羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「ミナトとは仲良くやってる?」
「んー? お前と飲み行くっつって快く送り出してもらえる程度には仲良くやってるけど」
 オレはミナトがいても全然よかったのに、となんでもない風に言って焼き鳥を口に運ぶキイチは、案外おれと二人きりのときは静かな奴だ。もう二十年以上付き合いのある幼馴染なので、お互いにいい意味で気を遣わなくて済む。
「兎束さんが言ってくれたんだよ、『俺がいない方が気楽に話せるようなことは絶対多いし、そこに割り込もうとは思わないよ』って」
「お前をガチで好きになる奴ってみーんなそんな感じだよな。気遣い屋っつーか変に物分かりがいいタイプ。アキラにとって都合のいいように頑張って振る舞おうとしちゃう系」
「んなことおれに言われても……」
「まあお前がそうとしか言えないのは分かるよ、たぶん同席させたとしても、自分がいたせいでちゃんと楽しめなかったかも〜って不安になっちゃう感じじゃん?」
 おれが説明しなくても大体分かってくれるので説明が省けて有難いのだが、明らかに面白がられているのはちょっと不満だ。おれはともかく兎束さんについてそんな訳知り顔で色々言われるのもなんか嫌だし。
「拗ねんなって。お前マジですぐ顔に出る」
「出てない」
「出てるわ。認めとけそこは。お前の恋人なのに知った風な口利いてゴメンネ」
「お前さぁ……そこまで分かってて敢えて言うのは性格悪くね?」
 キイチはからからと笑う。「お前やっぱ変わったわ」と言って。
「昔はさ、恋人のそういうとこうっすら面倒がってたし、オレが似たようなこと言っても流すか同意するかしてたもん」
「そうだったっけ?」
「覚えてない辺りドライだよなー」
 そう、キイチはちゃんと分かってる。おれは人と喋るのが好き。人懐っこい……と、よく言われる。でも、実は本来そんなに情に厚いわけではないのだ。『割と冷めてる』とキイチはおれを評する。そうだな、と思う。基本的に面倒事は嫌いだし、去る者は追わずの精神だから。それで生きてこられてしまったから。
 たぶんみんな、おれと一緒にいてたくさん我慢することあっただろうな。
 今となっては申し訳ない。“おれがそう言った”から決まったことがきっと数多くあって、それどころかおれが何も言わなくても周りがおれに合わせてくれていたことも。おれが強制したわけではないにしろ、もっと自分の性質をコントロールできていれば、と思うことは今でもある。
 例えばおれがいなければ、みんなで行くランチにエスニックや韓国料理なんかが候補に挙がっていたかもしれない……とか、その類のこと。小さなことから大きなことまで。
 みんな、おれが好きだから苦ではないと言ってくれる。敢えて合わせているといった意識はない、とも。でもやっぱり、おれがいたから、ではあるのだ。みんなおれを好きでいてくれて、好きだから自主的におれに合わせてくれる。
 キイチ辺りは、『今日はお前がオレに合わせろよ』って言ってくれるから、そういうのが嬉しかったりする。そういうところが好きだなって思う。
「キイチ」
「んー? どした?」
「いつもありがと」
「タイミングが謎! まあね? 毎秒感謝してくれても構いませんが?」
「調子乗んな」
 机の下で靴を蹴ったらキイチはまたからからと笑った。おれのせいで一番嫌な思いしてるのはこいつのはずなのに、それでもまだ笑ってくれるのだからこいつこそかなり情に厚いタイプだと思う。昔からこうだった。一緒にギターやろうぜって言ってくれたのもキイチだし、おれの作った曲を最初に褒めてくれたのもキイチだし、お前の作る曲絶対みんな好きだから、って言って高校に入ってすぐバンド加入の算段をつけてくれたのもキイチ。明るくて優しくて、人のために動ける。咄嗟の判断で人を庇える。だからおれは掛け値なしに、こいつのことを世界で一番かっこいい人間だと思っている。
 もしこの先の人生、こいつが腕に残った火傷の痕で嫌な思いをするようなことがあったなら、そのときはおれが全力で、キイチがどれだけすごい奴なのか伝えたい。こいつにしてもらったことの半分も返せていない気がするけれど、そのくらいは頑張りたいのだ。
