142:ヒトツニ
左顔の肌は黒く染まっているけど、自分の顔を見間違えるはずはない。それに…同じなのは、顔だけとは到底思えなかった。鏡に映る自分自身と向き合っているような、自身の立体映像を見た時のような……既視感。
そして私の憶測は、次の人影の言葉で、正しかったと証明されてしまう。
「ワタシハ、コノサキノミライヲ、アユンダ、アナタジシン」
人影は左手で私の右頬に触れ、微笑む。
「ワタシハ、アナタ。アナタハ、ワタシ」
人影は自身の事を、未来の私だと言った。
それは紛れ名もない事実なのだろう。けれど…、目の前の人影が私自身だと言うのなら、なぜ左半分が黒く染まり鬼のような姿をしているのか。この先にどんな未来が待ち受けているのか。なぜここ(過去)にいるのか。炭治郎君と禰豆子ちゃんはどうなったのか。今まで姿を現さずにコエだけだったのはなぜか。桑島さんに話すなと言ったのは意味があることだったのか。この黒い彼岸花だらけの空間は一体何だと言うのか。
一度に疑問が生じて、何から話せばいいの分からなくなり、口を開閉しながら言い淀めば、人影はゆっくりと頷いた。
「ダイジョウブ。ゼンブ、オシエテアゲル」
未来のワタシは、私の右頬を何度も撫でながら、ワタシを信じて、と言って、穏やかな口調で語り出した。
ワタシはね、失敗してしまって、悲しい結末を辿ってしまったの。皆が死んでしまう悲惨な未来…、私達の知る言葉で言うならバットエンドね。だけど、その過程で、過去をやり直せる力を手に入れた。私はその力を使って、色んな過去を渡り歩き、そして色んな分岐点の世界を見てきた。だから、あなたがあの時ちゃんと誤解を解いていれば、本当にあの鬼は竈門家に来なかった。皆もあなたも死ぬことなく、今も幸せの中にいた。それにあなた、……ううん。悲しい事に私達は疫病神でしかなかった。だって、私が竈門家の皆に拾われなかったら、そもそも竈門家の皆は鬼に関わることはなかった。私という存在が、竈門家を不幸に陥れた。あなたなら、わかるでしょ。ワタシが言っている事が真実だって。
ずっとあなたを見てきたけど、あなたは、間違えてばかりだった…。今まで見た世界の中でも最悪の世界軸と言える。
あなたは、死ぬのが恐いから、殺す勇気がないからと逃げて、花子ちゃんに似た鬼を殺さなかった。
「………私は、逃げた…ました。そして、沢山の人の命を奪うきっかけを作ってしまった…。竈門家の皆の時のように」
そう。あなたが、鬼の花子ちゃんを殺していれば、20人以上の人が未来を奪われずにすんだ。新たな被害を生む事もなかった。本当はあの時気付いたんでしょ?鬼の花子ちゃんが食べた鬼殺隊って、過去にあった事がある人達だって。そして、しのぶちゃんが鬼殺隊だってことも。だって、あの蝶の髪飾りしのぶちゃんと色違いだったもんね…。あぁ…。しのぶちゃんの家族、殺されちゃったね…。本来なら、あの子達も、今もどこかで生きていたのに…。だからワタシはあの時、ちゃんとコエをかけたのよ?
(ミンナノタメニ、フクシュウノチカラヲツケルト、キメタンジャナイノ?)
(ソウ。カクレチャダメ。イマスグシニナサイ。ソシテ、アノオニヲコロシテ)
って。
…………ほら思い出したでしょ。みんな可哀想だね。……可哀想、ほんとうに可哀想。竈門家の皆も、鬼の花子ちゃんに殺された人達も。あなたが、ずっと最悪の選択肢を選び続けたから、ずっと間違えていたから。あなたがきっかけを作ったから。
「シンジャッタ」
「全部のきっかけは………私」
自分の罪だと自覚して認めた瞬間、抑え込んでいた激情と後悔が崩壊し、その場に泣き崩れた。声を上げて泣く私の背中を、未来のワタシが優しく撫でた。
「………私がいけなかった。最初の勘違いの違和感に気付けてたら、竈門家の皆が死なない未来があったのに!鬼の花子ちゃんから逃げずに立ち向かって倒していれば、沢山の人が死なずに済んだのに!ごめんなさい…ごめんなさい…!!」
「キツイコトバカリ、イッテ、ゴメンネ」
「…どうしよう!どうしよう!私どうしたらいいの…!私は、取返しのつかない事をしてしまったっ!!」
「デモ、モウダイジョウブダヨ。ワタシガイッショニ、イテ、アゲル。ショクザイヲ、シヨウ」
未来のワタシの言葉が、私を支配した。
「どう贖罪をしたらいいの…」
「ワタシハ、ミライヲ、シッパイシタ。ダカラ、アナタニハ、モウマチガッテホシクナイノ」
「おねがい……助けて…」
「タスケテアゲル。ダカラ、コレカラハ、マチガエナイヨウニ、ワタシガ、タダシイセンタクヲ、オシエテアゲル」
未来のワタシに幼子のように泣きじゃくりながら、教えてください、と縋りつくと、未来のワタシは衝撃の発言をした。
今、炭治郎君と禰豆子ちゃんは、鬼に追われて逃げ隠れている。皆を殺した鬼や強い鬼が、二人を殺そうと追っている。……と。
