103:この選択が正しかったのか

「こんこん小山の子うさぎは、なぁぜにお目々が赤うござる。小さい時に母さまが赤い木の実を食べたゆえ。そーれでお目々が赤うござる」

お母さんがよく唄ってくれた子守歌。唄い終わって背中を見ると、背負っていた六太はすやすやと寝息を立てていた。

(よかった…)

隣町に行って帰ってこない、多分三郎さんの所に泊まっているお兄ちゃんと寝る約束をしていたらしい六太は、久しぶりに駄々をこねて泣き続けた。きっと、今日がお父さんが死んでしまった日と同じような雪の日だった事と、お兄ちゃんが久しぶりに居ない事が合わさり、不安を加速させたのだろう。

(家の周りだけの予定が遠くまで来すぎちゃった…)

六太を起こさないように、ゆっくりと家に向かって歩き始めた。

家を出る時に桜さんが持たせてくれた、未来の不思議ハンカチがほんわりと温かく、帯の中から身体に心地よい温かさを伝えてくれる。心まで温まるのを感じながら、明日の桜さんの誕生日の事を考えた。

明日は沢山の御馳走を作ろう。桜さんがうちに来て一年になろうとしているから、そのお祝も込めて、盛大に。
桜さんを連れ出すのは、花子達にお願いしたからその間に準備をしよう。あとは、お兄ちゃんと桜さんをどうにか自然と二人きりにして、それと同時に、桜さんの名字を竈門にする作戦も、花子と話合った《2年目編 14歳炭治郎自覚するの巻》の計画に移行しよう。

(あ、そういえば、桜さんの名字ってなんだろう。未来に名字あるのかな?最初から名前しか名乗ってなかったし、もしかしたら無いのかな?今度聞いてみよう……………あれ?)

遠目に見え始めた家に、ふと、違和感を感じた。戸があるべき場所には何もなく、家の明かりが真冬の外に漏れている。

(…………)

見えない不穏な空気を感じ取って、胸がざわつく。

「六太起きて…」
「ん?なぁに?お兄ちゃんかえってきたの?」
「違うわ…ほら立てる?」
「ん、ぼく歩けるよ」

六太の手を握り、小走りに駆けだす。家に近づくにつれ、鉄臭い匂いがしてきた。それと、微かに聞こえてくる、桜さんの地を這うような声。
桜さんの初めて聞く憎悪を含んだ声に、ただ無心で駆け、急ぎ家を覗くと、……そこは地獄だった。






「………桜さん」

最初に目に映りこんだのは、真正面にいた桜さんと知らない男。
知らない男に前髪を掴まれ、無理矢理持ち上げられた桜さんは、身体中を血の赤で染め、右腕は二の腕から先がなかった。
……意味が分からなかった。

「……桜さん。手、が……血…」

理解しようとしない心とは反対に、頭と身体は正常で残酷な判断を下し、視線を無理やり下へと動かせる。

「お母さん…花子…」

頭や胸は血だらで、目は閉じられ

「竹雄…茂……」

大切に着回していた着物は裂かれ、ピクリとも動かない。

「……うそ、そんな……」

目に映る事象全てが、残酷な「死」を証明する。
それでも信じたくない気持ちが、悪夢である事を必死に願っている。だってたった数十分前までは、一緒にご飯を食べて笑い合っていたのだから。

「おかあさん?お兄ちゃん…お姉ちゃん。……お、おかあさん!!」

目の前の光景に打ちひしがれてた時、六太がお母さんの元に走って行こうとしたのをきっかけに思考を持ち直し、六太を強引に引っ張って背中に隠し、前を見る。

「まだいたか」
「禰豆、子ちゃ、ん逃げて…」

桜さんが息も絶え絶えに、自分の身を差し置いてでも私達を逃がそうとする姿に、覚醒する。

桜さんだけでも絶対に助けなければ。

「桜さん…!!今、助けます!!」

嘘偽りない本心。
素手でも何でも立ち向かう。殴られても、斬られても諦めない。…だからお願い、死なないで。

「ダ、め!逃げて、二人とも、殺されち、ゃう」
「嫌です、嫌です!置いていけません!」

桜さんの言葉を拒絶するように、涙を溢しながら首を左右に激しくふる。
そんな事嫌に決まっている。血の繋がりはなくとも、もう桜さんは家族なのだから。

「状況を見、て。私はもう助か、らない…。早く、後ろを…向いて、逃げて」
「でも……!!!!」
「でもっじゃない!!!」

叫んだ桜さんの口から大量の血がごぼりと溢れでた。

ぁあ…!と声が漏れでる。やめて、もう喋らないで。今助けに行くから。このままでは死んでしまうわ!

