恋のつづき、愛のはじまり

※「行き過ぎた青、むせかえる春」の続き


今日、高見先輩が結婚した。相手は私と一緒にアメフト部のマネージャーを務めた若菜。式には懐かしい面々が揃っていて、ちょっとした王城ホワイトナイツの同窓会状態だった。
猪狩くんや大田原先輩、猫山くんや庄司監督も久しぶりに会った。桜庭くんなんかは今じゃすっかり大スターで、生で見るよりテレビ越しに見る方が多いぐらい。清十郎くんと一緒に披露宴会場に行くと、真っ先に桜庭くんが手を挙げて迎えてくれた。

「進に苗字! 久しぶりだね」
「久しぶり桜庭くん。なんか前よりもっと背が高くなった?」
「実は去年よりちょっとだけね」
「まだ伸びるのか、すごいな」
「やだな清、冗談だよ。相変わらず変わらないなあ」
「む……」

桜庭くんはあの真っ白い歯をきらっと光らせて悪戯っぽく笑った。あの頃と変わらない笑顔なのに、やっぱり今では有名人の貫録を感じる。高校を卒業して、大学でも王城でアメフトを続けた私たちだったけど、卒業してからはすっかりご無沙汰だった。メールでのやり取りはいくらかしたけど、こうやって実際に会うと胸にこみ上げるものがある。自分たちの近況報告もそこそこに、早速思い出話に花が咲いた。

「私たちの中で最初に結婚するのは誰だー! なんて話してたけど、高見先輩がまさかのトップバッターなんて。驚き半分だけど、相手が若菜なら納得できちゃう」
「二人が付き合い始めたのっていつだっけ?」
「俺達が大学に入ってすぐだ」
「高校の時は若菜の片思いでよく相談に乗ってたけど、大学になったら高見先輩もすぐオッケー出したからビックリしたよ」
「やっぱり、同じ集英医大にまで入学してきたのが大きかったんじゃない?」
「かもね。若菜って用量良いし働き者だし、高見先輩とは良い夫婦になりそう」

三人で式の開始を待ちながら他愛ない会話をする。清十郎くんは主に頷いたり相槌のみだったけど、私と桜庭くんは大いに盛り上がった。私たち同級生トリオは出会った時からいつもこんな感じで。ああ、やっぱり懐かしいな、この感じ。
そうして開催された式は滞りなく執り行われ、皆から盛大にお祝いされた高見先輩と若菜は本当に幸せそうだった。高見先輩と若菜の共通の友人としてスピーチを務めた大田原先輩なんかは号泣してしまって、スピーチの内容は分からないわその場に倒れてしまうわとしっちゃかめっちゃかなシーンもあったけど、それだけ、その場に居る皆が幸せな気持ちだったって事だ。
私も純白のウエディングドレスに身を包んだ若菜を見ていたら、うっすら涙ぐんでしまった。桜庭くんも目元を潤ませて泣くのをこらえている様子だった。清十郎くんといえば、珍しく優しい顔をして二人を見守っている。

その後、二次会三次会と重ねるうちに、最後は王城ホワイナイツのメンバーが残ってのどんちゃん騒ぎに発展した。お酒がまわった皆が高見先輩をからかい倒したり、大田原先輩がここぞとばかりに脱ぎだしたり。会は盛り上がってもう何をお祝いしているのかも分からない有様だ。庄司監督も止めるどころか猪狩くんと飲み比べなんてしている。
私も若菜とお酒を飲みながら積る話をしていたのだが、飲み過ぎたのか頭がぼうっと熱を持ち始めてきた。

「ごめん、ちょっと暑くなってきたから外で風に当たってくるね」
「大丈夫ですか先輩? 私も一緒に行きますよ」
「平気平気、少ししたらまた戻ってくるから」
「分かりました。気を付けてくださいね」
「ありがとう。若菜はほんとうに心配性なんだから…でも、高見先輩も若菜のそういうところが好きなのかもね」
「もう、先輩!」
「あはは」

足元のふらつく私を心配して若菜も立ち上がろうとするけど、彼女は本日の主役だ。その彼女の手を借りるのは憚られるので軽く冗談を言って一人店の外に出る。店の庭に置かれたベンチに座ろうと歩き出すと、予想以上に酔いが回っていたのかわずかな段差に躓いた。

「あっ!」

倒れる!
転んだ時の衝撃が怖くて思わずぎゅっと目を瞑ったその時、お腹に何かが当たった。

「危ないぞ」
「……その声は清十郎くん?」

おっかなびっくり目を開けると、お腹に回った逞しい腕が目に入った。声の方に振り向くと、軽く溜息をついた清十郎くんが居る。どうやら転ぶ前に清十郎くんが私を助けてくれたらしい。

「ありがとう。でもどうして外に居るの?」
「おまえがフラフラと外に出ていくのが見えて、心配になって俺も出てきた。ついてきて正解だったな」
「うん、正解だったね」
「はあ」

