106:中途半端な救済

1000本目の花桐草を手渡された次の日。甘露寺さんと共に桜さんの家へと向かっている途中、鎹烏からの任務の連絡が入った。

桜さんに鬼の存在を知られないように、「鬼」「鬼殺隊」等の単語が耳に入らないように細心の注意を払い、隊服も偶然会った2回目以降は着用せず、甘露寺さんにも頼み込んで協力してもらったというのに……。
積み重ねた努力を崩壊させかねない鎹烏のタイミングの悪さに、思わず怒りをぶつけてしまった。その場は「疲れているのだろう」と強引に押し通し、名残惜しい気持ちのまま任務へと急いだ。

甘露寺さんとの初の合同任務は、調査期間の関係もあり、一週間程費やしたが無事終了。
帰ったら少し休もう。それくらいは許されるだろうと、玄関の戸を引いた途端

「しのぶ様ごめんなさい……!」

枯れた花を持ったアオイに頭を下げらた。戸惑いながら聞けば、なんでも一週間程前に桜さんに貰った全ての花が枯れてしまったのだと言う。

桜さんの花は不思議な事に、例外なく、一月半以上咲き続ける。最後に貰った風鈴草以外は一カ月以上経過していたので寿命だったのだろうと思えたが、風鈴草だけは一月も経たない内に枯れてしまった。その事に、留守中に花の世話を任されていたアオイは責任を感じたらしく、何度も頭を下げた。

「しのぶ様が大事にしていたのに」

申し訳なさそうに眉を下げるアオイに、気にしていない事、アオイの責任ではない事を伝えた後、枯れた花を抱え、部屋に戻り立ち尽くす。

「…………一週間前、か」

心がざわつくのを感じながら、花を机に置いた時、一通の文の存在に気づいた。
机の端に真っ直ぐに置かれた、飾り気のない茶封筒を手に取り裏返す。差出人は、東の町の薬屋の店主だった。薬品の匂いが染みついた紙には、要約すると

『胡蝶様が東の町を出発された二日後の朝に、加工前の百輪程の花桐草が枯れているのを見つけました。加工したものは無事でしたが、枯れたものは薬としては使用できないので、どう対処したらよいか連絡を下さい』

と書かれていた。
読み終えた後、手紙をくしゃりと握りしめる。

別々の日に貰った花が一斉に枯れた日と、加工前の100の花桐草が一斉に枯れた日は、共に一週間程前。ちょうど、桜さんと別れた二〜三日後の事だ。

「…………」

足は自然と動き出し、部屋を出る。足早に向かった先の稽古場にいた二人、姉さんの継子だった静子と動子に声をかける。

「二人にお願いがあります」

稽古を中断した二人が、私の前に駆け寄り、静子は姿勢を正しその場で「任務お疲れ様です」と頭を下げ、動子は片手を上げ「なんですか?なんですか?」と身体を揺らした。

「二週間程前、二人に護衛をお願いしていた桜さんについて調べて欲しい事があるので、東の町に向かっていただけませんか?……ただし今回も、鬼殺隊として関係の無いお願いになりますが…」
「あ〜あのカナエ師匠に似た人ですね〜!もっちろんいいですよ〜!しのぶ様の頼みなら何でも花丸で〜す!」
「胡蝶様には恩がありますので、いかなる任務や願いも遂行して見せます」

鬼殺隊を私利私欲に走らせるのは言語道断。けれど、そんなもの理由をつければどうとでもなる。過去に鬼に襲われた。狙われている可能性がある。……藤の花を自由に咲かせる事が出来る人物かもしれない。全く無関係と言う訳ではない。

「すみません。私も任務の報告が終わったら、急ぎ向かいます」

二人が稽古場から出ていくのを見送り、明日の予定だった任務の報告へと急遽向かった。


(あの時と状況が似ているから、すこし敏感になっているだけ…。ただの杞憂に終わればいい…)

















二日後。桜さんとの約束の日よりは、数日早いが、東の町に着いた。
薬屋に向かい歩いていると、店主が店から出てくるのが見えた。店主は私に気付きこちらを見る。その顔は、離れた距離からでもわかる程に真っ青だった。今にも倒れてしまいそうな様子に、心配になり急ぎ駆け寄る。

「こ、胡蝶様……」
「どうされたのですか?顔色がとても悪いです」
「は、話は……」
「花桐草の件なら、後で聞きましょう。今は店に戻ってください」
「その御様子ですと、お話は………まだ…お聞きになっていない、……のですね」
「……なんの事ですか」