六太を後ろに押しやり、助けに行こうとした時、桜さんが大声で叫んだ。









「炭治郎君を一人にしちゃダメ!!!!」

頭にガツンと殴られたような衝撃を覚え、予感めいた直観が思考を占領する。



桜さんは助からない。
そしてこのままでは、私も六太も殺されてしまう。
私が立ち向かった所で、勝率なんて今の惨状を見れば明らか。そして、お兄ちゃんは一人取り残される。
でもここで逃げれば、生き延びる可能性はまだある。


だけど、そう簡単に「はい、わかりました」なんて納得できるはずがない。だって、桜さんは今、生きているのだから。1年前もあんなに重症だった桜さんが回復したように、きっと今回も助かる、かもしれない。今ここで逃げてしまったら、見捨てることと同意義になる。



「早、く、炭治郎…君、と一緒に、…逃げ、て……!」

命の灯火が消える寸前の表情と声で、六太を見ながら「炭治郎君」と言った桜さんの言葉に、悟る。

あぁ、家族が他に居ると知られないように、お兄ちゃんの存在を隠しながら、共に生きて逃げろと言いたいのだろう。
自身が生き延びるよりも、私達を逃がして生かそうとする魂の叫びに、心が悲鳴をあげた。

(桜さん、お兄ちゃん、皆……)

桜さんの状態、桜さんの願い、家族の死、後ろの六太、状況に適した行動、感情のまま動きたい衝動、お兄ちゃんの笑顔、絶望に暮れるお兄ちゃん、家族や桜さんと過ごした日々の走馬灯。あらゆる事が頭を過ぎ去り、覚悟を決める。

時間にしたら、たった数秒。だけど、何時間にも感じた、決断の間。

六太の手を離さないように強く握りしめ、六太を見て言った。

「炭治郎いくよ」

色んなものを天秤にかけ、私は決断した。……してしまった。
















「桜さんごめんなさいっ!ごめんなさい!!」

走り出した今でも、後悔が強く足が鉛のように重い。

「今すぐに引き返して!桜さんを見捨てるの?!」という感情的な部分と、「六太を連れて町まで逃げなきゃ!助けを呼ぶんだ!最善の選択肢を選べ!」という理性的な部分が今だに心の中で激しく喧嘩をしている。

あぁ、本当は今すぐにでも振り返って、桜さんを助けに行きたい。でも、私は選んでしまった。

「うっ、あ、ごめんなさい、桜さん!」

抱えた六太が大泣きしているけれど、あやす余裕はなく、泣き叫びながらがむしゃらに走り続けた。

「…誰か、助けて!お兄ちゃん…!!」
















目印の木まで来た瞬間、背中に衝撃を感じた。

「え……」

急に力が入らなくなり、その場に倒れこむ。反射的に振り返るとあの男がすぐ後ろに立っていた。

「桜さんは……」

問いかけに答えるつもりのない男は無言のまま。けれど男がここにいる、それが答えなのは明白だった。
怒りが一気に頂点まで沸き上がり、六太を抱え込みながら、叫んだ。

「桜さんと家族をかえして!!かえしてよ!」
「稀血ではないが、この際何でもいい」

私の怒りなど意に介さない男が、振り上げる仕草をした。咄嗟に泣く六太をかばうように背を丸める。








衝撃の後に遅れて来た激しい痛みが全身を駆け巡る。痛みに血を吐き喘ぎながら六太を見ると、先程まで大泣きしていた六太はぴたりと泣きやんでいた。

「ろく、た…、っ」

呼吸もしていない。

「どーーかが、ーーーーにーーば」

男の声が遠くに聞こえ、視界も黒色にぶれ始める。

(死にたくない。……死ねない。せっかく桜さんが自分を犠牲にしても、逃がしてくれたのに。このままじゃ桜さんの願いも無駄になる。お兄ちゃんが一人になっちゃう)

「おにい……ちゃ、……」












※大正コソコソ噂話※
桜さんへのプレゼントは、
炭治郎→薔薇のネックレス
禰豆子→ご馳走、炭治郎と二人きりにする作戦?
竹雄→ちょくちょく集めてた野花の種(袋にいれて、トトロのかんた君みたいな渡し方してくる)
花子→花子を1日自由に出来る権利(プレゼントはわ☆た☆し☆)
茂→隣町の友達とトランプゲームをした時の優勝賞品、隣町限定商品券(お菓子買おうとしたけど、夢主のためにとっておいた)
六太→桜と花畑のイラスト(ただし、人面犬が花を咥えてるみたいな絵)
葵枝さん→白黒市松模様の羽織(包囲網が大胆になってきた)

関連話 8185


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