148:110→50

走って、走って走り続け日付を超え、昼を過ぎた頃にようやく家についた。二年ぶりの家が視界に映った瞬間、懐かしさがこみ上げてきたけれど、それも一瞬で消え去る。

「…!」

家の横に作った家族の土墓。六つの内一番手前、桜さんが居るはずの墓の土盛りだけが崩れていたから。
急いで駆けよれば、中のくぼみはそのまま残っており野生動物に掘り返されたと言うよりは、形としては明らかに、……中から出てきたような痕跡だった。

「…首飾りもない」

桜さんは、ここにはいない。
それを理解した途端、感情の制御が効かなくなりそうになり、喉の奥がきゅっとしまった。汗以外で地面を濡らさぬように呼吸を整えてから、家族に手を合わせる。

「ただいま、父さん、母さん、竹雄、花子、茂、六太。どうか…桜さんを…」

心の中で一人一人に語りかけていると、少しだけ落ち着きを取り戻せた。

少ししてからゆっくりと立ち上がり、次は家の中だと、家の戸を引くと静寂を突き破るような大きな音が響いた。

「………」

家の戸は古く建てつけが悪いため、突っ掛かりがあって開けにくい。けれど、上げながら押すように引けば一回の動作で開く。身体に染みついた癖で無意識に開ければ、予想以上に戸が勢いよく開き大きな音を立てた。
よく見れば、見慣れた戸ではなく、傷一つない新しい戸へと変わっている。

戸から部屋へと視線を移すと、最後の記憶とはまるで違った。

居間の色落ちして古かった畳も、補正した穴だらけの障子も、雨漏りした天井も、成長記録を書き込んだ壁も、優しかった思い出が惨劇の血で染まってしまったそれらが、全て新しいものに変わっていた。埃は多少積もっているものの、血の跡も匂いも一つもない。…あの惨劇などまるでなかったかのように。

新しい畳と埃の匂い。家の中では初めて嗅ぐ混ざりあった匂いを感じながら、桜さんが唯一使っていた私物入れ、屋の隅にある棚の二番目左側の小さな引き出しをそっと開ける。
 
「やっぱり、桜さんの物が無くなっている」

懐からケータイを取り出し眺める。
俺が雲取山を出る際に、桜さんが命のようなものだと言って大切にしていたケータイを持ちだした時には、禰豆子手作りの巾着と、六太から貰った大きなどんぐり、家族絵、花の種、そしてしのぶさんから貰ったお金があったはずだ。隣の引き出しの炭売りで稼いだお金はそのままだったし、この引き出しから桜さん以外の匂いもしないから、盗人が持っていったわけでもなさそうだ。




「ここが、すみ太郎の住み家か!」
「伊之助お前くつ脱げよ!!なに土足で上がってるんだよ?!」
「ババアの家より狭いな!」
「話聞けよ?!」

善逸と伊之助が追い付いたのか、居間の方から声が聞こえてきた。止まった時が動き出したように、家が騒がしくなる。

「あ!炭治郎発見!」

軽い足音を立てながら善逸が部屋に入ってきて、俺をビシッと指差す。

「お前、一人でどんどん先に走ってくなよ!少しは休憩させろ!おかげで足がぷるぷるだわ!見ろよ、この足をっ!」

道中何度か桜さんの事が分かれば報告するから藤の家で待っていてくれと言ったのだが、結局最後まで付いてきてしまった。やはり善逸も桜さんの事が気になるのだろう。眉を下げ謝罪をすれば、善逸は可笑しな顔をしながら奇声を発した。

「すまない。で済んだら警察はいらないんだよ!!途中で可愛い女の子が何人もいたのに、通り過ぎ去るしかなった!!どうするんだよ!そこに運命の女の子がいたらさ?!責任とれよ!」
「……」
「いやだから無言でその顔やめろって!」

善逸は、出会った時に道端で声をかけてくれたお嬢さんや禰豆子にも運命だとか言ってなかったか?何人運命の人がいるんだ?と思っていると、床が軋む程の足音の後に障子が吹き飛んだ。


「ぎゃーーーーーー!お前、ひとの家でなにやってんのっ?!!!」
「おい!すみ二郎!!すみ二郎を追いかけてた奴、連れて来てやったぜ!」

伊之助が部屋に入ってきたかと思うと、担いでいた何かを床の上へと落とした。

その物体は、「いてて…」と小さな声をあげる……男性だった。

「い、伊之助!人を床に落としたら駄目だろ?!…大丈夫ですか?」

慌てて男性にかけより支えると、伊之助が憤慨そうに叫んだ。

「あぁ!?俺はそいつを運んでやったんだ!すみ太朗と話しがしてぇって言うのにのろまだからよ!」
「俺と?」
「知り合いだっていうからよ!ガハハ!俺に感謝しろ!」

知り合い?と言いながら、男性を見る。
男性は三十代くらいだろうか。優しそうな顔立ちだけれど、骨と皮だけという表現はこの人のためにある言葉だと思わせる程に痩せ細っていた。父さんの方がまだ肉付きは良かったように思う。血色がやや悪いこの男性を見たのは、…初めてだった。

俺の戸惑いが分かったのだろう。男性は苦笑いした後、小さな声で言った。

「ちょっとだけ痩せたから、気づかないのも無理ないよ。炭治郎くん、僕ちんだよ」
「……僕ちん」

知り合いで、一人称が僕ちんなのは一人しか知らない。けれど見た目が変わりすぎで面影は何一つなく確信が持てなかった。疑いながらも匂いを嗅ぐと、ほんのり甘酒のような匂いが鼻腔に広がる。酒屋の息子らしいこの匂いは

「実灰さん?!」





※大正コソコソ噂話※
1章でたまに出ていたモブキャラの、実灰 五日戸(じつはい いひと)さんです。
桜に好意を頂いていた隣町に住む酒屋の息子。お金持ち。わがままボディーでお腹からはいつもたゆんたゆんって音がしていた。いい人だけど少し動きとかが変わっているのと、妙に人をイラっとさせる喋り方をする。桜の事や貰った花の事を日記につけていた。


関連話 3137106


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