140:ワタシから私へスノードロップを送りましょう

呼吸を使って全力疾走していると、後ろから涙声の善逸くんの声が聞こえてきた。少しだけ速度をゆるめて、善逸くんと並走して走る。

「善逸くんついてきちゃったの?!!」
「だって!だって!!桜ちゃん一人で行かせられるわけないだろぉ!」

私は死なないけど、善逸くんは違う。最悪の事があったらと思うと、今すぐ引き返して欲しかったけれど、善逸くんの様子を見る限り、きっと何を言っても無駄だろう。

「……危ないと思ったらすぐに逃げてね」
「その時は!!一緒に!!逃げる!!わかった?!」
 
泣きながら怒るという器用な事をする善逸くんに、形だけでも返事して置こうと、とりあえず頷いてみせた。

「わかったよ。無理はしないから」
「嘘つかないで!!」
「………(ばれてる)」
「約束して!!!」
「……」
「返事!!!」
「はい(いつもと立場が逆だぁ)」
「なんで笑ってるの?!」
「ごめんって」






















15分もしない内に伝馬さんが言っていただろう現場へと到着した。周辺には真新しい血痕と鉄の匂いが充満している。他に争ったような形跡はなく、あっという間の出来事だったのが推測できた。

「桜ちゃん。…血があっちの方に続いてる」

視線をずらせば、森の奥へと血の跡が点々と続いていた。……きっと、これを辿った先に鬼がいる。

「大丈夫だよ桜ちゃん!!桜ちゃんは俺が、俺が!まもギャぁあアーー!!」
「……今のは鳥だよ。大丈夫?帰った方が」
「帰らない!俺が、ぜったいにうぎゃぁああああああ!」
「今のは私のくしゃみだよ…」


















過呼吸気味の善逸くんと一緒に、血痕を辿りながらしばらく歩いていくと、善逸君がふと歩みを止めた。

「桜ちゃん、なんか変な音がする」
「変な音?」
「うん…。初めて聞く音。もしかしてこれが」
「美味しそうなご飯みーつけた!」

善逸くんの声に被せるように聞こえたのは、可愛らしい女の子の声。
音の発生源側に振り向けば、満月を背に、花柄の着物を着た10歳前後のおかっぱの女の子が、楽し気に笑っていた。人間に近い姿をしているけれど、大きく裂けた口から見える鋭い牙、血走った眼、幼子にしては異様に発達している足の筋肉からして、……間違いない。この女の子は、鬼だ。



「善逸くん気を付けて!この女の子鬼だから!」
「これが、鬼…。これが鬼の音…」

辛そうに耳に手を当てている善逸君を庇う様に一歩前へと進み出た。

「善逸くん、刀構えて!」
「う?うむむ〜?あれ?あれぇ〜??」

二人で桑島さんから借りた日輪刀を構えて戦闘態勢に入るが、こちらの緊迫感など知らぬとばかりに、鬼は不思議そうに首を傾げている。その動作がひどく人間らしかったのと、なぜか既視感を覚えたその時だった。


鬼がポンと閃いたような仕草をした瞬間、鋭い風が横切った。


気付いた時には、ななめ横に立っていた善逸くんがお腹に蹴りを入れられ、吹っ飛んでいた。鈍い音を立てて桃の木に衝突した善逸くんはピクリとも動かない。

「善逸くん!!!」

急いで駆け寄ると、頭から血を流して気絶していた。けれど、不幸中の幸いというか傷は浅いらしく、出血はさほど多くない。おそらく咄嗟的に庇ったのだろう。

「やっぱり〜!」
「っ!!!」

すぐ近くで聞こえた声に心臓が飛び跳ね、すぐさま距離を取り再度日輪刀を構える。
いつの間に移動したのだろうか。鬼は私のすぐ近くに来て顔を覗き込み、邪気のない顔で笑っていた。
蹴りのスピードと、気配もなく一瞬で移動する速さ。今までの鬼とは比較にならない強さだと、背筋に冷たい汗が流れた。

「あの時の食べ損なったおねえちゃんだ〜」
「……なんのこと」
「あれ?覚えてない?まぁ、あの頃の私まだ弱かったしね〜」
「私達会ったことなんて……」
「ねぇ?思い出せない?ほらほら、八王子の山で出会ったでしょ。一年半前くらいだったかな〜??その時さ、私に大木投げて、おねえちゃん逃げたじゃん」
「一年半前…八王子の山…」
「ほら、こんな感じで私に投げたでっしょ!っと!」

鬼は近場にあった桃の木を脚で折り倒した後、両手で拾ったかと思うと、そのまま勢いよく投げてきた。それをほぼ反射神経でキャッチ。間髪を入れず、爪での攻撃モーションがみえたので、木を盾のようにして攻撃を防ぐ。

「前は爪が抜けなくて、おねえちゃんにそのまま投げられたんだよね〜!あの後怪我したんだよ?ま、すぐに治ったからいいけど」

鬼が断片的に話す情報と体験した過去の照合が一致し、徐々に過去の記憶が呼び覚まされる。

そうだ…。一年半前、善逸くんに出会ったあの夜の日。暗い道端で女の子が座り込んでいたから、心配から声をかけたんだ。






「この人、あたしをみて…さがしたわっていってたの」
「泣いてた。会いたかった花子って言いながら泣いてた。……なんで泣いてたのかな」
「おなか空いてたから、食べちゃったけど、食べるまえに聞いておけばよかった。なんで泣いてたの?なんで、…………あたしも泣いてるの?…って」
「おねえちゃんをたべれば、ここが痛いの消えるかな?」
「あの人みたいに、たべてあげるね。おねえちゃん」

