Obscure





※漫画「蛍火の杜へ」のパロディ。なんでも許せる方のみどうぞ。






これは、僕が夏の日に出会ったひとの話。
彼に出会ったのは、僕が7歳の頃でした。

母に連れられて行った祖母の家でのこと。
遠くにあるからと今まで連れて行ってもらえなかった祖母の家。そこは小さな集落からなる自然に囲まれた場所だった。

都会暮らしにすっかり染まっていた僕には、木と、草と、山と、とにかく自然が溢れた場所というのは物珍しく、祖母への挨拶もそこそこに家を飛び出したのを覚えている。
暑い夏。耳元で鳴いているかのような蝉の声。鮮やかな鳥が空を飛び、風が吹くとそばの草木が笑うように互いをこすりあわせて揺れた。

見たことがないもので、いっぱいだった。

きらきらと輝く太陽のように、僕の目も光っていたに違いない。
そうして僕は、目先のものに夢中で油断したのだ。人がいない。あるのは自然だけ。都会のように警戒する必要などないのだと、どこかで思っていたのかもしれない。

「あれ……ここ、どこ……?」

気がつくと辺り一面、自分の背丈ほどもある草むらの中に僕は立っていて、一体どの方向から自分が来たのかさえ、さっぱりわからなくなっていた。
見回しても同じような風景が続き、意識した途端に不安感が募る。

じわりと溢れそうになった涙を袖で拭い、キッと顔を上げた。精一杯の強がり。でも、男としてここでべそべそと泣くわけにはいかなかった。
とにかく歩けばどこかへたどり着くはずだ。幸い、運動は得意だし夕暮れまでには戻れる。そう自分を奮い立たせて歩き始めたのだけれど、出発した場所の目印として残した草の結び目に3度巡り会った瞬間、こらえていた涙が溢れ出した。

不安。恐怖。
膝を抱えてわんわん泣きはじめた僕の前に、彼は姿を現したのだ。

「おい、お前」

どこかぶっきらぼうな声。最初は幻聴かと思ったけれど、「おい」と次に聞こえた音に僕は勢いよく顔を上げた。
遠くに聞こえる蝉の声、木々を撫でる風。
いくつかそびえる木のそばに、人影が見えた。

「……何を泣いているんだ」

目を見開く。それは僕がずっと探し求めていた、

「ひ、人だ!」

人間。泣きながら助けを求めて抱きつこうとしたけれど、なんとその人は僕をひらりと華麗に避けて、僕は無様に草木に顔をつっこんだ。
避けられるとは思っていなかった僕は、うろんな眼差しで彼を見たんだと思う。彼は素直に「すまない」と謝罪を口にしながら、不思議なことを言った。

「お前、人間の子どもだろう? 俺は人間に触れられると消えてしまうんだ」
「――? 人間に、って……お兄さんは人間じゃないの?」
「この森に住むものだ」

思えば、不思議な仮面をつけた人だった。なぜ素顔じゃないのか、なぜ顔を隠しているのか、なぜ――。
そんな疑問が表情に出ていたのだろう。へんてこな仮面に触れながら、彼は口を開いた。

「お前、この森に来るのは初めてだろう? それにこの辺の人間じゃないな?」

こくんと頷くと、「どうしてって顔だな」と言う。それはまるで、僕の心を読みとっているような回答で、ドキリとした。

「分かって当たり前だ。この森は別名『山神の森』と言われていて、妖怪たちの住む森だ。地元の人間は滅多に立ち入らない」
「……じゃあ、お兄さんは、妖怪なの? でも消えるってどういうこと?」

純粋な好奇心だった。彼に触れようと伸ばした手はさっと避けられてしまう。反射神経に自信のあった僕は半ばムキになって何度も触れようと挑戦したが、終いには手近にあった木の棒で頭を叩かれ、僕はその場に倒れた。

「ひ、ひどい……こんな幼い子を木の棒で殴るだなんて……本当に人間じゃないんだね」

痛む頭を抱えて訴えると、嘆息された。

「ひどいのはどっちだ、恐ろしい奴だな。いいか、『消える』というのは、消滅するということだ。山神様が俺にそういう術をかけている。俺はお前のような人間に触れたら最後、それでおしまいなんだ」

消滅。それでおしまい。じゃあ僕が触ってしまったら、お兄さんは消滅してしまうということ? 僕はなんてことをしてしまったのだろう。

「ご、ごめんなさい……」
「……ほら、手は繋げないからそっち側を持つんだ。迷子なんだろ、森の外まで連れてってやる」

仮面で隠されてしまっていて表情は見えない。けれど差し出された木の棒が、それを物語っていた。

ああ、彼は優しいひとなんだ。

感極まった僕は、意識せずに抱きつこうとして、やっぱり避けられた。


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