「キイチはさー……なんで兎束さんに声掛けたの、あのとき」
「あー、最初に話したとき? 前に軽く言ったかもだけど、お前がミナトのこと好きなの察しちゃったからっつーのと、あとはガチでミナトの身の安全を心配したから」
「あー……」
「オレもあれがきっかけでお前に言いたいこと大体言えたしサンキューって感じだったけど」
 そういえば、おれ抜きで話したんだよなこいつもタキも。いいないいな。兎束さんと何話してたんだろ。詳しく聞いたことはなかったけど気になる。
 ちょっとつついてみると、「そんな特別なことは話してねえよ? みーんなアキラのことが好きだねーって言ってただけ」とあっさり返ってきた。な、なにそれ……普通に照れる……。
「お前が好きになった相手だから、オレも独自に好感度探ってやろうかなって思ったんだけど……思わず舌打ちしたくなるくらいにはお前のこと好き好き〜って感じで可愛かったわ」
「ハ? 見たかったんだけどそれ」
「つってもあの感じだと普段から別に隠せてはいなくねえ? お互い気付いてなかったのが謎すぎ」
 それはまあ確かに今思えばそう。なんで気付かなかったんだろう、って感じ。
「兎束さんがおれの想定よりもだいぶ自己評価低かったんだって……おれの気持ち気付いてると思ってた」
「あーね。ミナトは見た目に似合わず根暗だよね、好かれてる自覚ナシ。オレが若干……まあ……余計なこと言ったかなみたいなとこはあるけど……」
「……あ? もしかしておれが博愛主義みたいなこと言った?」
「え、何それ。アキラは他人に対して『好き』がデフォだから色んな奴に勘違いされるけどそんなん特別でもなんでもないのに〜みたいなことは言った」
「兎束さんが勘違いしてたのお前のせいじゃねーか!」
 そんなこと言ってたのかよお前。その発言がなかったらあとひと月……いやふた月は付き合うの早まってただろ。
「そこは見解の相違っつーか……オレは『アキラにとって好感度七十くらいは普通』って伝えたつもりだったワケよ。ミナトには百二十くらい好意が向いてるように見えたからそう言ったんだけど」
「じゃあ百二十の部分も伝えろや」
「人任せの告白はダサいんじゃないですか〜?」
 んむ。確かにそうかも。でもなー、好意は伝えてたつもりだったんだよなあの時点で……まあぜんっぜん伝わってなかったけど……。
「……人間関係難しくね? 兎束さんもだけどお前もさー、どうやったらそんなマトモに人付き合いできんの。っつーかなんでおれはこんなトラブルばっか起こしちゃうの……」
「その辺りは考えても無駄だって結論出ただろー? ペンギンは空飛べないからって悩まねえんだよ。それに今の会社入ってからはトラブル起こってないじゃん」
「それもそうだわ。おれ頑張ってる?」
「頑張ってる頑張ってる。お前はえらいねー」
「……、幼馴染の男に褒められて嬉しくなっちゃうのおれ頭おかしいのかもしんねえわ……」
「急に冷静になるんじゃないよ」
 笑いながら肩の辺りをぺちっと叩かれる。長らく音信不通にしてしまっていたのが嘘みたいな距離感だ。
 昔から、幼馴染との距離が近いと周囲によく言われてた。確かにお互い身体的接触が多いタイプなのは自覚してる。飲食店で四人掛けの席に二人で通されたら、向かい合うんじゃなくて隣に座る。その方が声が聞きやすいから。
「オレもさ、幼馴染の男の世話焼くのが意外に楽しいのヤベーよなってたまに思うよ」
「なにお前、おれの世話焼くの楽しかったの?」
「まあそれなりに? 世話したらした分だけ喜んでくれるからやりがいあるんだよなー」
「お前……お前はさー……なんだろうね、いい親になりそうだよね……」
「え、お前自分の世話の焼かれ方が親から子へのものと似ていることに気付いていらっしゃる……?」
「言葉の綾だわバカ! 誰が親子だよ!」
 ちょっと誕生日が早いからって年上ぶりやがって……クソ……。
 実際かなり世話を焼かれてきたのは事実なのであまり強く言えないが、おれだって立派な成人男性なわけで。もう十年近く一人暮らしを続けているわけで。……まあ家事は全然できないけど! それはそれだし!
