羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 夢心地のまま、フルスロットルでぐちゃぐちゃに甘やかされた。ブレーキをかけることを放棄した三浦さんは冗談抜きですごかった。「あのね、今まで内緒にしてた兎束さんの好きなとこ聞いてくれる?」と言いながら、こういうとこが好き、こういうとこも好き、ってまるで大切な宝物を披露して得意気な子供みたいに、ひとつひとつ俺にゆっくり言い聞かせた。そのくせこちらを見つめてくる瞳にはしっかりと熱が灯っていて、とてもじゃないけど子供扱いなんてできない。
 時折、羽が触れるみたいなキスを目元に落としてくる。頬を優しくなぞって、髪を梳いて、蕩けるような笑顔を向けてくる。何度も、何度も。
 いや、あの、待って、これ以上はやばいほんとに! 自制できなくなるから!
「……っみうら、さん」
「なあに?」
 ぞくぞくっ、と背筋が震えた。顔が熱い。
「あ、の、……CD! CD聴きたい! ここで! 今すぐ!」
 咄嗟に口をついて出てきた言葉は、けれど自分の中でも納得のできるものだった。せっかく貰ったんだからすぐ聴きたいし、音楽環境的にも俺の家より三浦さんの家で聴く方が何倍も音がいいはずだ。
 三浦さんは、「もっといちゃいちゃしたかったのに」とは言ったものの前のように拒否するでもなく素直に頷いて準備を始めてくれる。さっきまでのどろどろに甘い空気は霧消した。……三浦さんが素直な人でよかった、ってもう何度も思ってるよ。ありがとう三浦さん。
「ミックスで聴きまくったからもう自分じゃいいのか悪いのか分かんなくなってるんですよね……」
「ちなみに選曲基準はどんな感じ?」
「兎束さんが特にこれよく聴いてるーってプレイリスト送ってくれたでしょ。カバーのやつ。とりあえずそれは絶対入れるって思ってました。あとはおれの気に入ってるやつとか」
「えっ……や、やっぱカバー聴いてたの怒ってた?」
「だから怒ってないですって。でもほら、せっかく好きな人におれの作った曲聴いてもらえるのに、ボーカルがおれじゃない男の声なのはちょっと癪じゃないすか」
 ちゃんとおれの声で上書きしてね、と微笑まれてどきどきしてしまった。顔が熱くなっていくのが分かったけれど敢えてなんでもない風な顔をしてみせる。含み笑いされた。……もう。意地悪だ。
 にしても、自分で作って歌った曲をプレゼントにするとか文句なしにかっこいいじゃん……。一歩間違えたら盛大に事故りそうなのに、三浦さんってこういうとこ勝負師だよな。それだけ自信があるってことだし、彼は自分の作ったものが本当に好きなのだろう。いいな、と思う。
 何曲収録されているのか聞いてみると、十二曲とのことで。それだけの量を一から録音するの、どれだけの時間と労力がかかったんだろう。申し訳ない気持ちになると同時にどうしても嬉しくなってしまった。だって、俺のためにそれだけの時間と労力を費やしてもいいと思ってくれたってことだ。俺にプレゼントを贈るという行為が、三浦さんの中でそれだけ大きかったってこと。
 ……十二曲ってことは、一曲五分弱としてあと一時間くらいは三浦さんと一緒にいられる。
 そんな、ちょっとずるい計算をしつつ。
 三浦さんがCDを大事そうにコンポにセットするのを、俺は静かに見守っていた。

 もしかしたら感動して泣いちゃうかもな、って思ってた。でもそうはならなかった。
 これは完全に想定外だったんだけど、歌があまりにも上手すぎて涙が引っ込んだ。三浦さん、歌、うっめえ……。
 あまりにも歌が上手いともう『歌が上手い』という感想しか出てこないらしい。初めて知った。本当はもっと色々あるはずなのに……とにかく歌が上手い……。
「え、なんか期待してた反応と微妙に違うとこに着地してる気がするんですけど。おれの渾身の特技にもっときゅんとしてくれません?」
 三浦さんは高そうなパッケージのフィナンシェをもぐもぐしている。どうやらCDの代わりの保険もしっかり用意していたらしい。俺としては出番がなくて一安心だ。
「ごめん、想像のはるか上に上手くてきゅんとかより驚愕が先にきちゃった……何をどうやったらこんな上手くなるの……?」
「あー……遺伝九割ボイトレ一割です。家族全員音楽やってる。SE選んだおれが寧ろ異端なんですよね……物心つく前から割とみっちり仕込まれてたんで」
「そんな昔から頑張ってたんだ。すごい……」
 心からそう呟くと不思議そうな顔をされる。「遺伝九割って言ったのに」俺は思わず笑ってしまった。三浦さんがそれ言うの?