二人が殺される想像してしまい、未来のワタシを見上げながら、ヒステリックに叫んだ。
「二人は今どこにいるの?!二人を助けに行かなきゃ!今から行くから場所を教えて!!お願い!!」
「フタリハ、イマハ、アンゼンナバショニイルカラ、アンシンシテ」
「本当?!怪我はしてない?!絶対に大丈夫なの?!」
「エエ。タダ、フタリハ、オニヲ、タオススベヲ、モッテイナイカラ、オニニ、ヒドクオビエテイル」
「あぁ……!やっぱり、怯えてながら暮らしていたんだ…!私はどうすればいいの?!もう二度と間違えれない!」
次も間違えてしまえば、今度は炭治郎君と禰豆子ちゃんが死んでしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。
その想いを未来のワタシにぶつければ、未来のワタシは内緒話をするように私の耳元で囁いた。
とても簡単な事。あなたが、あいつを含めた全ての鬼を全滅させればいいの。あなたの持つ、死んで相手の能力を奪う黒い彼岸花の力を使って。死んで、死んで、沢山死んで、沢山奪って、沢山殺して、沢山強くなって、二人を助けようね。
「沢山…死ぬことが、正しい選択」
本当に一瞬だけ、死ぬことへの恐怖が顔に出してしまった。それを未来のワタシは見逃さなかった。
「アナタノセイデ、カゾクガシンダトシッタラ、タンジロウクントネズコチャンハ、ドウオモウカナ?」
「……っ!」
「アナタサエイナケレバ、ッテオコルカナ?キョゼツサレルカナ?…デモ、フタリハヤサシイカラ、ユルシテクレルカモネ」
未来のワタシは、私と真正面から向き合い、悲し気にけれど真剣な表情で話した。
死ぬのが嫌なんて言える立場じゃないでしょ。
この黒い彼岸花の力は、あなた自身が望んだから得たものよ。雷の呼吸は結局取得できなかったのでしょ?全集中の呼吸が使えるからって、これから出てくる強い鬼には、対抗できない、勝てない。
強くなって鬼を倒さないと、二人の身は、どんどん危険にさらされる。
鬼の花子ちゃんに殺された人達も、あなたが死ねば、少しは気持ちが晴れるかもしれないよ。だってあなたのせいで死んだんだから。同じ目に合って欲しいと思うでしょ?
逃げちゃだめ。炭治郎君と禰豆子ちゃんの為にも、あたなが死ぬことが結果的に贖罪になるのよ。
これが、炭治郎君と禰豆子ちゃんを救える唯一の方法。
これが、シアワセな未来に進むための、唯一の正しい選択。
………そんなに、泣かないで。きっかけはあなただけど、竈門家の皆を殺したのはあの鬼に変わらないから。ほら、竈門家への恩返しまだだったよね?これからは、恩返しじゃなくて、復讐を兼ねた《贖罪》をしていかなくっちゃね。あなたは、稀血だから、鬼をおびき寄せるのも簡単。ね、いいこともあるでしょ?
「コレカラドウスレバ、イイカ、ワカルデショ?ホラ、コエ、ニダシテ」
「……死んで、奪って、殺します」
「ソレガ、タダシイセンタク。サァ、ワタシトイッショニ、オニノハナコチャンノトコロニモドロウ」
未来のワタシの言葉に合わせるように、黒い彼岸花だけの空間が蜃気楼のように揺れ始めた。現実の世界に戻る予兆だと思った、その瞬間。五つの小さな光が、私と未来のワタシの間に現れた。
光は小さく、この暗い世界に比べれば砂漠に1滴の水を垂らしたような心許なさしかない。けれど、一つ一つの光に太陽のようあたたかさを感じた。
未来のワタシは忌々し気に眉を寄せ、光を睨みつける。
「マタ、アノ、ハナノチカラ。ジャマヲスルノナラ……」
一つの小さな光が、未来のワタシに近づき、そして形を変えた。小さな丸い形は、細長く変形して、白く光かる人の姿のように変形した。
「っ!!……エ…、なんデ、どシウしてここにいるの」
何を見たのか未来のワタシは、驚き、泣きそうに顔を歪めた。
その直後、黒い彼岸花だらけの空間は、すっと消え、先程までいた夜の森に戻っていた。
「あーーー!!おねえちゃんいた!!急に消えたからびっくりしたよ!!」
遠くにいた鬼が私に気付き、瞬きの間に目の前へと移動してきた。
「どういこと?せっかくの稀血が逃げたかと思って、本当に焦ったんだよ?おねえちゃんは逃げるのが上手なんだね〜」
「もう逃げない…」
心の中で、未来のワタシを呼びかけるも反応はない。
「う??どうしたの?目が死んじゃってるよ?ま、これから死ぬんだけどね」
ずっと一緒に居てくれると言ったのに、どこに消えたのか。けれど、正しい選択は教えてもらったから、後は、それを実行するだけ。
「最後に聞いていい?今まで、何人食べたの…」
「うーん……、28人かな〜。」
「そんなに食べたんだ……」
「うん!!おねえちゃんで29人目!!」
やるべきことは、ただ一つ。
「…私を殺して」