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E Lucy Locket lost her pocket,
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「政宗!」
「うるせぇ」
足音を響かせながら現れた成実を横蹴りにした。
「なんだよ!」
「何だよ?」
脇腹を押さえてしゃがみ込み、恨みがましい目で見上げてくる成実に先を促すとあっさり機嫌を直して話し始めた。
「これ今そこで見つけた!」
「…なんだこれ…」
どう見てもただの巾着だった。
そんなものを自慢気に差し出される意味が分からない。
「貧相な…」
「政宗のじゃねぇの?なんだ!」
「huhm?」
「中身食っちゃったぜ!」
道理で団子なんか食ってる訳だ。つーかお前はこの財布がオレのものだった場合、中身を紛失しておいてどうなると思ってたんだ。
思いたくはないが馬鹿なのか?
「政宗にしてはみみっちいなって思ったんだよな!」
五本しか買えなかったぜー、と空の袋を置いたまま意気揚々と去っていく。
とりあえず拾ったという場所まで引き返してみれば都合良く床に這っている人間を見つけた。
「Hey,探し物か…っ」
声は続かなかった。床に這った人間も警戒した猫のように固まっていた。
「…あ、いや…あの……あっ!」
「……アンタのか?」
さまよっていた目が巾着で止まる。投げて渡すと飛び付いた。本当に猫みたいだとおかしくなって笑っている間に、男は慌てて中身を確かめて絶叫する。
「無い!」
「Ah、成実が団子買ってて」
「全財産が!」
「全!?」
団子五本が!?
思わず声を上げると目を光らせて睨まれた。
「給料ってものはね」
あまりの迫力に目が光ってると思ったがよく見れば涙目で潤んでるだけだった。
「どんだけ賃上げされたって払われないと何にもならないんだよ!」
血を吐くような叫びとはこういうことかと思ったがそんな内容を叫ぶものじゃないだろうとも思った。
「…中身を取り戻す方法が無くもないぜ」
「えっ?」
床に手をついたまま期待した目で見上げてくる忍びの前に膝をついてkissしてやる。
「…………」
「手っ取り早く稼げばいい、だろ?」
惚けた顔を前に、どうするかと問いながら横抱きにしてすぐ側の室に入った。畳しか無いが板間よりはマシだろうと押し倒す。
「 さ い て ー だッ!!」
そう言いながら逃げもしない、忍びとの関係なんて損得感情で充分だ。
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Lucy Locket lost her pocket,
Kitty Fisher found it;
Not a penny was there in it,
Only ribbon round it.
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マザーグース(原文)→
春待月
この季節には珍しい柔らかい陽射しが部屋を満たしていた。
時折部屋に吹き込む風は冷たいが、触れ合う体温で紛れてしまう程度だ。
佐助は両足を投げ出して座って、自分の腿の上に頭を載せ寛いでいる人間を見下ろす。その相手の前髪を摘んで梳くと、煩わしそうに見上げてきた。
「何だ?」
「…俺はいつまでこのままでいればいいの」
問うでもなく問いかけると、一度ふぁ、と欠伸をしてからその男は一つしかない眼を眇めた。
「さぁな」
「眠いなら閨で寝ればいいと思う」
「あんたの相手がいねぇと寂しいだろ?」
「いや。帰るから」
言ってる間、髪を指に絡めて遊んでいた手を取って、政宗はそのまま口許に引き寄せる。
「折角来たんだ。ゆっくりしていけよ」
「嫌です」
「遠慮すんな」
「あんたはしろよ」
人の手舐めてんじゃねぇ、と佐助は空いた方の手で政宗の頬を軽く叩く。
政宗は顔を顰めはするものの、手を放す気も頭を退ける気も無いらしい。やれやれ、と溜息を吐きながら、佐助はふと触れた政宗の首筋を指で撫でた。
