主人は気まぐれ

人間の尊厳
3日目の深夜
黒色の主人と金色の奴隷
曖昧な境界線の延長
怠惰な1日
洋ナシタルトの日々
歪んだ笑顔
シーツ越しの体温
良薬口に苦し
*100万hit企画アンケート1位作品
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黒髪の思い付くことはいつだって突然だ。

「お前・・・髪伸びたな」
「今頃?ここに来てから1度も切ってないんだけど」
「あぁ、結んでるのか。だから分からなかったんだ」
「それも今頃?」

どれだけ俺に興味がないんだとかそんなことは言わない。
人の変化に気付くのが遅いのだ。
頭はいいのになんというか。
ポーンを動かしてコマを進める。

「チェックメイト」
「げっ」

チェスの最中に人の髪の長さなんか気にしているからだ。
俺の主人である黒髪は今まで1回も俺に勝ったことはない。
敗因を考えているらしいが何が駄目だったのかわからないらしい。
もちろん俺も教えてやるつもりはない。
手を抜かない勝負が主人の望みなのだからこれでいいのだ。
俺は絶対負けない。

「あ、メイドを呼べ」
「はいはい」
「お前の髪を切ってやる」

何を言い出すのかと思えば。
ようやく長い髪にも落ち着いてきたって言うのに今頃切るのか。
俺の拒否権はないし髪が短い方がいいとも思ったので部屋のベルを鳴らす。
部屋に入ってきた黒服にメイドを呼ぶように言って、それから散髪の旨を伝える。
テーブルの方を見てみると黒髪はまだ敗因について考えているようで。
仕方ないから冷えた紅茶を温かいものに交換してやった。

「やっぱりわからん」
「じゃぁ次も俺の勝ちだ」
「そうはいくか」
「メイド呼んだよ。あと紅茶は熱いうちにどうぞ」
「あぁ」

上の空でカップを口へ運ぶ。
口にカップを付けているが飲んでいるかはわからない。
唇を火傷したらどうするんだろう。
しばらくすると優秀なメイドは鋏やボディカバー、霧吹きやブラシなど必要なものを一式持ってきた。
黒髪が動く気配がないので準備は俺とメイドでする。
襟が邪魔なのでシャツを脱ぎ、タオルを首に巻いてボディカバーをかぶる。

「貴方が散髪するの?」
「坊ちゃんがそう言っているので。自分で切ってもいいですよ」
「馬鹿を言わないで。貴方ができると思えないわ」
「少しぐらいなら俺だって・・・」
「貴族の坊ちゃんだった人ができるの?お腹が痛い程笑える話ね」

このメイドは優秀だが口が悪い。
結んでいた髪も解いて、椅子に座る。
メイドが今まさに髪を切ろうとしていた時に黒髪が慌てて立ちあがった。

「待て待て!俺が切る!」
「「・・・え?」」

黒髪が俺の髪を切るだって?
何の冗談だ?
メイドまで顔が引きつっているぞ。

「坊ちゃん、いくらなんでも坊ちゃんには無理だと思いますが・・・」
「鋏ぐらい使える」
「いえ、そういう意味ではなくてですね・・・」
「いいよ。メイドに切ってもらうから。チェスの敗因でも考えていてよ」

黒髪が髪なんか切った日には俺の頭は焼け野原よろしく闇の毛がなくなるに違いない。
それは非常に困る。
黒髪が気に入っているぐらいには俺だって自分の髪を気に入っているのだ。
唯一他の奴隷と違って綺麗な色をしているのに。

「大丈夫だって。貸してみろ」
「ちょっと!本当に無理だって!」
「ぼ、坊ちゃん・・・」
「下がっていいぞ。終わったら呼ぶ」
「あっうわっ!まじ、やだって!」
「奴隷が逆らうな!」
「そう言われても無理!」

主人に捨てられないために主人に髪を切られたくないって言うのも面白い話だな。
まぁ結局俺が勝てるわけもなく椅子に縛り付けるような感じで椅子に座らされたんだけども。

「あぁ・・・神よ・・・!」
「髪?切るぞー」

ジョキン

「切りすぎじゃない?!」
「長いんだよ、大丈夫だって」
「切りすぎだって!やだっ!あんまり短くしないで!それから髪をぬらしてから切って!霧吹きで」
「あーもううるせぇな」

