81:誰ソ彼

「炭治郎君遅いね…」

逢魔が時。寒さに手を擦りながら、禰豆子ちゃんと共に家の前に立って炭治郎君の姿を探すけれど、一向に帰ってくる気配はない。得策でないと分かっていても、先ほどの話が頭を過り、今すぐにでも探しに飛び出してしまいそうだった。


「多分、三郎さんの家に泊めてもらっているんだと思います…」
「きっとそうだよね…」

炭治郎君は前に何回か、三郎さんの家に泊まって朝に帰ってきた事がある。人望に厚く人に好かれる炭治郎君は、よく町の人につかまっていた。ちょっと家に寄ってきなよとか、おばちゃん達の井戸端会議に付き合ったり、困ってる人の頼み事を心良く引き受けたり。それで帰りがつい遅くなってしまうのだ。そうして家に帰ろうとすると、必ず三郎さんに引き留められるのだと、炭治郎君は困ったように笑っていた。

「あぁ見えて三郎さんってすごく心配症だよね。ちょっとでも日が暮れそうになると、すぐ怒るんだもん。こんな顔して」

今回も同じようなパターンで、三郎さんの家に泊めてもらっているのだろう。努めて明るく声を上げ、三郎さんの怒り顔を真似すれば、禰豆子ちゃんは小さく笑った。

「……寒いし、中に入ろっか」

空に溶け込む二人分の白い息が真冬の寒さを物語っている。このまま外で待って居ても風邪を引いてしまうだけなので、禰豆子ちゃんの手を引いて、暖かで安全な家の中へと戻った。













そろそろ就寝という時間帯にも関わらず、六太くんが肩を上下させながら、しゃくり泣く声が部屋に響き渡っていた。

「六太君泣かないで〜?ね、私じゃだめかな?」

六太君の背中を撫でながら、あやす様に顔を覗き込むと、プイッ!と顔を背けられた。

「や!!きょうは、お兄ちゃんと、一緒に、ねる、やくそくした、もん!お兄ちゃんと、じゃなきゃやだ!!!」
「じゃあ、お母さんは?葵枝さんが一緒に寝たいって」
「だめ!!お兄ちゃんが、いい!」

そしてまた、大きな声で泣き始める。抱っこして揺すってみても効果はない。初めてみる激しいぐずりに、どうしようかと困惑していると、禰豆子ちゃんが横から声をかけてきた。

「六太はこうなると、外で寝かしつけないとおさまらないんです」

そのまま六太君を私から貰い、あやしながら背負う。

「あの日もこんな天気だったから……。六太を寝かしつけきます」
「え?今から外に行くの?!寒いし危ないよ?」
「家の周りだけなので大丈夫です。少し歩いたらすぐ帰ってきますから」

外に行くと聞いてから、しゃくり泣く声が少しだけ小さくなった。不安になりながらも、家の周りだけなら大丈夫だよねと、禰豆子ちゃんに羽織を着せ、未来の温度調節ができるハンカチを握らせて、六太君の頭を撫でた。

「暗いから気を付けてね」

直ぐに戻ります。と笑って、禰豆子ちゃんは暗く寒い外に出ていった。









禰豆子ちゃんと六太くんが外に出てしばらく経った頃。皆と布団の上でお話をしていると、出入口の戸がガタガタと音を立てた。
竈門家の戸は古くて建付けが悪い故に、突っ掛かりがあり開けにくい。けど、上げながら押すように引くというコツを掴めば、一回の動作で簡単に開く。私含め竈門家の皆はそのコツを身体が記憶しているので、意識せずとそれが出来る。よって、禰豆子ちゃんと六太くんではない事は確かだった。

「こんな時間にダレですかね?」

皆で首を傾げ合う。

「私、見てきます」

立ち上がって戸の前に行き、開けようと手を伸ばした瞬間。衝撃音が耳を掠め、頬に痛みが走る。遅れて風圧で髪の毛が風に浮いた。
無意識に頬に触れれば、手の平に僅かな血がこびり付く。
後ろを振り返ると、誰が来たのか気になって見ていたのだろう、障子戸から覗くような姿勢のまま呆然と固まった皆の下側に、戸が転がっていた。

突然すぎて誰も何も言えない、動けない中、ゆっくりとした動作で前を向く。
見上げた先には、青白い顔をした男が、不機嫌そうな顔つきでこちらを見下ろしていた。


戻ル


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