「…何だ?」
怪訝な視線を向ける政宗に、佐助は小さく笑う。
「逆鱗って知ってる?」
「huhn?…怒りに触れるって意味の…あれか?」
「そ。龍の顎の下に逆様に生えてるらしいよ。触ると龍の怒りに触れて殺されるとか」
「…あるか?」
説明の間に佐助の思惑に気がついた政宗は口の端をつり上げた。
「いいや。どうやらこの竜には無いみたいだねー」
からかうように佐助が言うと、政宗は声を出さずに笑い、喉が呼応して動いた。
触れている佐助の指にその振動が伝わる。
今、指に力を込めれば。両手で捕えてしまえば──。
「やるか?」
声に思考を断ち切られて、見れば金の光を湛えたような眼が佐助を射貫いていた。その唇には悠然と笑みが刻まれている。
喉から頬へと指を滑らせて、佐助は身を屈めて政宗の鼻先で囁いた。
「何を?」
政宗は答えずに、ふ、と笑って、小さく囁き返す。
「come on」
堪えきれず笑いを零しながら、佐助は促されるまま唇を落とした。
──大人しく殺られてはくれないくせに。
武田主従共
「毎日精が出るねぇ、旦那」
広い庭で一人、槍を振り回す幸村に佐助が歩み寄って声を掛けた。
「どうした佐助?何か用か?」
「いーや。旦那も一つどうだい?」
手に団子の串を持って佐助が言うと、幸村は槍を地に刺して手を伸ばした。
「む、これは…」
美味そうな、と続く言葉を飲み込んで、幸村は緩んだ頬を引き締めて佐助を見遣る。
「…お前がここに居るということは、お館様には誰がついておるのだ?」
「誰も?」
「なっ…何を呑気に団子など食っておるのだっ」
「旦那に言われちゃった」
真っ当な言葉に佐助は思わず顔を崩して笑った。
「何を笑うか佐助!お館様をひとりにするなど…っ」
「そのお館様がいいって言ったからねぇ…」
「だからと言って本当にお一人にする奴があるか!」
「…旦那がまともな事言ってる…!」
幸村が言えば言う程佐助は笑い、一頻り笑った後、団子の一つを幸村に差し出した。
「この屋敷の中でどんな危険があるって言うんだい?」
佐助の言葉と目の前の団子に、幸村は思わず言葉に詰まる。
「お館様にも一人で休みたい日だってあるでしょ。旦那も休憩ぐらいしなよ」
「む…そうか?」
言って、幸村はゆっくりと息を吸ってから、続けた。
「…なれど!お館様ぁああ!」 →
「食わねば団子に失礼だな」 →
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(* 選択して進んで下さい)
「食わねば団子に失礼だな」
「団子にですかい」
佐助が笑って団子を差し出す。嬉しそうにそれを頬張り、幸村は突然、目を見開いた。
「あ!」
「どうした旦那っ?」
「今日限定で新商品が売り出されていたような気がする!」
買いに行かねば!とあたふたする幸村に佐助は小さく溜息を吐く。
「……どうしてそーゆー事だけ確り覚えてるかな……」
「むぐ?」
口に団子を含んだまま振り返った幸村に、佐助は溜息と一緒に答えた。
「残念ながら売り切れました」
「何故知っておるのだ佐助」
「今食べてる物、何だか分かってます?」
「…あ」
それは今向かおうとしたのと同じ店の団子だった。ならば、佐助が買いに行った時には売り切れていたという事だろう。思って、幸村は首が落ちそうなほど項垂れた。
「いや…そこまで凹まなくても……あのね、たいしょ」
「励んでおるか幸村ぁ!」
佐助の言を遮る様に、信玄が声を張り上げて現れた。
「お館様!」
目を輝かせて顔を上げた幸村に安堵し、佐助は信玄に視線をやって、固まった。
「この幸村、お館様が為努めております!」
「うむ!頼りにしておるぞ、幸村」
「有り難き……お館様、髭が白く染まっておりますが何ゆ」
「幸村ぁぁ!」
「ぉぐふぁ!」
突然殴られ、見事に吹き飛んだ幸村を見上げながら佐助が手拭いを差し出し、受け取った信玄は口を拭う。
「まさか…一人で全部食べちゃったんすか?」
