぁ、思い出した」

小さく漏れた言葉、掘り起こされた記憶。

「過去の時代に沢山の人が襲われたっていう、あの大きな動物の事ね……」

突然の事だったからすぐに思い出せなかった。けど、それもしょうがない。だって、未来では、熊は害獣として人間に駆除され、全滅させられたから。熊と言えば、実物よりもデフォルメされたキャラクターや、ゲームや漫画でのモンスターのイメージが強く、私達にとっては架空の生物の様なもの。

怪訝に顔を歪める炭治郎君を見て思う。なんで、炭治郎君の中で私が、熊に襲われた事になっているのだろう。私を襲って怪我を負わせたのは、あの化け物みたいな人間の男なのに…。


【お前さんに怪我を負わしたやつが、先月ようやっと御用になったようじゃよ】

突然、いつの日かの嵯峨山さんの言葉が頭を過った。

【まあ、お前さんが被害にあって以降、悪さはパタリと止まっていたそうじゃが、この間猟師に発見されてその場で射殺されたそうじゃ】

【肥えて体格も良い上に中々しぶとくて、猟銃二十発以上撃ち込んで、ようやっと倒れたそうじゃ】

【二メートル近い大物だったそうじゃ】

【その後は、鍋にして食べたそうじゃ】


「……炭治郎君は、…熊、…を鍋にして食べた事ある?」
「…………俺はないですけど、嵯峨山さんは食べた事があると聞いた事があります」
「そう、なんだ」


連鎖するように思い出された、東の町での会話。

【この間、皆に言ったよね。私を襲った犯人が夏に御用になたって嵯峨山さんから聞いたよって】

記憶を探れ、全てをつなげろと、心臓が囃し立てように大きな音を鳴らす。

【…はい。俺も気になっていた事だったので、嵯峨山じいさんに直接聞きに行ったんです。猟銃をもってしても相当手強かったけれど、ようやく退治できたと】


あぁ……。私も、嵯峨山さんも、炭治郎君も、一度も私を襲った犯人を《人間の男》とも《熊》とも言っていない。どちらと取れる、《やつ》《犯人》としか言ってない。


そうだ。そもそも最初からお互いに勘違いをしていたんじゃないだろうか。だって、私が初めて竈門家で目を覚ました直後。私を襲った犯人が他の人に危害を加えないように、犯人の特徴を伝えようとした時、《襲ったやつはわかってるから無理して言わなくていい》と言っていたではないか。私は、もう犯人は分かっていて、あとは探して捕まえるだけだと思っていた。それに、あの頃は、さすがに話題にするのは辛かったし、皆も気を使って極力触れてこなかった。思い違いが正される事なく今のまま来てしまっていたんだ。

なら、嵯峨山さんが言っていた、狩猟に殺されたというのが、熊だとしたなら、私を襲った犯人は捕まっていないという事になる。まだどこかで生きて人を襲っている?

導き出された答えに、背筋がゾワリとした。

…言わなきゃ。警察に言わなきゃ。

「炭治郎君…。私もこれから一緒に町に行くよ」
「え゛?!」

炭治郎君は困ったように顔を引きつらせた。初めてのちょっとした拒絶に、地味にショックを受ける。

「え゛…って嫌なの?」
「嫌ではないんですけど………。ただ今回はちょっと…」

渋り言葉を濁す炭治郎君からは来てほしくないという気持ちが強く伝わってくる。本来なら無理強いはしたくないのだけど、今回ばかりはどうしても譲れない。

「ごめん。私どうしても行かなきゃいけなくなったの。訳は行きながら話すね」

炭治郎君は何かを考えるように、鼻をくんと嗅いだ後頷いた。
 
「……わかりました。一緒に行きましょう」
「ありがとう」

「炭治郎、桜さん」

話ながらだったけれど、最後の炭を籠に入れ終わって炭治郎君が籠を背負った時に、葵枝さんから声がかかり、二人で家の入口まで歩いて行く。

「二人とも顔が真っ黒じゃないの」

そう言って葵枝さんは、私達二人の顔を白い布で拭き始めた。

「もう葵枝さんったら、私一人で拭けますよ」

そう言いつつも、嬉しくてされるがままだったりする。

「炭を売りに行くの?」

葵枝さんの言葉に炭治郎君は無言でこくりと頷いた。

「雪が降って危ないから無理に行かなくてもいいんだよ?」
「今日中にどうしても行きたいんだ」

炭治郎君の言葉に、ちらりと私を見て何かを察した葵枝さんは穏やかに笑った。

「そう。気を付けて言ってくるんだよ」
「あ、葵枝さん私も一緒に行ってきます」
「一緒に?」

葵枝さんは炭治郎君を見て「いいの?」と首を傾げ、炭治郎君は困ったように苦笑いをした。……さっきからひどくない?