口までタオルで塞がれてしまった。
もう俺になすすべはない。

***

髪を切ると金髪はぎゃーぎゃー騒いでいたがしばらくすると大人しくなった。
正確には大人しくさせたんだけども。
仕上げに襟足をそろえて完成。
首やら顔やらについた髪をタオルで簡単に払ってやる。

「我ながら上出来」
「自画自賛してないでよ・・・絶対失敗しただろ・・・」
「そんなことはない」

鏡を取って見せてやれば金髪が少しだけ目を開いた。

「どうだ、俺に出来ないことはない」
「ま、前髪が短い・・・!」
「えっ」
「後ろだってガタガタ!うわっこれ、えぇ?何を目指したの?うわぁ、もうこのもみあげセンスないんだけど」
「・・・お前が貴族の坊ちゃんだったってのを忘れてたぜ」

貴族は成金なんかよりよっぽど服装だの髪型だのについてうるさい。
流行やポリシーがあるからだ。
由緒正しい貴族が集まる定例会なんてのがあって、そこに行くために毎回髪型だって整える。
服だってその度にサイズから計りなおすのだから相当なものだ。
我ながらうまくできたと思ったんだがこいつにして見ればスラムの床屋レベルの話。
えーしか発言しなくなった金髪はおもしろくない。

「全く・・・せっかく切ってやったのに礼もなしか」
「えー・・・あー・・・ありがとー・・・」

鏡を見ながら襟足ばかりを気にしている。
金髪に動く様子が見られないのでブラシで身体についた髪の毛を払って後始末。
床に落ちた髪はあとでメイドに掃除をさせよう。

「そんなに気に入らなかったか?」
「うん」
「お前・・・今日外で寝ろ」
「嘘、気に入った」

見え見えの嘘、腹が立ったので赤く腫れている乳首を抓る。

「い゛いぃっ」
「あとでメイドに切りなおしてもらえ」
「あっ、お、怒らないで?ね?」
「さーなー」
「ごめんって、ごめん」

さっきまでのふてぶてしさはどこへやら。
急に大人しくなって片付けをしている俺の後ろをついてくる。

「違う、違うんだよ。少し襟足が気になっただけで」
「へぇ?襟足だけ?」
「あとま、前髪?」
「外で寝ろ」
「やだ、嫌、ごめんなさい」

外で寝るのが嫌なのか捨てられると思っているのか。
慌てているのか泣きそうなのかよくわからない顔をしてる金髪の心理は俺のあずかり知らぬ部分だ。
ある程度片付けを終わらせてソファーにどっしりと座る。
足の間に金髪が座って、俺の足に顔を寄せている。

「ごめんなさい」

腕を引けば簡単に膝の上に乗る。
最近はストレスもないのか少し肉が付いた。
肋骨が浮いていない。
初めてコイツを見た時ぐらいの体型になればいいと思っている。

「奴隷のくせに、ちゃんと鋏で髪を切ってやっただけでもありがたいと思え」
「うん。ごめんなさい」
「ふんっ・・・主人が切ってやったのに我儘な奴隷もいたもんだな」
「・・・実は拗ねてるだろ」

俺の方を目だけで見て、その目が少しおかしそうに揺れている。

「拗ねていない」
「まぁ少し前髪は短いし襟足はガタガタだしサイドも重いけどこれはこれでいいよ」
「拗ねてないって言っているだろ」

年上面しやがって、奴隷のくせに。
そもそもたいして歳だって変わらないだろうが。

「服脱げ。風呂場で洗ってやるから」
「そんなに髪ついてた?」
「俺がチクチクする」
「色が金だからよく見えないんだよなぁ・・・」

俺の上から下りて金髪がベルトに手をかける。
俺はその間にバスルームに移動。
自分も服を脱いで、シャワーはぬるめで。
調子に乗っている奴隷を躾けるのは主人の役目なのだ。

「早くしろ!」
「わかってるよ!」

気分が良い金髪が泣くまであと10分。




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