また溜息つかれちゃった。
腕を離したらそのままその腕が肩に回って、そっと支えてくれる。その優しさに感謝しながら一緒にベンチに座った。
冷たい夜風がはアルコールで火照った体には丁度良い。
ぼーっとしていたらお酒を飲んだ後のけだるさを感じて、隣の清十郎くんにちょっとだけもたれかかった。清十郎くんはまた何も言わないで、そっと私の肩を引き寄せる。こういう無言実行な清十郎くんの態度に、悔しいけどキュンとする。
店の外に居ても聞こえてくる賑やかな声に苦笑しつつ、私はなんとなく清十郎くんと話したくなって口を開いた。

「若菜のウエディングドレス綺麗だったね」
「そうだな。よく似合っていた」
「あのドレス、高見先輩が選んでくれたって嬉しそうに言ってた。良いなあ、羨ましい」
「そうか」
「結婚指輪も二人でデザインしたオーダーメイドなんだって、すごいよね」
「ああ」
「あ、もう結婚したから若菜じゃなくて高見なんだった。若菜小春じゃなくて、高見小春。ふふ。なんだか不思議」

高見小春。それが、今日からの若菜の新しい名前。
これからはずっと、高見小春。

「結婚したのだから当たり前のことだろう」
「そうだけど。生まれてからずっと名乗ってきた名字が変わるってやっぱり不思議。それに、好きな相手の名字になれるって幸せなことだと思うよ」
「おまえも、好きな相手の名字が欲しいと思うか?」
「え? どうしたの急に」

突然、相槌を打つだけだった清十郎くんが私に疑問を投げかけてきた。驚いて、もたれていた体を離す。顔は未だに前を向いたまま、それでも真剣な声音で、清十郎くんは続ける。

「さっき桜庭に言われた。最初に結婚するのは俺と名前だと思っていた、と」
「さ、桜庭くんそんなこと言ったの?!」
「ああ。俺とおまえは中学から交際を続けていたから、最初に結婚すると思っていたらしい」
「そうだったんだ。でも結婚ってほら、交際期間の長さだけでするものでもないし」

確かに私と清十郎くんは中学からお付き合いを続けている。多分王城のメンバーの中でも最長記録だ。けれど、だからと言って一番に結婚するとは限らないでしょうに。桜庭くんってば余計な事を。

「そして、桜庭はこうも言っていた。名前は待っている、とも」
「待ってるって、私が結婚を?」
「ああ。だから聞いた、名字が……俺の名字が欲しいかと」
「え、えっと」

プロポーズまがいの言葉に、せっかくアルコール熱の冷め始めた体が再び一気に熱くなる。
清十郎くんの名字が欲しいかと聞かれれば、答えはもちろんイエスだ。この先、結婚するなら清十郎くん以外に考えられないし、進名前という名前になりたいとも思っている。

「……欲しいよ、清十郎くんの名字」
「そうか」

清十郎くんは私の答えを聞いて何か考えるように俯いた後、真っすぐこちらに向き直った。そして、意を決したように口を開こうとする。それを制するために、私は急いで口を開く。

「でもね、焦らないでほしい。私が進名前になるのは、もう少し先でも良いの。今は清十郎くんもアメフトで忙しいでしょう? 結婚が決まったらきっとそっちでも忙しくなって、清十郎くんの負担になっちゃう。私、清十郎くんの足を引っ張るのは嫌なの、だから」

だから、結婚はまだしなくていい。

そう言おうとしたのに、今度は清十郎くんが私の言葉を遮った。


「俺は名前に関わるどんなことも負担に感じたりはしない」
「清十郎くん……」
「本当は俺もずっと、おまえとの結婚のことを考えていた。いつ切りだそうかと悩んでいたが、結局は今まで一度も、話を持ち出すことすらできなかった。ずっとおまえを待たせてしまった……桜庭に言われた時、もう待たせないと決めた」
「待つなんて、そんなに重く感じたことないよ」
「それでも、俺はもうおまえを一人にしたくない。今もなかなか一緒の時間が作れないでいるのが現実だ。だからせめて、一緒の家で暮らしたいと俺は思っている」

あの清十郎くんが自分との結婚をそこまで考えて、思い悩んでくれていたと思うと胸が熱くなった。
清十郎くんからその言葉を待っていたのは本当だったけど、待つことは苦しくなかった。清十郎くんはいつか絶対に言ってくれると信じていたから。

その時が、今なのだろうか。

清十郎くんは珍しく口を開けたり閉じたりを繰り返して、慎重に言葉を選んでいるのが分かる。ようやく言うべきことを見つけたのか、清十郎くんは大きく息を吸いこんで私の手を握った。

「名前、俺と結婚してほしい。一緒に暮らして、俺の一番そばで支えてくれ」
「はい」
「おまえのこれからの人生のすべてを、進名前として過ごしてほしい。俺も名前を一生支えていく」
「はい……はい。ずっと、ずっと一緒にいるから……」
「泣くな、せっかく式の為に綺麗に化粧をしてきたんだろう?」
「泣くななんて、無理……! 嬉しすぎて涙止まらない……」

進名前という響きが頭から離れない。
ああ、わたしこの人の奥さんになるんだ。

この後、いつまでも戻らない私と清十郎くんを心配した皆が外に出てきた。
桜庭くんだけが、全てを心得たように笑っていた。