店主の言い淀む様子に背筋に嫌なものが伝う。

「一週間近く前の事です……」

店主は弱々しく口を開いた。

「私の知り合いである医者の嵯峨山が……おそらく鬼に殺されました」

想像と違った答えに、不謹慎ながらも一瞬安堵してしまった。

「それは、お気の毒に…。ですが、何故おそらくなのですか?」
「遺体は発見されていませんが、自宅には致死量を遥かに越えた大量の血痕と、室内は大きく抉れた爪痕のようなもので崩壊寸前。治療中の患者が朝、自宅を訪れ発覚して以降行方しらず…。嵯峨山は恨みを買うような人物ではございませんし、治療中の患者を放置する男でもありません。鬼が関わっているとしか……」
「そうですか……。でしたら調査の為に鬼殺隊を向かわせましょう」

これで話は終わりだろうと、店の扉を開け中に入って、店主に「さあ、戻って休みましょう」と声をかけようとした瞬間。

「その次の日です」

店主が意を決した様子で声をあげた。
店主は明るい店の外から、薄暗い店の中にいる私を見て数秒黙り、また勢いをなくしたようにか細い声で話し出した。

「…………雲取山の麓に住む男が、炭売りの少年とその妹が町を出て…行くのを、目撃、したそうです」

おそらく、竈門君と禰豆子さんの事なのだろう。雲取山に住むのは、竈門家の皆さんと桜さんのみだと、いつかの会話の中で聞いたのを記憶している。けれど…

「それがどうしたと言うのですか」
「それは……」
「…………」
「………っ!!」

先程よりも更に顔色を悪くした店主は、私から顔を反らし、地面に向かって叫んだ。

「鬼に家族を殺されたからだと思われます……!」
「……は?」

おににかぞくをころされた?
暴力的に叩き付けられた言葉。言葉自体を聞き取れても、意味が理解出来ず、何度も頭の中で言葉を繰り返す。おに、かぞく、ころされた。…だれが、だれに。

「桜様が、修繕に頼んだ、町の大工が、血濡れの家と墓を発見し、…事が発覚したそうです。おそらくですが、同じ鬼」

店主がその後も何か言っているが、頭が混乱状態で上手く聞き取れない。おに、ころされた、かぞく、はか、何度も脳内で繰り返している内に、ふと店の隅に、沢山の枯れた花桐草があるのに気付いた。


「……桜さんは」


しゃがみ、一つを手に取る。枯れた花桐草を持つ手は酷く震えていた。


「……桜様は…お亡くなりになりました




聞こえた言葉を理解した瞬間、勢いよく店を飛び出る。

「胡蝶様!!」

店主が叫ぶ声を無視して、呼吸を使い全力で走った。











「………」

桜さんを途中まで送り届けた場所にある、目印の木。そこを道に真っ直ぐ進んでいくと、小さな古い家と六つの土墓が見えた。

「………あ」

土墓の目の前まで辿り着いた途端、身体の力が抜け、その場に座り込む。どのくらいその場で呆然としていたか。気付くと、後ろに二人分の気配があった。

「胡蝶様…」
「……しのぶ様」

静子と動子だった。

「………報告を」
「……はい。調査の結果、ある日を境に、町中全ての桜さんの花が枯れていた事が分かりました。例外なく全てです。ある男は、《花は12月10日の夜中に一斉に枯れた》と証言しております」
「ちょっとキモいですけど、カナエ師匠に似た人にもらった花を、毎日日記をつけて観察していたから、絶対にそうだ。って言ってました」
「推測するに、胡蝶様がもらった花、100の花桐草が枯れた日も、時同じくして枯れたと思われます」
「あと、このお墓のどれかに、カナエ師匠に似た人がいるのは、間違いなさそうです………」
「動子、その説明ではわからない。私が説明致します。12月12日早朝、麓に住む初老の男が、炭治郎さん禰豆子さんの二人が山を降りて行くのを見たそうです。12月14日、町の大工が家を訪れ、この六つの墓と、血に染まった家を発見しました。以上の事柄からこの墓は残りのご家族の方と……桜さんのものと思われます」
「あの、……報告は以上です」

