「食わねば団子に失礼だな」「団子にですかい」
佐助が笑って団子を差し出す。嬉しそうにそれを頬張り、幸村は突然、目を見開いた。
「あ!」
「どうした旦那っ?」
「今日限定で新商品が売り出されていたような気がする!」
買いに行かねば!とあたふたする幸村に佐助は小さく溜息を吐く。
「……どうしてそーゆー事だけ確り覚えてるかな……」
「むぐ?」
口に団子を含んだまま振り返った幸村に、佐助は溜息と一緒に答えた。
「残念ながら売り切れました」
「何故知っておるのだ佐助」
「今食べてる物、何だか分かってます?」
「…あ」
それは今向かおうとしたのと同じ店の団子だった。ならば、佐助が買いに行った時には売り切れていたという事だろう。思って、幸村は首が落ちそうなほど項垂れた。
「いや…そこまで凹まなくても……あのね、たいしょ」
「励んでおるか幸村ぁ!」
佐助の言を遮る様に、信玄が声を張り上げて現れた。
「お館様!」
目を輝かせて顔を上げた幸村に安堵し、佐助は信玄に視線をやって、固まった。
「この幸村、お館様が為努めております!」
「うむ!頼りにしておるぞ、幸村」
「有り難き……お館様、髭が白く染まっておりますが何ゆ」
「幸村ぁぁ!」
「ぉぐふぁ!」
突然殴られ、見事に吹き飛んだ幸村を見上げながら佐助が手拭いを差し出し、受け取った信玄は口を拭う。
「まさか…一人で全部食べちゃったんすか?」
「美味だった故つい…佐助よ、また買」
「無理です一日限定で売り切れたって言いましたよね旦那にも分けてあげて下さいねとも言いましたよね」
「へぶっ」
地に落ちた幸村を見詰めながら佐助は溜息を一つ吐いた。
「大福の事はしっかり覚えてましたからね、俺は逃げますよ」
言い終わらない内に佐助はその場から掻き消えた。
うむむ…と唸り信玄は腕を組んで仁王立つ。視線の先には目を回して地に伏す幸村がいる。
「…幸村!」
「は!」
名を呼ばれ、幸村は反射的に身を起こした。
「儂を殴れ!」
「は!?」
「欲に負けた己が罪じゃ、構わん儂を殴れ!」
「お、おやかたさま?」
「来い幸村!」
「??」
何故かと幸村は説明を求めて首を巡らせるがこういう時役に立つ佐助の姿がいつの間にか無い。
「遠慮はいらぬ!さぁ、来い!」
限定品の大福を一人で平らげてしまった責を解消しようと信玄は言うが、説明はしてないから幸村に伝わるはずもない。
「なれば…失礼仕ります」
けれど幸村に理由など必要では無い。言われたので言われた通りに殴った。
「むッ…!ま、だまだぁ!」
自分で催促しておきながら、何故か信玄は幸村を殴り返す。
「が!ぅ、ぉやかたさま、ぁ!」
そして当然の事のように幸村までが信玄を殴り返した。
「ぐ!幸村ぁ!」
「おやかたさまぁあ!」
「幸村!!」
「おやかたさむぁあ!!」
「本当、意味分かんないんですけど」
屋根の上から殴り合う主従を眺め、佐助は呟く。目の前をたどたどしく飛び去る蝶を眺めながら、ほぅ、と吐息を吐いた。
「春だねぇ」
殴り合う音は、いつまでも響いていた。