Obscure








「――……お前は、怖がらないのだな」
「何を?」

背の高い彼を見上げて、首を傾げた。だけどその問いには答えてもらえず、しばらくして森に入る時に見えた大きな鳥居の前にたどり着いた。

「じゃあな」
「お兄さんはずっとここにいるの? また来れば会える?」
「ここは、山神様と妖怪たちの住む森。『入れば心を惑わされ帰れなくなる、行ってはいけない』と言われているんだ」

来るな、と言われているのだろう。
けれど僕は戻ってきた。そして何より、僕はこの不思議なお兄さんに興味を持った。もっと知りたい、もっと話をしてみたい。

「僕、キラ・ヤマトって言うんだ。お兄さんは?」

彼との間にしばしの沈黙が落ちた。それを木立がざわめいて乱す。何かを警告するかのような風だと思った。
そして不意に思い至る。彼と目を合わせられているつもりで、そうではなかったということに。
仮面特有のつるりとした顔。当然、目も動かないし口も動かない。ああ、彼は優しいひとだけれども、人間ではないのだ。

「……と、とにかく、明日お礼を持ってまたここに来るね!」

怖くはなかったけれど、ここから去れと言われているような気がして、僕は言い逃げるように「さよなら」と走り出した。
その背に澄んだ声が届く。

「『アスラン』だ」

驚愕に立ち止まり急いで振り返るも、そこに彼の姿はもうなく。
ただただ、熱を含んだ風が吹いているだけだった。

「アスラン……」

それは、また来てもいいということなのだろうか。



翌日、僕は母さんにお昼ごはんとお菓子を作ってもらって、あの森へと遊びに行った。
昨日と変わらない鬱蒼とした森なのに、怖いだけではないと知った僕は好奇心の方が強くて、きょろきょろと彼の姿を探す。すると、鳥居の影から声が聞こえた。

「本当にまた来るとは思わなかった」

少しあきれを含んだそれは紛れもなくアスランのもので、うれしくなった僕は姿を見せた彼に飛びついた。
いい音を立てて、木の棒で頭を殴られた僕はその場にうずくまる。

「お前な……いい加減、学習してくれないか」
「だって、うれしくてつい……ごめんなさい」

頭を押さえたまま顔を上げると、そこには昨日と変わらない仮面をつけたアスランがいた。古びた石畳の階段に座った彼は、足を組んで僕を見下ろす。

「……ここは暑い。涼しいところへ行こうか」
「え?」
「大丈夫だよ、ちゃんとまた送るから」

その言葉で、森の中を案内してくれるのだと理解した僕は、今度は表情でうれしさを表した。
それからアスランの後に続いて、森の奥へと進む。
一人だと心細かった道も、二人でなら違う景色に見えた。
驚くことに、森の中には草木だけでなく川や池もあって、魚が跳ねた時なんかはうれしくて歓声をあげた。それに気がついたアスランが口を開く。

「魚が珍しいか?」
「そういうわけじゃないけど、僕が住んでいる場所ではこうして見られないから」

実は動く魚を見たのは初めてだった。水族館には行ったことがないし、映像やすでに食べ物としてお店に並んでいる姿なら見たことがあるけれど。

「なら今度は釣りを教えてやる」
「えっ、いいの?」
「ああ」

今度。約束してしまった。うれしくて頬がゆるむ。
そして不意に、背を向けたアスランを見て思うことがあった。

今、彼はどんな顔をしているのだろう。
彼について知っていることといえば、アスランという名前と、この森に住んでいるということと、僕、みたいな人間が触れると彼は消えてしまうということ。
彼の存在について、詳しく知りたいとは不思議と思わなかった。
だけど、僕と同じような表情をしていたらいいなと思った。

「ねえ、アスランは――……」
『アスラン、それ人間の子どもか?』

僕の問いかけは、背後から聞こえてきた声にかき消された。しわがれたひどく耳障りな声におそるおそる振り返ると、立ち並んだ樹木の間に人ならざるもの―妖怪がこちらを見ていた。
僕よりもずっと大きな姿形に大きな目。せわしなく動き回る小さな眼球と大きな口。

『食べてもいいか?』
「ダメだよ、友達なんだ」

アスランがきっぱりと妖怪に告げる。

『……そうか。人の子よ、アスランに触れてくれるなよ。もしも触れたときは、わしがお前を食って』

だが、妖怪の言葉は最後まで言われることはなかった。なぜならアスランが突然くしゃみをして、それに驚いた妖怪がどろんと大きな音を立てて白狐に変化してしまったから。

「わ!」

音にびっくりした僕は後ずさる、と木の根っこに足をひっかけて尻餅をついた。

「あれは化けて人をおどかしては楽しんでいる妖怪だ。根は臆病でいい奴なんだがな……逃げたな」
「すごーい! 本物の妖怪なんて初めて見た!」
「お前、俺のこと何だと思っているんだ」

差し出された手――の代わりの木の棒の端を掴んだ僕は、問われた意味が咄嗟に理解できず「え?」と問い返した。

「……まあいい。そういえばさっき何か言いかけなかったか?」
「あ、うん。アスランはなんでそんなお面つけているのかなーって。顔がないとか?」

背の低さを利用して、彼を下からのぞき込む。でも、顔を覆った仮面は口元さえも見えない。藍色の髪色をしているということしかわからなかった。

「たいした理由ではない。俺のことはいいから、キラの話を聞かせてくれないか」
「興味ある?」
「あるから来たんだ」


――本当はね、わかっていたんだ。

あの日、アスランが口にした問いかけの意味を。「怖がらないのだな」って僕に聞いたよね。照れくさくて言えなかったけれど、顔は見えなくても。言葉や態度に出してくれるから、僕はアスランのこと、ちっとも怖くなかったんだよ。




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