104:お兄ちゃんを一人にしない。だから

なんだか、自分が自分でないような 不思議な感覚。眠る寸前の意識を失う前の様な朧気な思考。ここはどこ?とぼんやりと見渡すけど、視界が黒色以外に染まる事はなかった。

光源はなく、何も見えない真っ暗闇の中なのに、何故か近くに大きな怪物が潜んでいるのが分かって、怖くて身体を縮こませた。




少しすると、目線より上の空間に小さな窓が二つ生まれた。その窓には、お兄ちゃんが誰かに襲われている姿が映し出された。


助けないと。


そう思ったけれど、今にも消えてしまいそうな意識と、暗闇の中を暴れだした怪物が怖くて動けない。


お兄ちゃんにげて、だれかお兄ちゃんを助けて。


暗闇から祈りながら窓を見ていると、あれ?と気付く。お兄ちゃんを襲っているのは私だ、と。


いやだ、なんで、私は、お兄ちゃんを殺そうとしているの。いやだ、殺したくない。けど、なんでだろう、お兄ちゃんがおいしそうにみえるの。はやくたべてかいふくして力をつけなきゃ。にんげん、たべなきゃ。












「禰豆子!」

暗闇に、一筋の陽光が差し、私…竈門禰豆子としての意識が戻る。

「頑張れ禰豆子!」

お兄ちゃんの声がする。私に必死に語りかけてくるお兄ちゃんの声が、暗闇で暴れ回る怪物を陽光で照らし退治していくようだ。

「こらえろ頑張ってくれっ!」

あぁ、お兄ちゃん……、あのね。あのね、沢山聞いて欲しいことがあるの。お母さんも竹雄も花子も茂も六太も、桜さんもあいつに殺されたんだよ。
ねぇ、苦しいよ、辛いよ、胸が張り裂けそうだよ。皆さっきまで笑っていたのに、おかしいよね。もう一緒に居れないなんて、信じられないよね。

「鬼なんかになるな!しっかりするんだ!」

私は家族と一緒に過ごせる、それだけで幸せだったの。それだけで良かったの。なのに、あの男が全て壊していった。家族と桜さんの命を奪っていった。あの男はきっとおばあちゃんが話していた鬼よ。

「頑張れっ」

ねぇ、お兄ちゃん。怒らないで聞いてくれる?私、桜さんに逃がしてもらったのに、六太を守る事も出来ずに、お兄ちゃんを一人にしちゃダメだって言われたのに、一人にするどころか、私、お兄ちゃんを殺そうとしている。………駄目な妹だね。









「頑張れ!」

……ううん、違う。そんなのだめ。私は、諦めない。……私は鬼になんかなりたくない……。私はお兄ちゃんを殺したくない…。もうこれ以上家族を失いたくない。


「頑張れ、禰豆子!!」
「「「頑張れお姉ちゃん!」」」
「頑張るのよ、禰豆子」
「頑張るんだ、禰豆子」
『炭治郎君を一人にしちゃだめ!』


お兄ちゃんの声と家族、桜さんの声が重なり太陽……あたたかく、こわくない太陽へと変化した。太陽の光が暗闇で暴れまわる怪物を奥底へと抑え込む。

もう大丈夫。怪物は怖くない。まだ真っ暗闇だけど、あたたかい太陽が、行き先を照らしてくれる。光に導かれるように、小さな二つの窓の前まで歩いて、窓に触れて誓う。


「私は、お兄ちゃんを殺さない。守る」














お兄ちゃんの顔に幾つもの透明な雫が落ちて、お兄ちゃんの瞳から溢れ出す雫と混ざり合った。

「……禰豆子」

ねぇ、お兄ちゃん私の懺悔を聞いて。私ね、あんなに私達を愛してくれた桜さんを、大好きな桜さんを、家族の一員だった桜さんを、………まだ生きていた桜さんを…………置き去りにして逃げちゃったの…!!まだ生きていたのに。もしかしたら、私が助けていたら結末は変わっていて、生きていたかもしれないのに。ごめんなさい。ごめんなさい…。
それに、私がもっと早くに家に帰っていたら、お母さんも竹雄も花子も茂も六太も死ななかった未来があったかもしれない。桜さんが、お兄ちゃんを追いかけて隣町に行こうとした時、家族皆で追いかけていけば、私達は今も笑いあっていたのかな?

苦しい、苦しいよ。もう戻れない日々があることがこわいよ。もう皆に会えないのが辛いよ。


でもね、過去は変えれない。


だから私は、家族を失った悲しみも、桜さんを見殺しにした罪悪感も、全部抱え込んで強さに変える。お兄ちゃんを一人にしない。守るよ。だからお兄ちゃんも、








私を一人にしないで。




戻ル


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