□ 序章:[ 宝物 ] 第一章:[     ]
第二章:[    ]



 混濁する意識の中、誰かの手が、自分の額を覆っていることにナナシは気付いた。
 入り口のシャッター以外、全面ガラス張りであるこの監房には自分以外何も、無い。寝具も、防寒具も、人も。昨日までは、そうだった。117番、シキが同室者としてやってくるまでは。

「お前の部屋に、新しく受刑者が入る」

 先週、その知らせを受け、ナナシは思わず看守の顔を見返してしまった。俄かに信じ難い事だったからだ。
 ナナシは今まで、誰かと部屋を共有したことは一度もなかった。
 疑似死刑執行後、危険因子だと判断され、隔離区域送りを宣告された時点で、部屋に同室者はいなかった。
 それから次々とナナシ同様、危険だと見做された少年達が隔離区域に送りこまれて来たが、やはり部屋に同室となる者は現れなかった。
 その内、それは意図的なのかも知れないとナナシは思い始めた。
 自分を除き、エルフに収監された少年、121名に振り分けられた番号は、全て先着順だ。
 特定の時期は決まっていないが、一度に約十人前後の少年が投獄される。
 しかしナナシに与えられた番号は第4期の投獄者なのにも関わらず、「0番」だった。
 看守達は定められたルールに従って動く。ルールに背くことはない。万が一あるとしたら、それは設立者の意志によって変えられたものだ。
 設立者は、施設の責任者という肩書きだけで、今まで姿を現したことは一度もない。それどころか、看守でさえも一切面識がないようなのだ。
 そんな人物が、設立後初めて、ナナシという少年を通して、施設に干渉してきた。
 恐らく、設立者は記憶を消される前の自分を、知っているのだろう。自分一人の為に、それまでなかった区域をわざわざ増設したのだ。決して良い印象を抱いていないと、ナナシも承知していた。
 一般区と隔離区域の区別の基準は正確には分からない。
 シキのように脱獄など、直接的に施設に刃向かった少年が全て、隔離行きにされるという訳ではないからだ。
 ただ、今まで隔離区域送りにされてきた少年達には、何かしら一つは「障害」を持っているという共通点があった。
 それは肉体的なモノであったり、目に見えない精神的なモノであったりする。
 シキの場合、右目を失い、ナナシは感情をありのままに表すことが出来無かった。
 ナナシは自らの性質を疑似死刑という名の拷問が施された時に知った。
 大抵の少年は、薬物による疑似的な死刑を執行された場合、ショックのあまり、失神または発狂する者が殆どだが、ナナシだけは全く無反応だった。
 しかし、暑さや寒さも感じるし、痛みも分かる。感覚が無い訳ではない。ただ、どういった反応すれば分からないだけ。
 けれど、反抗的な態度をとった、という理不尽な理由で余分に拷問を受ける羽目になった。
 同期の少年は憐れみの眼差しだけは向けてくれたが、助ける素振りは見せてくれなかった。
 特に、ナナシは気にしなかった。
 それが、普通だと思ったからだ。丸腰で、しかも子どもの力で、不特定の看守達に敵う訳がない。看守に反抗すれば、体罰を与えられることは火を見るより明らかなのだ。
 自分が異質だからなのだと、普通じゃないから疎まれるのだと次第に此処で生きていくうちにナナシは悟った。
 その時からだろうか。己に対して、僅かにでも恐れを抱いた者の、感情を読み取れることに気付いたのは。
 初めは幻聴かと、ナナシは耳を疑った。しかし、目を見るだけで、他人の声が直接、頭の中に響いてくる。心の声が。
 けれど、それだけだ。他人の心が読める。本当にそれだけだ。そんな力が一体何になる。
 看守達はナナシや他の隔離区域の少年を「悪魔」や、「化け物」と罵る。
 それは自分同様、ここにいる少年は障害と引き換えに、何らかの力を秘めていることを示唆していた。
 だが、度重なる人体実験と理由の無い一方的な暴力、一般区の少年より更に自暴自棄になっている。
 そんな彼らと、どう結束して、ここから逃げ切るというのか。
 こんな歪な施設を造り上げた設立者はつくづく陰険で幼稚だ。
 顔も晒せない臆病者のくせに、自分自身がルールになった気でいる。
 設立者は無力な遺族達に手を差し伸べた。仇に報復する場を与えた。
 疑似ではなく、例え本当に仇を殺しても、亡くなった者は二度と戻って来ないというのに。
 設立者を神と言わんばかりに盲信している者は気付かないのだろうか。
 人は、人にしか裁けない。裁くのは顔の分からない神などではない。殺人を犯したなら、それを罪と認め、償うのは結局は加害者自身だ。
 このまま記憶が消されたままなら、少年達は犯した罪を永遠に償うことが出来ない。果たして、亡くなった者は本当にそれを望んでいたのか? そして、加害者だけに、本当に非があったのか。
 設立者は真実を公にする機会を全て奪ってしまった。

 施設側の少年達に対する行き過ぎた仕打ちからして……まさか本当に身内を殺された被害者遺族に賛同したからではあるまい。それは、ただの方便に過ぎない。
 いくら殺人を犯し、死刑が確定したしても「疑似的」なものなのだ。例え禁じられていたとしても、百人以上いる少年に、身内が一人も面会に来ようとしないのは可笑しい。
 それに、疑似の死刑が施された少年はいつまで、この施設に留まらなければいけないのか。
 正確な時間も分からず、刑期を終え、出所した者の話など聞いたこともない。
 外部との連絡手段がない為、一生ここに閉じ込められたとしても誰にも気付かれない。
 これらのことから察するに、正式では国から認可されてないのだ。この施設は。
 自分の力が仮に、設立者の手によって、人為的に目覚めさせられたモノだったとしたら。
 非力な少年が優位になることに、看守側に利点は一つも無い。
 万が一、そうだとしたら設立者は楽しんでいるんだろうか。この状況を。そして嘲笑っているんだろうか。エルフにいる全ての人間を。
 失敗したとはいえ、脱獄犯であるシキ。彼と同室になったことは、ナナシにとって、きっかけを持つお膳立てはしてやったぞという、設立者なりの合図に思えてならなかった。

「ん……」

 ずっと額に置かれ続けていた手にナナシが触れると、相手も気付いたようで、心配そうな面持ちで覗き込んできた。
 真っ先に目には入ったのは絹糸のような、白藤色の髪だ。取り敢えず、同室者であるシキではない。

「君は、118番の。確か、トヲイ……?」

 118番、通称トヲイ。この少年もまた、ナナシ同様、初めから隔離区域送りにされていた。

「正反対の部屋の君がなんで此処に……」

 ナナシにとって、それは独り言のつもりだったが、

「あ、ぁ……!」

 質問されたと受け取ったらしいトヲイは律儀にも、答えようとする。けれども、彼の口から発せられたのは、言葉ではなかった。
 トヲイは、「声」を失っている。更に、立ち上がって自由に歩くことが出来なかった。

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