報告を終えた二人が、無言で動かない私に戸惑っている気配を感じた。
私はそのまま、振り返らずに話かける。

「桜さんの誕生日知っていますか?」
「………いえ」
「12月11日です。18になるはずでした」
「えっ!カナエ師匠と一緒だぁ………」
「カナエ師範も18歳の誕生日の前日に、鬼に…」
「そんな所まで似なくてもいいのに…」
「え?今なんて言いました?」
「いいえ、ただの独り言です。二人共報告ありがとうございます。先に帰って休んで下さい」
「胡蝶様……。ですが…」
「なんか、今のしのぶ様一人にできないっていうかぁ…」
「すみませんが、」

今度は振り返り、綺麗に微笑んだ。

「今は一人にしてください」













ぽたぽたと、雨が降ってきた。空を仰ぐと、一面に広がる雨雲が太陽を隠し、遠くの山では雷鳴を響かせている。

「桜さん、貴女はひどい人です……」

復讐と怒りで出来た真っ暗な茨道。進む度に、矛盾という毒が身体を蝕み、苦しみ喘ぐ私に、こっちにお出でよと手を引いて、新たな光さす道へ導いておきながら、突然消えてしまったのだから。そのあたたかい光に慣れてしまった、暗闇に残された私は、どうすればいいんでしょうね。

「姉さん。やっぱり鬼と仲良くなんて無理よ…」

だって、また、鬼に大切なものを奪われた。一体どれほどの苦しみと絶望の中で桜さんが死んでいったのかと想像するだけで、心はこんなにも簡単に、哀傷と憎悪で染まっていく。鬼を何万回八つ裂きにしても、心が晴れる事なんて来ない。怨気満腹の想いが積もっていくだけ。怒りと悲しみの根本にはいつだって鬼がいる。

「私は、姉さんのようにはなれない…」

姉さんは本当に心から優しい人だった。家族を目の前で殺された始まりは一緒だったのに、鬼を哀れみ、斬らなくて済む方法を探し続けていた。私は、鬼は元は人間だった。その真実を知った時でさえ、私の中に蓄積された怒りや嫌悪感が消えることはなかった。

だからなんだ。人を殺したことにかわりはない。何の罰も受けずに生きていていい訳がない。許されていい訳がない。

そうとしか思えなかった。
それでも私は、姉さんの想いを引き継がなければならなかった。そんな矛盾だらけの心を照らしてくれた桜さんはもういない。

「姉さんも、父さんも母さんも、桜さんも殺された。許せるわけがない。何の罰も受けずに生きる鬼と仲良くなんて………、あ。そうか」

天啓を得たように閃く。そうだ。矛盾だらけでいいんだ。なにも《無条件で仲良く》しなくてもいいんだ。だって、この矛盾が消える事は無いと分かっていたじゃないか。そう、私に示された道など最初からコレしかなかったのだ。

雨が本格的に降り、びしょ濡れの身体のまま、姉さんと桜さんが好きだといってくれた、笑顔を貼り付けた。

「罪には罰を。罰には矛盾の毒を添えましょう」









数日後。私は、冨岡さんと二人で、下弦の鬼の討伐任務に赴いた。
遭遇早々に、勝てないと悟った鬼は、私と冨岡さんに命乞い。それを何を考えているか分からない顔で鬼の首に刃を向けた冨岡さんに声をかけた。

「冨岡さん、待ってください」

刀を構えた冨岡さんの横を通りすぎ、地面に這いつくばる鬼に手を差し伸べ、微笑む。

「私と仲良くなりませんか?助けてあげます」

鬼はなんでもするから助けてくれと、泣きながら土下座をして言った。同情心を誘う上手い演技だ。おそらくこの鬼が殺してきた人間の真似をしているのだろう。

「では、質問です。今まで何人の命を奪いましたか?」

下弦の鬼の長い髪が意志を持ったように動き、数字を作る。
その数は、調査で確認の取れた数と、見てきた死体の数を足しても、1割にも満たない数字。

「そうですか……。では、次に質問です。どんな風に殺したのですか?その尖った髪を伸ばし、身体中を貫いたのですか?」

鬼は首を振り、苦しまないように心臓を一回突き刺しただけだと言った。ため息を吐き、困ったように額に手を当てる。

「嘘をつかなくても大丈夫ですよ?私は怒っているのではなく、確認しているだけなのですから。人は百以上殺し、子供は目玉を集中的に刺し両腕を切断、女は下半身を強引な力で裂き心臓を突き刺す、男は内臓を引き摺り出しその臓物を口に詰める。……そうですよね?」

