□ 序章:[ 宝物 ] 第一章:[     ]
第二章:[    ]



 空を仰ぎ見れば、決して晴れることの無い、曇天が広がっている。辺りは毒気と異臭が立ち込めているせいなのか、人はおろか、野禽や害虫の姿さえ見当たらない。
 視線を落とせば、剥き出しの線路に、錆び付いた廃車や信号機、風化した鉄骨や瓦礫が支離滅裂に積み上げられている。
 廃墟と化した都市に、損傷も無く、異様なほど整然と聳え立つ、白き塔。中心部には、吹き抜け状のエレベーターがあり、今も目的地に向けて、一人の乗客を運んでいた。
 全てから、逃げ切った少年はその、箱の中にいた。息を弾ませながら、気怠げに硝子張りの一面に視線をやると、おぼろげに映し出される自身の姿。
 黒ずんだ茶色の髪に、所々に赤褐色が混じっている。額に浮き出る汗を拭う為に、長く伸びた前髪を掻き分けると、猫のように吊り上がった大きな瞳が現れる。全体的にやや露出の多い服からは、透き通る白い肌が覗く。
 その出立ちから、男というより、線の細い、少女を思わせた。

「早く、着いて、くれないかなぁ」

 エレベーターに乗ってから、随分経つ。手持ち無沙汰になった少年は、持っていたペンの先端を硝子に立てると、カツカツと打ち鳴らした。
 その反動で、もう一方の拳からは、インクとは違う色が指伝いに滴り落ちる。


「フフ、あの子と同じ色だ」

 少年は愛おしそうに、傷口を舐ると、自身が映らなくなるように、一面に広げていく。拭っても、簡単に落ちることのない、その色を。

「あーあ、壊れちゃった」

 暫くすると、硝子に打ち続けたペンは亀裂が入り、音を立てて、折れてしまった。
 床に飛び散っていくプラスチックの破片を尻目に、何て脆いんだろう、と少年は思った。同時に、さっきまで側にいたあの友人もそうだったかと、追想する。
 少年にとって、彼は。小さい頃に持っていたような宝物に似た存在だった。

 宝石でも水晶でもない。何の変哲も無い、綺麗なだけの、硝子玉のような。
 ある程度年齢を重ねると、途端にガラクタと化してしまう、それ。
 宝物は壊さないように、大事に、仕舞っておいた。
 再び手に取る時はもう、殆ど覚えていない。
 あんなに大切にしていたはずなのに何でなんだろう。ものに対しても、自分に対しても、くだらないようなことをしていた気がしてならない。
 残るのはただ、大事にしていたという過去、だけ。

 開かれたエレベーターの扉から、僅かに光が漏れ出し、少年の身体を包みこむ。それは終着を合図していた。

「大丈夫。離れてても、おれ達、ずうっと一緒だよ?」

 握り拳をそっと開く。そこにあるのは、まだ大人になりたくない少年が、未練がましく持ち出した、宝物の一部。
 紅色に染まったそれに、唇を落とすと、光に向けて歩き出す。
 最後に呟いた言葉は嘗て、友人と交わした約束だった……──

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