「元々向いてたとしても、それで三浦さんが努力しなかったことにはならないじゃん。三浦さんも俺のこと努力家だねって褒めてくれたのに忘れちゃった?」
 じわ、と三浦さんの目元がほんのり赤く染まったのが嬉しかった。俺はいい気分のまま目を閉じて耳からの情報に集中する。
 三浦さんの歌声は、激しい曲調でもどことなく甘い。聴いてて安心できるような、時折どきっとさせられるような……表情のある声だと思った。ハイトーンの音も余裕たっぷりに出すし、かと思えば曲によってはがなるような歌い方もする。元々歌が上手いっていうのはそうなんだろうけど、才能の上にちゃんと技術も載ってる感じ。なんだろう、上手さを使いこなしてる……って言えばいいのかな。たくさん練習を重ねて、テクニックを自分のものにしたんだなって思った。機械に歌わせてたやつと比べると、曲が盛り上がるところでアレンジが入っていたりして知ってる曲なのに新鮮に聴くことができる。
「……あ。これ最近投稿してたやつだ」
 やがてCDも終盤に差し掛かって、近頃よくリピートしていた曲が流れてきたからつい嬉しくなって言及した。んー、歌い方もなんかちょっと可愛い感じ? キー高めで歌いにくそうな音域なのにさらっと歌ってるのほんとにすごい。
「兎束さんが気に入ってくれてたっぽいので録りました。おれもお気に入り」
「そう、三浦さんの曲の中ではちょっと珍しい感じで印象強いんだよな。キャプションもさ、好きな人が自分の好きなものを覚えててくれたら嬉しいとかそういう……――」
 言ってる途中で気付いて言葉が途切れる。ちょっと待って、えっと、もしかして。
「……あのキャプションって俺のことだった……?」
「そうですけど。初めてプログラミング教えた日、ココアとチョコ買ってきてくれたでしょ。あれ、嬉しかったから」
「うわ! は、恥ずかしい……!」
「創作活動やってる奴なんて大体恥ずかしいですよ」
「いやあの、三浦さんがどうこうっていうより、俺が題材だったことも恥ずかしいしそれに気付かずに『三浦さんの実体験なのかな』とかもやもやしてた自分が一番恥ずかしい……!」
「初耳なんですけど。そんなこと考えてたの? 言ってくださいよ」
「言えるわけないじゃんこんなの……」
 これが言えてたらさっさと告白もしてるだろ。
「兎束さんっておれが思ってるより結構おれのこと好きですか?」
「そ、……あのさあー……言わせないでくんない……」
「言いたくない? おれはね、兎束さんのこと大好きですよ」
 この人ほんと言わせたがりだな! まあ三浦さん自身もガンガン言ってくるタイプだからつり合いはとれてるけどさ。
「…………正直言って、あの、かなり……好き」
 自分でもどうかと思うくらいのたどたどしい返事になってしまったけれど、言わないよりはマシだと必死で言い聞かせる。三浦さんの反応が気になってちらりと様子を窺ったら、にこーっと満足そうに笑っていたのできゅんとしてしまった。だめ……本当に可愛い……。
「兎束さんって実はかなり真面目ですよね、恋愛も」
「えっ待ってそういう言い方されるとマジで恥ずかしいんだけど! あの、いつもだったらもうちょいマシな振舞いできるはずっていうか、三浦さんが相手だと特別緊張するっていうか……!」
「……なんですかそれ。んなこと言われたらときめいちゃうじゃないすか。かわいいね」
「なんで!? 別に可愛いことは言ってないよね!?」
 というか可愛いのは三浦さんだよね、どう考えても。
 そんなことを言っている間に曲が終わりへと向かっていく。三浦さんのスマホが震えて、「……ん。ちょうど来た」とスマホを確認した彼はアウトロが消えるのを待ってコンポの停止ボタンを押した。
 ……あれ? 俺のカウントが間違ってなければ、全部で十二曲ならあと一曲残ってるはずなんだけど……。
「三浦さん、CDこれで終わり?」
「終わりじゃないですよ。最後の一曲は、ちょっと聴くの待っててほしいんです」
 そう言って見せられたのは三浦さんのスマホ。そこには、グループトークと思しき画面が表示されている。
『スタジオ予約とれたぜーい!』
『お疲れ。ぎりぎりだったけど、年度内に間に合ってよかったな』
『ミナトくんて奴に聴いてもらうんだっけか?』
『そう』
『っつーかアキラ既読ついてんのに返事こねえー』
『珍しいじゃん』
 勝手に見ちゃってよかったのかなと思いつつ事情を察した。どうやら、最後の一曲は特別バージョンで聴かせてくれるらしい。
「二週連続で休日使わせちゃってスミマセン。予定大丈夫でした?」
「大丈夫大丈夫。元は俺が頼んだんじゃん。こっちこそ、俺だけのためにみんな巻き込んで練習させちゃう感じになってごめん」
 久々にみんなで集まれて楽しかったんで寧ろありがとうございます、とにこにこしている三浦さんは本当に嬉しそうだ。俺の想像通り、最後の一曲は新曲だから来週まで待っててね、とのことだった。新曲!? え、それって……書き下ろしってことだよね?
「今から楽しみすぎてどきどきする……」
「ふは、そんなに?」
「え、伝わってない? めちゃくちゃ楽しみにしてたんだよ、キイチさんたちと飲んだ日からずっと!」
 興奮気味に伝えると、三浦さんはすぅっと目を細めて微笑んだ。
「そんなに楽しみにされると気合い入りますね。――おれの歌、生で聴くともっとすごいよ」
 うわ、待って、今のめちゃくちゃキた。かっこよすぎる。
 PC使ってきっちり編集したものよりも生歌の方がすごいと言い切れる自信も、その自信を裏付けているであろう重ねた努力も、全てがかっこよかった。どうしよう、一週間後にワープできないかな? 待ち遠しくて眠れなくなっちゃいそうなんだけど。
 俺は夢見心地で三浦さんを見つめる。きっと言葉にしなくても、この熱は伝わっていることだろう。
 胸の高鳴りは、まだしばらく治まりそうにない。

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