98:鬼が出るぞ
80話・
81話の炭治郎側の話。原作1話のお話です。
「こら炭治郎。お前山に帰るつもりか」
日が暮れた宵闇の中。三郎爺さんの家の前を通りがかった時、叱られるように呼び止められた。
「危ねぇからやめろ」
「俺は鼻が利くから平気だよ」
「うちに泊めてやる、来い、戻れ」
「でも…帰らないと」
言いながら身体を家の方角に向けて、歩き出す。過去に何度か遅くなった時にも泊めてもらった事はあるが、明日は桜さんの誕生日。今日中に帰りたい、その強い気持ちが分かったのか、三郎爺さんは更に語尾を強めた。
「いいから来い!」
全身が総毛立つような凄みある表情と匂いに、足が完全に止まる。
「鬼が出るぞ」
その言葉が、嫌に記憶に残った。
「ごちそうさま」
箸を置き、お茶を口に流し込む。
「なぁ、三郎爺さん。……鬼ってどんなだ」
ふとした疑問に、三郎爺さんは押し入れから布団を出しながら、自身の昔話を語るように話し出した。
「昔から人喰い鬼は日が暮れるとうろつき出す。どんな屈強な男でも、西洋の武器でも鬼には敵わなねぇ。家族諸共そのまま殺され喰われる。だから夜歩き回るもんじゃねぇ」
それでも、今日中に帰りたかった俺の気持ちを察してか、布団を引き終え背を見せた恰好で、少しだけ気遣う口調で言った。
「食ったら寝ろ。明日早起きして帰りゃいい」
鬼は夜に出る。だから夜歩き回ってはいけない。なら家の中は安全なのか?
「…鬼は家の中には入ってこないのか?」
布団の中で横になりながら聞くと、すぐさま答えが返ってきた。
「いや、入ってくる」
「じゃあみんな鬼に食われちまう」
「だから鬼狩り様が鬼を斬ってくれるんだ」
「鬼狩り様……」
「昔から…な。……明かり消すぞ、もう寝ろ」
窓から僅かに差し込む月明かりがぼんやり光る、薄暗い室内。
腹も満足に膨れ、今日の疲れを癒す厚みのある綿布団に満ち足り、うつらうつらと重たくなる瞼と思考の中、思う。
鬼がどうのこうのと言っていたのは、三郎爺さんは、家族を亡くして一人暮らしだから寂しいんだろうな、と。今度皆で遊びに来た時、怖がらなくても鬼なんかいないよ大丈夫。そう伝えてあげよう。…そう思う一方で、でも……とも思う。
(人喰い鬼の話…。祖母ちゃんも死ぬ前に同じことを話していた)
子供を躾けるための方便、嘘だと思っていたが、同じことを話す三郎爺さんからは嘘の匂いはしなかった。妙な違和感を感じながらも、鬼なんておとぎ話の中だけの存在だろうと結論付け、思案から睡眠へと割合を傾ける。
(今頃、桜さんや皆は寝ている頃だろうか……)
首飾りを貰って幸せに笑う桜さんを想像をしながら、ゆっくりと瞼を下ろした。