「やっぱりここにいた」
医務室の戸を開けた彼女は医務室で薬草の整理をしていた僕を見て薄く笑みを浮かべた。
「どうしたんだい。どこか怪我でもした?」
「いいえ、息災よ」
薬草整理の手を止めることなく、床に腰を下ろした彼女を一瞥する。
くのいち教室で一番の成績である彼女は普段から医務室とは無縁の存在なのだが、こうして時折用も無く医務室を訪れては何もせずぼんやりとしていくことがある。
僕とは違い成績優秀な彼女のことだから何かと気苦労が多く、心休まる時を欲して医務室に来るのだろう。とりあえず怪我や病の有無を尋ねて何も無ければそのまま彼女が安らげるよう特に話しかけたりはしないようにするのが僕の義務だ。
「……」
「……」
「……」
「そこ、薬草取り違えてるわよ」
「え……ああっ、本当だ! 危ない危ない……ありがとう」
「ふふっ、いいのよそれくらい」
彼女からの視線が気になって薬草を取り違えていたらしい。くすくすと笑みを浮かべてそれを指摘する彼女に僕は慌てて手元に集中する。
わざわざ下級生や新野先生の居ない、僕だけの時を狙ってここに来ているのだから保健委員長として安らげるひと時を提供しなければいけないのに。どうも彼女と同じ空間にいると思うだけで鼓動が速って集中力が欠けてしまう。
「あなたの考えてること、当ててあげましょうか?」
「えっ……」
「“どうして用もないのに医務室に来るんだろう”って思ってるでしょ?」
「えっと……君がここに来るのは心安まる時間が欲しからだろう?」
今度こそ手を止め僕がそう言うと彼女は一瞬だけ目を丸めてすぐに細めた。きっと、今の僕の言葉で今まで僕が気を使っていたことなどを察したのだろう。
「あなたは優しいのね」
「やっぱり、そうだったんだね」
「もしかして迷惑だった?」
「いや、迷惑って訳じゃないさ。でもどうしてこんな所を選んだのかは気になるかな。一人になれる所なら他にもあるだろう?」
基本的にここは静かだが必ず新野先生か保険委員の当番が最低一人滞在している。加えていつ急患が来るか分からないのだ。それに薬臭い。
憩う為の場所にわざわざ選ぶべきではないように思えるのだ。
「こんな所だなんて。ここは学園みんなの怪我や病気を治す大切な場所でしょう?」
「うん。まぁ、そうだけど……」
「それにわたし、医務室って好きなの」
「……」
保健委員長として医務室が好きと言われて悪い気はしないが、やはりそれだけでは納得できる答え足り得なかった。僕の表情を見て彼女は口元に手を当てて上品に笑った。
「だってここに来ればあなたに会えるでしょう?」
たおやかな笑みを浮かべた彼女から目を離せなかった。僕は己の下心を隠すのに必死で、彼女の下心を見破れなかったのだ。