鬼が顔を歪ませ、なぜそんな事を聞くのかと言う。

「貴方は正しく《罰》を受けて、生まれ変わるのです。そうすれば、私達は《仲良く》できます。人の命を奪って、何の罰も無いのなら《殺された人が報われません》。貴方が殺した人の分だけ、私が拷問します。そうですね、まずは日輪刀で両腕両足を切断しましょう。その後に、目玉を突き刺して繰り出し、腹を裂いて引き摺り出した内臓と一緒に口に詰め、空っぽのお腹には藤の花を詰めましょう。その痛み、苦しみを耐えぬいた時、《貴方の罪は許され、私達は仲良くなれます》」

震える鬼に、明るい花のように笑い、励ます。

「大丈夫です。貴方は《鬼》ですから、死んだりしません。《仲良くするために一緒に頑張りましょう》」

鬼は、地面に潜ませていた髪を一斉に突き出した。攻撃を難なく避け、鬼の後ろに立つ。

「仲良くは出来ないと…。そうですか……、それは残念です」

そう言って、刀を突き刺した。











任務の帰り道。あまりにも会話のない静かな空気に耐えられず、知らないだろうと思いながらも、口を開く。

「竈門炭治郎と竈門禰豆子と言う名の少年少女を知りませんか?訳あって行方を探しているのです」

あれから、桜さんを殺した鬼を探しているが、めぼしい情報は一つも掴めていない。ある程度の鬼であれば、何かしらの足取りは掴めるのだが、ここまで何もないとなると、おそらく姉さんを殺した鬼と同様、血鬼術を持つ強い鬼か、上弦の鬼が関係しているのではないかと推測出来た。
今の所、一番の有力な手がかりを持つであろう、生き残ったはずの竈門君と禰豆子さんは、雲取山の麓に住む男が見て以降行方知れず。

「……知らないな」
「そうですか、もしその名を聞くことがあれば教えて下さい」

やはりそうか、と思いながら、すぐに会話の終了した気まずい空気に、深いため息が出た。



















「ひどいわ、あんまりよーー!!」

お墓の前で、泣き叫ぶ甘露寺さんの肩を慰めるように触れる。

「桜ちゃんともっと一緒に居たかった!あの子達も皆いい子だったのに!ひどいわ!うわーん!!」
「甘露寺さん……」
「桜ちゃん、皆ごめんね。痛かったよね……苦しかったよね……。ごめんねっ」

後日。甘露寺さんと共に雲取山の竈門家に訪れていた。甘露寺さんは、沢山沢山泣いて、しばらくしてから、真っ赤に腫らした目と枯れた声で問いかけてきた。

「ねぇ、しのぶちゃん。私達があの時、任務で帰らないでお家にお泊まりしてたら、………皆無事だったのかなぁ」
「…………どうでしょう。もしかしたら、そうだったかもしれません…。ですが、過ぎたことを悔いていても何も始まりません。今は辛いですけど共に前を向きましょう」

甘露寺さんは、立ち上がり涙を隊服で拭く。

「私、桜ちゃんと皆を殺した鬼を見つけて、絶対に倒すわ!これ以上悲しい事が起きないように、私、もっと頑張る…!」
「えぇ。甘露寺さん、共に鬼殺隊として頑張りましょう」

明るく素直に前を向ける甘露寺さんが、羨ましく思えた。




その夜。蝶屋敷に泊まった甘露寺さんが、桜さん達を失った悲しみが尾を引き、辛くてどうしようもないので、今日は一緒にいて欲しい。そう言って、枕を抱えた甘露寺さんを、部屋へと招き入れた。

桜さん達の思い出話に涙する甘露寺さんを見て、改めて思う。
沢山の人に幸せを与え、私に幸せに長生きして欲しいと笑いながら、先に逝ってしまった桜さん。貴女はやっぱりひどい人です。だって《私の身体は一つしかない》のだから。


「そう言えばしのぶちゃん、さっき何のんでたの?」

話も一段落した頃。甘露寺さんが部屋に入る直前、私が何かを服用していたのを見ていたのだろう。何となく気になったのか、問いかけてきた甘露寺さんに、

「あぁ、あれはですね……」

姉さん、桜さんと同じ花のような笑顔を作り、言った。








「沢山の人を救う特別な薬、です」










※大正コソコソ噂話※
原作アニメ共に見返したのですが、冨岡さんが炭治郎達の名前を知ったのは、那田蜘蛛山以降なんですよ。だから、この時に、しのぶさんが名前ではなく、写真とかを見せて真剣な様子だったら、冨岡さんは「知っている」って言ってました。
関連話 7576


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