139:九十九折の始まり

「今日、手紙来てた?」

残暑厳しい8月下旬。夕飯を食べている途中に、ふと思い出し善逸くんに確認すると、善逸くんは首を横に振った。

「どっちも」
「そっか…」

言葉と一緒に吐き出した溜息の中に哀愁を感じとったのか、善逸くんが慰めるような笑みを浮かべた。

「果報は寝て待てっていうしさ、そのうちくるよ!」
「うん…、ありがとう」

私が毎日心待ちにしている手紙は、炭治郎君と禰豆子ちゃんの行方と、…獪岳くんからの手紙の返事。

獪岳くんが鬼殺隊となってから何度か手紙は出したのだけれど、返事は一切ない。噂できく限り、元気にしているみたいなんだけど、結局獪岳くんの事は解決しないまま別れてしまったので、心の蟠りとして常に頭を悩ませている。

炭治郎君と禰豆子ちゃんの行方も、お館様や元水柱の育手の方、鬼殺隊の方達に合計6回は手紙を書いているのにも関わらず、こちらも返事は一度もはない。








「ん……?誰かがこっちに走ってきてる…」

善逸くんが茶碗と箸を置き、耳を澄ませ始めた。

「え?こんな夜中に?」
「うん、一人分の足音がする。……この音は」

現在の時刻は夜の八時。今夜は満月なのでいつもよりは明るいけれど、ここは山の中腹にある家。何の光源もない山道を歩くのは土地勘がないと遭難の危険があるから、基本的にこの時間帯に人が訪れる事はない。
けれど、善逸くんの言った通りに、徐々に足音が聞こえてきたかと思うと、慌ただしい声と共に、家の戸が大きな音を立てた。

「慈悟郎の旦那!!!」

血相を変えて家の中に駆け込んできたのは、桑島さんのお知り合いの伝馬(てんま)さん。

伝馬さんは五十前後の男性の方で、桑島さんが柱時代に鬼から助けた内の一人。そこから親交を持ち始め、今は、元飛脚、現郵便局員の立場を使って、鬼殺隊に貢献してくださっている。

「ごっほ!!旦那にしらごっほ!!」
「伝馬さん、ひとまずお水飲んでください」

町からずっと走ってきたのか、伝馬さんは苦しそうに咳き込み座り込んでしまう。善逸くんが持ってきてくれた水を渡し、背中を擦りながら落ち着くのを待てば、すぐに回復した伝馬さんは、勢いよく立ち上がって早口でまくし立てた。

「すまねぇ、もう大丈夫だ。慈悟郎の旦那はどこにいる?急ぎなんだ!」
「爺ちゃんなら、出かけてるけど」
「なっ!いつ帰ってくるんだ?!」

伝馬さんに詰め寄られた、善逸くんが奇声だす。

「うひぃぃ!近いよ!近い!顔近づけるのは女の子だけにして欲しいんだけど!!」
「旦那はっ!!」
「鬼殺隊の一番偉い方の元に、顔を見せにいってるんです」

年に一度お館様に挨拶に行く日を設けているらしく、その日がちょうど今日だ。

「爺ちゃんは明日にならないと帰ってこないよ」
「……なんて事だ」

伝馬さんは善逸くんから手を放し、額に手を当てながら悔しそうに言った。

「一体どうしたんですか」
「鬼が出たんだよ」
「鬼?!うそだなんで爺ちゃんが居ないときに限って!!いやぁああ!」
「もしかして誰か…」
「あぁ。若い夫婦が襲われてな。奥さんの方は怪我をしながらも町に帰ってこれたんだが、一郎……旦那の方が鬼に捕まったままなんだ。鬼殺隊に連絡が行くのは早くても明日になっちまう。だからよ、引退した身ではあるが、慈悟郎の旦那に頼みにきたってわけだ」
「……」
「一郎…すまねぇ。なんとか明日まで持ちこたえてくれ」

断腸の思いで吐き出しただろう言葉には、諦めも含まれているように感じた。項垂れる伝馬さんの横を通りすぎ、下足に履き替える。

「伝馬さん、場所はどこですか」
「え、桜ちゃん?!」

もしかしてという焦り顔の善逸くんに、力強く頷き返した。

「駄目、駄目!!駄目だってば!!爺ちゃんか鬼殺隊待った方がいいって!こ、殺されちゃうかもしれないんだよ?!」

私を外に行かせないぞと言うように、入口で両手を広げて通せんぼする善逸くん。

「桑島さんも鬼殺隊の方も助けにいけるのは早くても明日。それじゃあ遅すぎる」
「でも!!」
「今すぐ助けに行けば、捕まった人、まだ生きてるかもしれない。…助かるかもしれない。私は戦う力があるのに、このまま放っておけないよ」
「捕まったやつは、俺の知り合いなんだ。藁にもすがりてぇ気持ちだが…。桜の嬢ちゃんは、まだ見習いだろ?死んだりしたら、元も子もねぇ」
「私は大丈夫です。まだ弱いけど……。えっと、とにかく大丈夫なんです」

だって、私は死なないから。私の実力不足で鬼を倒せなくても、隙を見て捕まった人を助けだす事が出来るかもしれない。

「少しでも助かる可能性があるなら、私は行きます」

入口で善逸くんが何度も、駄目駄目と言っているのを無視して、伝馬さんにもう一度訊ねる。

「場所は」

伝馬さんは数秒考えてから、ゆっくりと口を開いた。

「ここから東北に一里程の距離のとこで襲われたらしい」
「一里ってことは、4kmくらいだから…」

呼吸を使って急げば15分くらいでいけそう。

「……すまねえ、頼む。あいつら結婚したばかりなんだ。…だが、無理そうだったらいい。すぐに逃げてくれ」

大丈夫ですと頷いてから、善逸くんの制止を振り切って家を飛び出した。

「善逸くんは、桑島さんが帰ってくるまで待ってて!危ないから家から出ちゃダメだよ!」
「桜ちゃん!!!」




※大正コソコソ噂話※
獪岳は1914年6月10日
桜は1914年9月1日
善逸は1914年12月10日に弟子入りをしています。
獪岳は1915年6月25日まで一緒にいました。善逸と獪岳と一緒にいたのは約半年程です。
炭治郎達が受けた最終選別は、1915年12月25日としています。全て捏造設定です。


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