「ンなことよりさー、お前いつまでミナトのこと名字にさん付けで呼んでるワケ? 晴れて恋人になったんでしょ?」
「えー……呼びたい気持ちはめちゃくちゃあるんだけど、ほら、おれ絶対会社でもうっかり下の名前で呼ぶもん……兎束さんそういうの嫌がりそうだし」
「うわ確かに呼びそ〜! そんでミナトが公私混同嫌がりそうなのもめちゃくちゃ分かるわー」
「兎束さんはちゃんと使い分けできるタイプでしょ。でもおれにはできないと思うんだよね……それで嫌われちゃったらヤダ……」
 おれは真面目に悩んでいるのに、キイチときたら「お前マジで成長したな……」と謎目線の感想を呟いている。なんなんだよ。
「まあ、お前がミナトにフラれたらそのときはみんなで慰めてやるから!」
「縁起でもねえなお前はほんとに!」
「んはは。お前がそうやって真面目に悩んでること、変に隠さず伝えればいいんじゃねえの? どうせお前隠し事ド下手なんだし、全部ぶちまけたら後はミナトの反応次第でしょ。お前らの場合一人でぐだぐだ悩むより考えを共有した方が解決早いと思う」
「……なんで急に有用なアドバイスをしてくるんだよ……好きだ……」
「まぁじでー? オレもオレがちょー好き。っつーかこの際だから言っとくけどお前らオレを挟んで悩むのやめろ。オレを通さず直接ご本人にお願いします」
 意味が分からなかったのでどういうことなのか聞いてみると、「なんかミナトもお前とのこと相談してくるんだよ」とのことで。……初耳なんだけど!?
「たぶんミナトはあれだよな、オレがお前のことならなんでも知ってると思ってる」
「おおむね正解」
 キイチは、バカだなぁ肯定してどうすんだよ、と呆れたように笑った。
「これからはミナトしか知らないお前がどんどん増えてくんだから、ちゃんとそのつもりでいろよ」
 どきっ、と心臓が跳ねる。そうだ、この先のおれの人生、兎束さんの占める割合がどんどん大きくなっていくんだ。好きな人と一緒に過ごす時間が増えるのって嬉しい。過ごした時間の分だけ兎束さんについて知っていることが増える。ということはつまり、兎束さんだっておれのこと、たくさん知るようになるってことだ。
 あ、どうしよう。
 今すごくどきどきしてる。
 自分の中の感情が上手く消化できずに黙っていると、キイチがおれを見て目を細めた。
「いいねーその表情。オレはさ、もうずっと前から、お前がいつか心底好きになれる相手を見つけられたら嬉しいなって思ってたんだよ」
 幸せそうにしちゃってまあ、なんておどけたような口調におれはつい笑ってしまった。
 そっか。おれ今すごく幸せなんだ。
「あー…………今すぐ帰って曲作りてえ……」
「正直すぎかよお前! せめて心の中だけの声にしとけそれは!」
 おれの背中を叩いてくるキイチは、言葉とは裏腹にちょっと珍しいくらいの満面の笑みを浮かべていた。その笑顔を見て改めて思う。おれって人間関係トラブル続きだったけど、しんどいことたくさんあったけど、それでも――おれの傍にいてくれる人たちみんな、いくら自慢しても足りないなって。

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