「…なれど!お館様ぁああ!」
「ちょっと旦那ぁっ?」

佐助の声も聞かず幸村は土煙を上げて物凄い速さで走り去った。

「…まぁいっか」

手に持った団子の一つを口に含んで、佐助はゆっくりと幸村の後を追った。

「ぉおやかたさむぁああー!」

廊下を走りながら叫ぶ幸村に、部屋から出て廊下の先で信玄は応えるように声を上げた。

「ゆぅきむらぁあ!!」
「ぐふぁッ!」

全速力で走って来た幸村が止まれるはずも無く、信玄に殴られて来た道を戻るように吹き飛ばされる。

「廊下は走るな!」

言って、信玄は腕を組んでふむ、と唸った。
幸村は背中で廊下を滑りつつ、反転して膝と片手をついて勢いを殺し、止まった所で両手をついた。

「ご無事で何よりでございましたお館様!」

廊下に滑った焦げ痕のようなものが残っていたがそれは二人には問題では無い。

「何があると云うのだ?」

不思議そうな顔をして信玄が問うと、庭から追いついた佐助がだらしなく答えた。

「他所の草でも心配だったんじゃないですか?」
「ははは!忍如きにやられる儂と思うてか!」

信玄が大きく笑い、幸村は側まで駆け寄って叫ぶ。

「いいえ!お館様に敵う者などおりませぬ!」
「うむ!だが慢心するな!儂も、お主もな、幸村!」
「お館様ぁあッ」
「あの。いいっすか」

縁側に座った佐助が団子を差し出しながら二人の間に割り込んだ。それを見て、意外な声で信玄が問う。

「なんだ、食わなかったのか?」
「折角大将に頂戴したのに、お館様が心配で食べてられないって言うんですよ〜旦那は〜」
「なっ!そ、そのような事はっ!お館様からならば先に言え佐助!」

信玄の声に佐助が歯を見せて笑い、幸村は怒気か羞じらいか目尻を染めながら佐助を睨む。

「ならば此れも出そうか」

ふふと笑いながら信玄は一度室に戻り、木箱を手に二人の前まで帰ってきて、箱を開く。
箱には佐助の持っていた団子より数段豪華な大福餅が納まっていた。

「こ、これは!」

信玄と佐助の二人からすればそれは『団子よりは美味そうな代物』だが、幸村の目には光を放っているかの如く輝かしく映った。

「限定品だそうだな、佐助」
「初めて店先に並びましたよ俺さま。恥ッずかしい」

飄々と笑いながら佐助は持っていた団子を木箱の横に置いて部屋から出て行く。

「佐助?何処に行く?」

声を掛けた幸村に佐助は片手を軽く振った。

「茶でも持ってきますよ。軽く花見でもしましょう」
「それなら某も…」
「旦那に頼んだら零すに決まってるでしょー」
「! 佐助!」

怒鳴る幸村に笑って佐助は廊下を歩いて行く。信玄も笑って、部屋で胡坐を掻いた。

「良い。座っておれ」
「はっ、…」

佐助を追おうとしていた幸村は、言われ渋々と室の前で正座する。

「お主は儂とおればよい」
「はっ、…は…?」

意味を測り兼ね、顔を上げれば、信玄は悠然と笑みを浮かべ庭の桜を見上げていた。

「京の桜も見事であろう…のぅ、幸村」
「……お、お館様…!」

共に上洛せよと仰るのですね!
内心でそう叫び、幸村は思わず拳を握って信玄に詰め寄る。

「この幸村、何処迄もお館様について参ります!」
「うむ」

満足気に頷く信玄に幸村も満ち足りた表情をする。

「お館様ぁ!」
「幸村」
「おやかたさむぁあー!」
「…幸村!」


「…またやってら」

木霊する掛け合いに、茶の載った盆を片手に廊下を歩きながら佐助は笑い、声のする部屋へとゆっくりと向かった。



2014/10/11 ( 0 )







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