Obscure







「本当に人の祭りと変わらないんだね」
「ああ、たまに人も迷い込んでくることはあるがな」

人里離れた森の中だから、赤い提灯がぶら下がっていたり多少の花火が打ち上げられたりしたところで、わざわざ見に来る人など少ないのだろう。
実際、ずっと森に通っている僕でさえ初めて知ったのだ。
普段は隠れている妖怪たちも、このときばかりは出てきて祭りを楽しんでいるようだった。
太鼓や祭り囃子の音、少し沈んでいた気持ちが浮上してくる。

「あ! 蛍だ……」
「ああ、キラはまだ見たことがなかったな。こうして夜になると水辺には蛍が見られるんだ」

まるでこの森のことを余すことなく教えてくれようとしているようで、うれしさと切なさが募った。
それから移動して、しばらく二人で祭りを楽しんだ。

「あの金魚ってどうなってるのかな」

お祭りでは定番の、金魚すくいの屋台を通り過ぎてから思ったことを呟く。まさか本物じゃないよね。
他の妖怪たちに聞こえないよう、こっそりとアスランに聞くと、「本物だよ」と返ってきた。

「この祭りのために妖怪たちが育てて……」

言葉が途中で止まったので、アスランの方を見ると、彼は子どもの姿をした妖怪を助け起こしていた。どうやら転んだらしい。幸い、怪我はなかったようですぐに起き上がった子を、僕は「気をつけてね」と見送り、振り返ったところで目を見開く。

「アス……ラン?」

ぼんやりと、彼が青白く光っていた。
ゆらゆらと揺れる彼という存在。

――たまに人も迷い込んでくることはあるがな。

「! 今の子、人間!?」

指先から溶けるように不確かになっていく彼。
呆然と自身の手のひらを見ていたアスランが、突如として顔を上げる。そして――……。

「来い、キラ! やっとお前に触れられる」

力強い声と、見たこともない笑顔だった。

ああ、きみはこんな風に笑うことができたんだね。
広げられた手が、あの日と重なる。約束は破られた。

僕は仮面を外して、言われるがまま、緩やかに発光する彼に抱きついた。
不確かな存在だけれど、しっかりと手のひらに感じる彼のこと。
掠めるように触れた唇は、とても冷たかった。


――好きだよ。


うん、僕も。僕も、好きなんだ、アスラン。
やがて輪郭がぼやけて、自身の指先が彼の存在を侵していく。

嫌だ、嫌だ、消えないでよ。おいていかないでよ。
その願いも空しく、僕はいつの間にか彼の着ていた浴衣を抱きしめていた。傍らには僕にくれた、いつも彼が身につけていた仮面。

僕は、それをそっと拾って見つめた。

いくつもの年月が刻まれて、すっかり古びてしまったそれ。僕と過ごしたのはたったの数年だったけれど、いろんなことがあった。

ねぇ、アスランは僕といて、うれしかったのかな。楽しかったのかな。
しばらく呆然と立ちすくんでいた僕を、がさがさと草木をかき分けるような音が引き戻した。

『キラ。ありがとう。私たちはずっとアスランと一緒にいたかったけど、アスランはやっと、人に触れたいと思ったんだね。やっと人に……――抱きしめてもらえたんだね』

何度か会ったことのある妖怪がそう言った。僕は目を見開いて妖怪の言葉に耳を傾ける。胸に迫るこの想いを、言葉にする術がなかった。
手を振って別れを告げてから、手の中の仮面を抱く。

どうしようもなく、涙がとまらなかった。







緑深いここは、山神の森。
しばらくはきっと、夏を心待ちにはできない。
胸が痛んで、涙が溢れて、けれど。
ふわりと蛍が僕のそばを通り過ぎていく。

手に残る感触も、
掠めるように触れた唇も、
夏の日の思い出も、
僕とともに生きてゆく。

だからアスラン、また会おうね。



END


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