102:そうだよね。誰だって大好きな人には笑顔でいて欲しいよね

お父さんが亡くなって数日後の雪舞う日。私は、家の外でお兄ちゃんと向かい合っていた。

「謝らないでお兄ちゃん。どうしていつも謝るの?」

お父さんの治療費や看病で炭売りに行く頻度が少なくなってしまった事、最近売れ行きが芳しくなかった事が重なり、お金が底を尽き、保存食も残りわずかになってしまった時だった。二人で外に炭を取りに行った際に、お兄ちゃんの最近の口癖「ごめんな、禰豆子。苦労かけてばかりで。……ごめんな。綺麗な着物も、年頃の楽しみも美味しい物も食べさせてやれなくて」がまた出て、思わず溜まっていた物が噴出した。

「貧しかったら不幸なの?綺麗な着物が着れなかったら可哀そうなの?そんなに誰かのせいにしたいの?お父さんが病気で死んだのも悪いことみたい。精一杯頑張っても駄目だったんだから、仕方ないじゃない。人間なんだから誰でも…何でも思い通りにはいかないわ」

お兄ちゃんは眉を下げ、黙って私の話を聞いていた。
お兄ちゃんが居てくれるから、お兄ちゃんがお兄ちゃんだから皆頑張れるんだよ。貧しくたって、綺麗な着物を着れなくたって、私達は幸せなの。家族がいればそれで幸せなの。

「幸せかどうかは自分で決める。大切なのは今なんだよ。前をむこう、一緒に頑張ろうよ。戦おうよ」

真冬の空気で冷えた涙が頬を伝う。

「謝ったりしないで。お兄ちゃんならわかってよ……。……私の気持ち分かってよ」

感情が制御できなくなった言葉に、お兄ちゃんは「ごめんな禰豆子。でも…」と続けてある言葉を言った。


























今日も賑やかな夕飯後。
東の町で桜さんとお兄ちゃんが材料を買って作ってくれた洋食と、お土産のパンケーキといちごジャム。案の定美味しいからと食べ過ぎた竹雄と茂を、お母さん、花子、桜さんが看病しながら、わいわいと大騒ぎをしている。私とお兄ちゃんは、その横で片付けの最中。

「お兄ちゃん謝らなくなったよね」

食器を洗いながら言うと、隣のお兄ちゃんは困ったように笑った。

桜さんが家に来る前までは、お兄ちゃんはあの後も何度か謝り、その度に私は謝らないでと言い、その度にお兄ちゃんは、あの言葉を言った。

《ごめんな、禰豆子。でも……それでも俺は、家族や禰豆子には、綺麗な着物を着せてやりたい、美味しいものを食べてさせたい。そう思うんだ》

「お兄ちゃんのあの言葉、今なら真っすぐに受け止められるよ」
「?」
「桜さんがね、同じような事を言ってて気付いたの」
「桜さんが?」

















あれは、桜さんと初めて東の町に訪れ宿に泊まった日。桜さんとお同じ部屋での、寝る前のちょっとした会話。

「今日見たピンク色のワンピース可愛かったね〜。絶対に禰豆子ちゃんに似合いそうだった!」
「ふふ、まだ言ってるんですか。それに私はあんなに短い丈の巻物恥ずかしくて履けないです…」
「もったいない!絶対に似合うよ!それに未来だともっと短いスカートが普通だったよ。太ももまで見えるやつ」
「それは……、しゃがむと見えませんか…?」
「見えるから、見えないように頑張ってた」
「大変なんですね…」
「おしゃれに苦労は付きものだからね。あぁ〜、禰豆子ちゃん、花子ちゃん、葵枝さんにもおしゃれの楽しみを味わってほしい…!その為にも花売り頑張るぞ…!」

とポーズを取りながら桜さんは、明るく言った。

桜さんは、お父さんの事を詳しく知らない。血のつながった家族でもない。治療費も全部返済したと言っていた。だけど、こんなにも私達の為に頑張ってくれている。美味しいものを沢山食べて欲しいと、お洒落をさせてあげたいと言ってくれる。罪悪感からでないその明るい姿と言葉が、お兄ちゃんと重なった。

「………………」

この時、深く理解した。
お兄ちゃんも桜さんも、「大好きな人達に喜んでほしい」「大好きな人達に笑顔でいてほしい」「もっと幸せでいてほしい」だからその為に自分は頑張る。そんな気持ちで言っただけなんだ。それは、裏なんか一つもない純粋な愛。

「あ、そうだ。お布団どっち側がいい?入口側?窓側?好きな方選んで〜」

布団を敷きながら、楽しそうに笑う桜さんを見つめながら、ある事を思い出していた。昔、お兄ちゃんが「生活は楽じゃないけど幸せだな」と言っていた事を。

お兄ちゃんは自分が長男だからと、いつも私達のために頑張ってくれた。それは身に染みて分かっている。だけど謝られると、私達が負担のようだと言われているようで悲しかった。
綺麗な着物なんかいらない。ご飯だって食べれる分だけあればいい。仕事も皆で分担すればいい。ただ私達がいる。それだけで幸せなんだと、そういって笑っていて欲しかった。私は、大好きなお兄ちゃんと一緒に頑張っていきたい。

その気持ちを分かって欲しかった。

「………」

お兄ちゃんは不幸や可哀そうって気持ちで言ったのではなく、もっと私達を笑顔にしたかっただけなんだ。よく考えなくても分かる事だったのに、私はそれを勘違いしてしまっていた。気持ちを分かってあげれなかったのは、私も一緒だったね。

ごめんねお兄ちゃん…。ううん。ありがとう、お兄ちゃん。

「え、どうしたの?」
「……桜さん」

ありがとう。桜さんがうちに来てくれて良かった。こうして気付けた事、家族皆に笑顔が増えた事。私達の為に頑張ってくれる事。私達を愛してくれる事。
満開に咲く花が、あたたかい春を私達家族に運んでくれた。

「ん?」

不思議そうにする桜さんに抱き着く。

「禰豆子ちゃん?」

すると、桜さんの握っていた種や近くに置いてあった種が花開き、私と桜さんを色とりどりの花が囲んでいく。

(今ので幸せを感じちゃうくらい……私の事大好きなんですね)

桜さんが頭を撫でてくれるのが気持ちよくて、甘えるように胸元に頬をこすりつけ、私も貴女の事が大好きですって気持ちを込めて笑った。

「あったかい…」

今日くらいは甘えてもいいよね。


















「お兄ちゃん、ありがとう。私、前も幸せだったけど、今ももっと、もっと、すっごく幸せだよ」
「禰豆子…」

一人で思い出して満足し、桜さんとの事は話さずにお礼だけを伝えた。それでも、お兄ちゃんは目を潤わせ感極まったように声を震わせた。

「桜さんと髪形を変えてお買い物に行くのすごく楽しい。美味しいご飯も沢山食べれる。家族がいつも笑ってて、…私…、幸せ」

洗い終わった食器を置いて、お兄ちゃんを見つめて笑う。

「ありがとう」
「俺もだ…禰豆子。………ありがとう」
「いつか、私が結婚する時は綺麗な白無垢と豪華なご飯沢山用意してね」
「そ、それは気が早すぎじゃないか?!」

お兄ちゃんが焦ったようにお皿を落とした姿に、つい声を出して笑ってしまった。












※大正コソコソ噂話※
これは夢小説と言っていいのだろうか……?
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