141:ワタシト

未来から大正時代に遡る前に落とされた、あの彼岸花だらけの空間かと思ったけれど、すぐに違うと理解できた。

あの彼岸花だらけの空間は、川や人工物、他の有機物含めなにもなく、本当に彼岸花しか存在しない空間だった。彼岸花はいろんな色を見たけれど、殆どが赤色。空は、朝方、夕暮れ、どちらともとれる不思議な色で、風はなく、暑さも寒さも感じない。

あの空間の雰囲気を例えるなら、無の世界、だろう。

けれど、今いる、この見渡す限り黒い彼岸花だらけの空間は、……例えるなら、怨念渦巻く暗黒の世界。

黒い彼岸花は、触ると呪われそうな禍々しさを放ち、空気は淀み重苦しい。風のうなり音は人の呻き声に似ている。空は暗いがどこか安心させる夜の暗さではなく、古びた血の赤黒い色に支配されている。遠くに見える川は毒沼のようで、まるで……世界の終焉を見ているような景色だった。


周辺を見回していると、数歩先に黒い人影がすぅっと現れた。幽霊のように身体の向こう側に景色が見えている。
その人影は徐々に質感を持ち始め、最終的には、暗くてよく見えないが人である事が分かった。

黒い人影は女性物の着物を着ていて、その身体には絡みつくように、大きな黒い彼岸花が1つ咲いていた。着物の袖から微かに見える真っ黒な左手と白い右手で、大切そうに胸に抱えているのは、折れた刀。
顔には影が落ち、表情は確認出来ない。ただ、ずっと見ていると、そのまま闇に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。


一見すると鬼の様にも見えるその人を見たのは、初めてのはずなのだけれど、私はこの人がダレなのか直観的に悟った。

「…………ずっと私に語りかけていたコエは、あなたでしょ」

人影が笑ったような気がした。

「ソウ。ワタシ」

何度か私に語り掛けていたコエは、この人影だった。
擦切った精神と鬼に蹴られた内臓が痛むのを抑えながら、立ち上がれば、また一度吐血をした。

「ここ、はどこなの…。真実ってなに」
「アナタガシテキタ、ケッカノ、シンジツ」
「私の?」
「カワイソウニ…」
「可哀想ってどうい」
「カマドケノミンナハ、アナタノセイデ、シンダンダヨ」

コエの言葉に思考が凍り付いて、瞬時に頭が沸騰した。痛む内臓を無視して、人影に乱暴に近づきながら叫ぶ。

「違う!!私のせいじゃない!!皆を殺したのはあの鬼!!」

可笑しい。黒い彼岸花を踏みつけながら何十歩と進んでいるのに、人影と私の距離は全く変わらない。

「何が真実よ!ふざけないで!」

立ち止まって、吐血しながら叫んだ。

「皆も私も、あの鬼に殺された!!全ての元凶はあいつ!!」

私は、皆に死んでほしくなかった。助けたかった。だけど、あの時は無理で、私も殺されてしまった。けど復讐の力を手に入れたから、だから、だから…!今必死に力をつけて……!だから、…私のせいなんかじゃないっ!

「アナタガ、マレチ、ダカラヨ」

先程鬼に聞いたばかりの単語が聞こえて、動きが止まる。

「稀血だからってなに…。私が稀血なのと、竈門家の皆の死は関係ない」
「カマドケノミンナハ、マキゾエヲクラッタ」
「……意味が分からない!」
「カマドケノミンナヲ、コロシタオニハ、アナタヲネラッテキタ」
「やめて!もうやめて!!私のせいじゃないから、もう聞かないっ!!」

耳を塞いだけれど、コエは脳内に直接響いてきた。

「タイショウジダイニ、キタチョクゴ、アナタヲオソッタオニハ、アナタヲミテ、ナンテイッテタカ、オモイダシテ」
「やめて!!」
「アナタヲ、ミテ、マレチッテ、イッテタデショ」
「……っ!!」

見ろ。思い出せ。と言うかのように、大正時代に遡った直後、東の町で鬼に襲われた時の映像が、脳裏に強制的に叩きつけられた。砂嵐で映像と音声が乱れた、壊れかけの白黒テレビのような場面が再生される。






「‥‥レチマ?ってーに?」
「これであのーに認めーもらえー!」

「‥‥あの方ーー?」
「喰ー!ーう!」

「食ーる?‥殺すっーこと?」
「マレチ!オレはーーいい!!」。

「‥‥痛くしないなら殺していいよ」
「マレチ!!!」







あぁ…思い出した。その当時は意味が分からなかったし、その意味に疑問を抱く余裕などなかったから、稀血という単語はすぐに忘れてしまっていたけれど、確かに、私を稀血と言っている……。

「オモイダシテ、ミンナヲコロシタオニハ、アナタヲミテ、ナンテイッタ」

最悪の答え合わせをさせられている恐怖から、身体中が震え始めた。
そして、また強制的に映像が再生される。






「稀血か」
「喰わせーか」
「目の前で家族ー殺された、稀血の人間にーを与えたら、どうーーか」







……言っている。稀血と言っている…。皆を殺した鬼は、私を見て稀血って……。


「ココマデ、イッテ、ワカラナイノ」
「……やめて…」

私の微かな抵抗を無視して、人影は真実を語っていった。

東の町で私を襲った最初の鬼は、あの時まだ死んでいなかった。朝日に気付き、闇へと逃げた。最初の鬼は、食べるチャンスを虎視眈々と狙っていた。そしてあの日、あなたを食べに行こうとした。けれど到着する前に、竈門家の皆を殺した鬼に見つかった。あの鬼は、とても強い鬼だった。最初の鬼は、恐れ、稀血がいる場所を教えるから、見逃しくださいと泣いて赦しを請うた。

そして、稀血の場所を聞き出したあの鬼は、竈門家に来て、皆を殺した。

花札の耳飾りを付けた者を探していた?最低だ炭治郎君のせいにするのか?
熊と勘違いしていた?死んだと思った?そんなもの言い訳にならない。1年も一緒に居た。覚えてないかもしれないけど、勘違いを訂正する分岐点はいくつもあった。思い出したくないからって、誰かがなんとかしてくれるだろうからって、しっかりと話合わなかったあなたが悪い。あなたがあの時に、最初の鬼の事を勘違いさせずにしっかりと話していれば、その内に鬼殺隊が来て、最初の鬼は退治されていたはずだった。そしたら、皆を殺した鬼が竈門家に来ることも無かった。皆は今頃、生きていた。あの時の幸せのまま、時を穏やかに重ねていった。

なにが、恩返しをするだ。恩返しどころか、恩を仇で返した。
なにが、竈門家は幸せの象徴だ。それを壊すきっかけを作ったのは、おまえ自身だろうが。




人影は、これがあなたのしてきた結果の真実だと言った。

「ちが…。そんな、の、そんなのうそ…。アナタが言ってる事は、想像でしかない…」
「ウソジャナイ」

人影が音もなく近づいてきて、黒い左手で自信の顔を翳す様に触れ、上へとゆっくり動かした。左手が移動するのと合わせ徐々に影が消えていく。そして全ての影が消え去り、今ままで見えなかった顔が見えた。

「イッタデショ、ワタシハ、ミライヲ、シルモノッテ」

人影の顔は、私と同じ顔をしていた。



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