そして鬼に襲われた。だけど私は、この鬼を殺さなかった。…ううん、殺そうとしなかった。

「おねえちゃんどこにいったの?」
「投げ飛ばすなんてひどいよ。出て来て?食べてあげるから」

復讐のために死んで奪って強くならなければいけなかったのに、痛いのも死ぬのも怖くて、殺す勇気も殺される勇気もなくて、あの時、鬼を倒せる力があったのに、…私は逃げたんだ。その後の被害を考えもせずに…。







「あの時の鬼…」

姿は変わってしまっているけど、着物はあの時のまま変わっていない。花柄の着物……マツユキソウ柄の着物。

「あ、思い出してくれた?嬉しい〜!きいて、聞いて!あれから、私いっぱいご飯食べたんだよ。だからね、ほらっ!こんなに強くなれたんだぁ〜」

鬼はそう言って、大人の男性3〜4人分はあるだろう高さまで飛び上がった。そのまま、空中で回転しながら足蹴りをすると、嵐のような風圧が生まれ、近くの木が2〜3本なぎ倒された。
その強さは、あの頃とは比べ物にならない程強化されている。それが意味する事は…。



「沢山、ご飯たべたおかげだねっ!」



あぁ…頭がクラクラして、思考が上手く纏まらない。

「貴方が、さっき襲った、男性はどこ」

知るのが恐い。けれどそれは許されない。息も絶え絶えに聞けば、鬼は眉を寄せて不快そうにお腹をさすった。

「あー、あの不味いご飯?なんかさ、女の人庇いながら、君だけでも逃げてくれぇ〜って泣きながら言ってて気持ち悪かったから、一口味見した後、殺しっちゃたよ?おねえちゃん達がくるちょっと前にね」

やめて楽しそうに喋らないで。自分が犯してしまった罪に、胸が張り裂けてしまいそうなの。

「ねぇ、そんな話しより聞いてよ!おねぇちゃんに逃げられたあの後はね、赤ちゃん抱えた女の人と、その赤ちゃん食べたんだ〜。この二人は本当においしかった!」

その後も自分が食べた人間を美味しい、マズイで評価しているのだが、その数は、…20人をゆうに超えている。

「やっぱりね、男はまずい!女の人の方が柔らかくてすき!あ!中でも美味しかったのはね鬼殺隊の二人かな?」

どんどん明るみになる真実に、心が追い付かない。心臓が痛い。呼吸ってどうすればできるんだっけ。

「見て、この蝶の髪飾りかわいいでしょ。ちょっとかけちゃってるけど、すっごく気に入って帯につけてるんだ〜。殺した鬼殺隊から貰ったの。よく動いて話す子と静かな子だったな〜」

…私はあの時、鬼を倒せる力があったというのに逃げてしまった。そして鬼はあれから沢山の人を食べた。





私のせいで、……何十人もの方が犠牲になってしまった。




「…ど、どうしよう…。あ、わたしの、私の……っ!」
「あれどうしたの?急に焦っちゃったりして〜。元気出してぇ〜!ちょっと運動してみる?」

鬼は跳躍しながら、回し蹴りをしてきた。注意散漫になっていた私は、攻撃の直前ではっと気付くも、攻撃をもろに受けてしまい、身体は簡単に宙に浮かび地面へと叩きつけられた。

「がっはっつ!」

激しい衝撃と痛みに咳き込むと、どこかの臓器がやられたのか、吐血した。

「えぇ〜〜!!??なんで避けないの?!もうちょっとお話したかったから、元気だして欲しくてちょっと軽く蹴っただけじゃん〜!!。んっ?…………あれ?」

鬼は急に静かになったかと思うと、私に近づいてじっと顔を見つめだした。そして私の口元についた血を指で拭きとると、やけにゆっくりとした動作でペロリと舐めた。その次の瞬間、身体が狂喜に震え、顔は喜色満面に染まる。

「すごい…。すごい、すごい!!すごいよ!!!おねえちゃん稀血だったんだね!」

拍手しながら飛び跳ねている姿は、人間の女の子のようにしか見えない。

「わ〜い!やったね!私って本当に運がいいなぁ!稀血に会えるなんて!」
「まれ、ち…」
「う?稀血なのに、稀血の事しらないの?じゃあ、特別に教えてあげるね!稀なる血って書いて、マレチっていうんだよ。稀血ってのは、私達鬼にとってごちそうな人間の血の事なんだ!稀血の人間を1人食べると、そうだね〜だいたい50人から100人の人間を食べるのと同じくらい強くなれるんだよ。だから、おねえちゃんは鬼にとってご馳走なの!喉から手が出るほど欲しい貴重な存在!」
「私が、稀血…」
「そう!おえねちゃんは稀血なんだよ!本当はもっといっぱいお話したかったけど、他の鬼に食べられちゃう前に、今すぐ欠片も残さずに食べてあげるね!おねぇーちゃん!」

鬼が大きく口を開けて牙を光らせた瞬間、脳内に【コエ】が響いた。


《シンジツヲ、オシエテアゲル》


あの【コエ】だ。そう思って瞬きをした瞬間、世界は様変わりしていた。私はいつのまにか、一面黒い彼岸花だらけの空間に座っていた。





関連話 109110


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