「美味だった故つい…佐助よ、また買」
「無理です一日限定で売り切れたって言いましたよね旦那にも分けてあげて下さいねとも言いましたよね」
「へぶっ」
地に落ちた幸村を見詰めながら佐助は溜息を一つ吐いた。
「大福の事はしっかり覚えてましたからね、俺は逃げますよ」
言い終わらない内に佐助はその場から掻き消えた。
うむむ…と唸り信玄は腕を組んで仁王立つ。視線の先には目を回して地に伏す幸村がいる。
「…幸村!」
「は!」
名を呼ばれ、幸村は反射的に身を起こした。
「儂を殴れ!」
「は!?」
「欲に負けた己が罪じゃ、構わん儂を殴れ!」
「お、おやかたさま?」
「来い幸村!」
「??」
何故かと幸村は説明を求めて首を巡らせるがこういう時役に立つ佐助の姿がいつの間にか無い。
「遠慮はいらぬ!さぁ、来い!」
限定品の大福を一人で平らげてしまった責を解消しようと信玄は言うが、説明はしてないから幸村に伝わるはずもない。
「なれば…失礼仕ります」
けれど幸村に理由など必要では無い。言われたので言われた通りに殴った。
「むッ…!ま、だまだぁ!」
自分で催促しておきながら、何故か信玄は幸村を殴り返す。
「が!ぅ、ぉやかたさま、ぁ!」
そして当然の事のように幸村までが信玄を殴り返した。
「ぐ!幸村ぁ!」
「おやかたさまぁあ!」
「幸村!!」
「おやかたさむぁあ!!」
「本当、意味分かんないんですけど」
屋根の上から殴り合う主従を眺め、佐助は呟く。目の前をたどたどしく飛び去る蝶を眺めながら、ほぅ、と吐息を吐いた。
「春だねぇ」
殴り合う音は、いつまでも響いていた。
0803
「はっぴばあすでー、竜の旦那」
部屋に入った途端、居るはずのない存在に無感動に言われて、政宗は苦り切ったとしか言い様の無い顔をした。
「なんだ、腹立たしい顔しやがって」
「色気が無い」
言って、大きく溜息を吐いて部屋の主は上座ではなく佐助の正面に座った。
「何を求めてるのか理解できない。」
「言い直せ、once more」
「はっぴばあすでー竜の旦あがっ」
途中で鼻を抓まれて佐助の語尾が変になったが政宗は平然として言う。
「名前で言えよ」
「やだよ」
政宗の手を払い退け、鼻を押さえながら答えた佐助を独眼で睨む。
「言えよ」
「嫌だっての」
「いいから」
「何が」
「言え。俺の祝だろうが」
語気が荒くなってきた事に気付き、殴られるかもと思った佐助は諦めて大きく溜息を吐いた。
「………はっぴばあすでー………まさむね」
「それは湯呑みだ、こっち見ろ猿」
俯いて部屋の隅に置かれていた湯呑みを横目で見ながら言った佐助の肩を掴んで上向かせると、うんざりした視線で政宗を見た。
「猿言うな左目」
「なんだと?」
「なんだよ」
互いに険悪な空気を醸し出しながら睨み合うが、あっさりと佐助が先に引いて溜息を吐いた。
「何をしろって?」
「だから名前呼べって」
呆れた声で言う政宗に、佐助は肩を竦めて困ったように笑う。
「人には出来る事と出来ない事があるから」
「伊達に降れ」
「耳聞こえてますかー?」
「真田幸村の首取って来い」
「おうち帰る」
言って立ち上がった佐助の腕を掴み、政宗は力任せに引き寄せる。
後ろ向きに引き倒されて政宗の腕に抱えられる形になったが、佐助は抗いもせず息を吐いた。
「だから、出来る範囲で」
「てめぇに能が無ぇんだよ」
「だってさー」
身を起こしながら言う佐助を、政宗は逃がすまいとその首に腕を回して引き寄せる。
「敵の大将の祝事を喜べってのが土台無理なんだよね」
「狭量な」
詰らなそうに言い、佐助の肩に顔を埋めて囁いた。
「で、何をしてくれるんだ?」
「させてあげようって話でしょ」
然も有り難がるのが当然のように偉そうに佐助が言い、政宗は口の端を吊り上げた。佐助と額を擦り合わせ唇が触れない距離で囁く。
「普段と何が違うんだよ」
「…心意気?」
小首を傾げながら言う佐助に政宗は、下らねぇ、と嘆息した。
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