Obscure








次の夏も、その次の夏も。夏が来るたびに僕は森へと通った。

「アスラン、今年も来たよ」
「その格好……」
「えへへ、中学生になったんだ」

彼に見せたくて、制服を着て森へ行った。
その頃には、彼が人よりずっと成長が遅いということを理解し始めていた。出会った頃と変わらないアスラン。変わっていく僕。

少しずつ彼に近づいていく目線。口にはしなかったけれど、そのうち僕は彼の背を追い抜くのかもしれない。背だけではない、年齢だって。
心のどこかで、アスランが本当は人間なのではないかと、淡い期待を持っていたのだけれど夏が終わって、秋がやってきて、冬が来る。

「おーい、キラ!」
「ジョルディ、どうしたの?」
「お前にお客さん。今年に入って何人目だよ……モテモテで羨ましいな! お前がこういうのに興味ないっていうのはわかるけどよ、試しに誰かと付き合ってみたらどうだ?」

友人の言葉に胸が痛む。
もうひとつ、わかったことがあった。
僕はいつまでも子どものままではいられなくて。
中学に入ってから、何人もの女の子に告白をされた。
みんな可愛くて、正直言うと断るのは心苦しかった。

「……うん、そうだね」

でも僕の心を占めるのは、たった一人なんだ。
深い緑色に囲まれたあの森に住む彼。
彼のことを考えるだけで、胸が苦しくなった。
1年の中でたったの30日程度しか会えない、

――彼なんだ。

雪がひらひらと舞う。今、きみは何をしてる?
いつもの階段のところに座っているのかな。
冬の森は、寒くないのかな。
風邪とかひかないのかな。夏のきみしか知らない僕だから、想像しかできない。

アスランに、会いたい。
きみに、触れたいよ。



「それが新しい制服か? あっという間なんだな」

僕が見せたのは入学式に母さんに撮ってもらった写真。あっという間の三年が過ぎ、僕は高校生になっていた。
学校での話しをしながら、僕はアスランの後に続く。その手にはバケツと釣竿。今日は僕たちの間で恒例となった週に一度の釣りをする日だった。

川に点在する石を越えて、釣の拠点にしている大きな岩場へと飛び移る。
そこに座ってしばらくぼんやりと糸を垂らしていると、不意にアスランが口を開いた。

「最近はもう飛びついてきたりしないんだな」
「当たり前じゃん、あれだけひどい目にあえばいくらなんでも学習するよ」

言いながら笑ったはいいけれど、うまく笑えている自信がなかった。
ここ数年、アスランに会うと少しだけ会話がぎこちなくなる瞬間があった。昔みたいに楽しく話しをしたいだけなのに、どうしてこうなっちゃうんだろう。
僕は話題を変えるように努めて明るく振舞った。

「楽しみだな。高校卒業したら、こっちに引っ越してきて仕事を探すつもりなんだ。そしたらきっと、もっとずっと一緒にいられるね。夏だけじゃない。春も、秋も、冬も――ね、きっと楽しい」
「キラ……俺のことを話すよ」

僕は目を見開き、釣り竿をそっと置くと、ひとつ高い石の上に座る彼を見た。

「俺は妖怪ではない。けれど、もはや人でもない。遠い昔、俺は人の子だったらしいけれど、赤ん坊の頃この森に捨てられたんだ」

仮面を外しているのに、遠くを見つめていた彼の顔はよく見えなくて。訥々と語られる内容に耳を傾けた。

「本来、その時に命を終えていたはずなんだけれど、山神様が憐れんで、妖術で生かしてくれている」

どこかで、山神様が彼のことを見ているのだろうか。不自然な突風が僕らを撫でていく。それをやり過ごした彼は、すっと目を閉じて告げた。

「それに甘えていつまでも成仏しない、幽霊みたいなものなんだ」

しん、と静まりかえった森。いつもはうるさいくらいに鳴いている蝉の声も聞こえなかった。
どのくらいそうしていたのか、その静寂を打ち破ったのはアスラン。

「キラ、忘れてしまっていいんだ……妖術で保たれている体はとても脆い」

思い出したように、優しい風が頬に触れる。

「本物の人の肌で触れると、術が解けて消えてしまう。そんなあやふやなものに、きみがいつまでも――」
「触れると消えるって、まるで雪みたいだね」
「ゆ、き……?」
「あれ、知ってるよね? こっちでも降るんだもん。僕ね、アスラン。夏以外の日でも、ずっときみのこと考えていたよ」

ふとした瞬間、何の変哲もない日常。
雨が降り出した時、空気が澄んで珍しく星空が見えた時、うろこ状の雲が茜色に染まった時、そして雪が降った時。

空を見上げては同じ風景を見ているんだろうか、と。
いつもきみのことを考えているんだ。

だからもう、きみのことを忘れるなんて無理なんだ。

「ねえ、アスラン。忘れないでね、僕のこと」

時間がいつか、僕たちを分かつだろう。でも、それでも、僕はその時まで、一緒にいたいんだ。
だから、忘れないで、アスラン。


忘れないでね、アスラン。



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