109:親子

「あれ…もう夜だ……」

木に背を預けた後、いつの間にか寝てしまっていたらしい。立ち上がって、これから訪れる予定の町、八王子を小高い丘の上から見下ろした。

さすが東京府で二番目に人口が多いとされる町だ。日付が変わる直前の深夜であっても、人工的な明かりは消えず、町の一部を薄っすらと照らしていた。



気付けば、《あの時》から3日が経過していた。あの後の記憶はひどく曖昧でよく覚えていないけれど、次の村で血みどろの破れた着物を交換したのはなんとなく覚えている。同情、好奇、嫌悪の視線に晒され耐えきれず早々に村を出て、何も考えられない真っ白な頭のまま、ただ無意識にこの町に向かって歩いてる途中で、疲れて眠ってしまったのをゆっくりと思い出した。

「夜は鬼が出る……」

たしかに三郎さんは、鬼…人喰い鬼は太陽の元では生きて行けず、夜しか活動できないと言っていた。

人気の少ない所と人気の多い町中。安全と危険性にどれくらいの差があるのかはわからないけど、ここにいるよりは、町の方がまだ安全に思えた。

「まち、に行こ……」

ぼうっとしながら、月の光を頼りに歩いていると、道の真ん中に10歳に満たない子供が、此方に背を向け座り混んでいるのが見えた。すぐ近くの木々が月の光を遮り、子供に影を落としている。

近づくにつれ暗順応した目が、花柄の着物姿の、おかっぱの女の子を捉えた。

こんな真夜中に道の真ん中で何をしているのか。ホラー映画のようだと思いながら、何か困っているのかもしれないと、心配から声をかけた。

「大丈夫…?どうしたの?」

近付きながら声をかけた後にある物が見え、はっと息を呑み、歩みが止まる。なぜなら、遠くからでは分からなかった、女の子前に出来た赤い水溜まりが見えたから。

「この人、あたしをみて…さがしたわっていってたの」

女の子の無感情な声を聞きながら、赤い水溜まりの中心に視線を移していくと、女の子と同じ花柄の着物を着た大人の女性が横たわっていた。

「泣いてた。会いたかった花子って言いながら泣いてた。……なんで泣いてたのかな」

この女の子の名前は、花子、というのだろう。同じおかっぱの後ろ姿が、私の知る花子ちゃんの後ろ姿と重なる。

「おなか空いてたから、食べちゃったけど、食べるまえに聞いておけばよかった。なんで泣いてたの?なんで、…………あたしも泣いてるの?…って」

女の子は、両手を胸に移動する仕草をしてから立ち上がり、振り返った。

「おねえちゃんをたべれば、ここが痛いの消えるかな?」

振り返った女の子は、口元を血で真っ赤に染めていた。その口からは二本の牙が覗き、胸を抑える手の爪は長く、瞳孔は細かった。


あぁ。この、涙を流す花子と言う女の子は、…鬼だ。


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