「兄ちゃん!桜おねえちゃん!」

花子ちゃんと茂くんが明るく駆け寄ってきた。

「今日も隣町に行くの?」
「花子も行く!」

完全に着いていくつもりの二人に、葵枝さんは立ち上がり、諭すように言った。

「だめよ。今日は雪道で危ないし、今日は荷車を引いて歩けないから途中でのせてもらって休んだり出来ないのよ」
「むぅ。兄ちゃん〜!」

葵枝さんのストップ発言に、説得は無理だと悟った二人。ならばと、茂くんは炭治郎君に、花子ちゃんは私にすがるように抱きついてきた。

「昨日言ってた、皆でおしゃれしてご飯食べに行くの今日にしようよー!花子、昨日もらった着物きて、ご飯食べに行きたい!おしゃれしたい!」
「皆でうなぎ食べようよ!」

昨日の興奮が今日も続いているのだろう。完全に遊びに行くモードの二人に、でも、と話しかける。

「雪道危ないよ?」
「桜おねえちゃんよりは慣れてるよ!」
「ぐっ…」

茂くんの正論に、精神ダメージ10をくらった。追撃とばかりに、花子ちゃんが上目遣いで瞳を潤わせる。

「皆でゆっくり行こうよ!ね?お願い!」
「うーーーーーーーーーーん、じゃあ」






















「でも今日はお留守番だ」

一つ提案をしようとした時、炭治郎君が茂くんの頭を撫でながら優しく言った。

「その代わり旨いものいっぱい買ってくるから」
「……本当?」
「あぁ」
「花子も帰ってきたら、昨日の桜さんに買ってもらった花の本、読んでやるから」
「……うん!」
「いい子だ」

大好きな炭治郎君にお留守番宣言をされ、しょうがないと諦めたのか、すぐに、お土産楽しみにしてるねと笑う二人。いい子だなと、私も花子ちゃんの頭を撫でた。

「ありがとうね、炭治郎」
「じゃあ行ってくる。竹雄出来る範囲で構わないから、少し木を切っといてくれ」

炭治郎君は、いつの間にかいた竹雄くんに声をかけた。

「そりゃあ、やるけどさ。一緒にやると思ったのにさ」

拗ねた表情の裏に、大好きなお兄ちゃんと一緒にやりたかった。という竹雄くんの可愛い甘えを分かっている炭治郎君は、竹雄くんの頭を撫でた。

「よしよし」
「なんだよ急に!」
「竹にぃ照れてる!」
「うるせいゃい!」

炭治郎君の後に続けと、私も頭を撫でた。

「よしよし」
「だからやめろって!」

赤くなった竹雄君が可笑しくて、皆で笑いあった。







「早く帰ってきてね」
「気を付けてね〜!」

荷物を持って炭治郎君と家を出れば、姿が見えなくなっても聞こえてくる声に、炭治郎君と一緒にほっこり温かい気持ちになった。そのまま歩いていくと、六太君を寝かしつけていた禰豆子ちゃんがいてさらにほっこりを補充。ほかほか気分のまま、昨日、しのぶちゃん蜜璃ちゃんと別れた場所、目印の木まで来た途端、ハッと思い出す。

「そうそう!私が今日一緒に行きたいって言った理由なんだけどね?」
「あぁ。熊がどうのっていう話ですね?」

こくりと頷く。ほかほか気分を切り替え、話そうとした時に、更にもう一つの事を急に思い出す。

「あーーー!!」
「?!」
「忘れてた!私、お風呂掃除の途中だった!」

びくっと驚いた炭治郎君には悪いけど、忘れてた事を全く関係ないタイミングでいきなり思い出す現象、をおこし一人で焦り始める。

「ごめん!ちょっと禰豆子ちゃんにお風呂掃除の続きお願いしてくるから!本当にごめん!ちょっと待ってて!」

そう言いながら禰豆子ちゃんの元に走り出す。「走ると危ないですよー!」と言う炭治郎君の声に、「わかったー!」と返し、速度を下げた。まだ距離は離れていなかったので、すぐに禰豆子ちゃんに会え、お土産の金平糖を約束し、炭治郎君の元へと歩いて戻った。時間にして20分程だったけど、ちゃんと、目印の木の下で待っていてくれた炭治郎君。

「待たせてごめんね?」
「いいですよ。雪道で滑りませんでしたか?」
「ありがとう。うん!一回転けた!」
「早速ですか。危なかったら、俺につかまってくださいね」
「ふふ、遠慮なくそうさせてもらうね。じゃあ、町に行こうか?」

そう言って、二人で町に向かって足を一歩進めた。



※大正コソコソ噂話※
77話をもって奇々怪々と依存の章は終了となります。
奇々怪々と依存の章のイメージソングは《君の銀の庭》です。
奇々怪々とは、非常に奇怪で不思議なさま。ここでは、夢主が未来からトリップした事、花の能力の事、この二点を表しています。
依存とは、他に頼って存在または生活すること。ここでは、夢主が竈門家に精神的居場所的金銭的な意味で依存して、大正時代を過ごしている事を表しています。


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