囚人番号『E・0000』番。そして自らの名前も名乗ろうとしない。 番号も名前も無い、この小さな少年は子ども達の間で、ナナシと呼ばれていた。
「違うっ!」
ナナシの言葉を否定するが、裏切られたのかもしれないという不安が拭い去ることはなかった。 計画は全て順調だった。彼の無断離脱さえなければ、手順は狂うことなく今頃、仲間の大半と共にシキは檻の外にいるはずだったのだ。
「それよりさっきの……返事をくれない?」
協力してくれるのか、否か。先に脱獄したルートに続き、再び脱獄を図る為には出来るだけ多くの賛同者が欲しい。特に同室であるナナシの協力は必要不可欠である。 酔狂でもなければ君だって、いつまでも、こんな場所にいるのは嫌だろう? ナナシにとっても悪くない話のはずだと、誘い水を向けるが、
「無駄だよ。エルフからは逃げられない。絶対に」
躊躇う様子もなく、言い切られた。 皮肉にもそれは懲罰室で拷問を受けた時に看守から告げられた言葉と全く同じものだった。
「そんなこと分からないじゃないか! ルートは逃げ切れたんだ。オレだって!」
看守に対しての激しい憎悪が再び湧き上がり、返答にも、納得がいかないシキは握り拳をシャッターに殴り付けた。
「君はここから出たくないのか! そんなはず、ないだろう……?」
怒気を帯びたまま問い質そうとするが、目の前にいるのはまだ十にも満たないような子どもだということを思い出し、言葉に淀む。 しかし、ナナシは動じることはなく、能面のような面持ちで、
「でも、君はそうやってVに唆されて、置いてきぼりにされたんだよね?」
そう、反論を述べた。
「協力したところで、今度は僕が同じ目に遭わされることは目に見えてる」 「そ、そんな! オレは黙って仲間を置いていったりなんかしない!」
裏切りを仄めかされ、シキは一瞬怯むが、慌てて弁解した。
「ううん、そんなはずない。知ってるんだよ、シキ」
冷ややかな眼差しを向けられ、何を、とは聞けなかった。
「君もVのように、仲間を切り捨てたことを」
ナナシの一言で、悪夢のような光景が脳裏に蘇る。
「ち、違う。あれは! だって、仕方ないじゃないか。逃げなきゃ、全員が捕まってた……」
自分のせいじゃないと、言い繕うとするが、言葉が続かない。助けを求める仲間の手を振り払った感触を忘れてはいなかったから。
「何も、違わないよ。だって知ってたんでしょ? 全員脱出なんて、到底不可能だっていうこと」
ナナシの指摘通りであった。計画を企てる前から、シキはそのことを想定していた。 だが、多人数でなければ脱獄の実現は不可能だ。地の利は完全に施設内を知り尽くしたあちら側、看守達にある。更に、こっちはまともな武器も無いので、丸腰に等しい。 監視の目を欺き、逃れる為には暴動を起こし、混乱に乗じるしか他はない。一人だけで、看守達相手に迷路のような監獄を脱出するなど到底不可能な話だった。
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