羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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「……そ、こはさあ……『後悔させない』って言わなきゃだめじゃない……?」
「流石にそれを断言する自信は失ってんですよ、これまでの人生で」
「言い方がいちいちずるいんだよなこの人……」
「はは。……たくさん後悔して、そのたびに諦めてよ」
「諦める? 何を?」
「おれがアンタを好きなこと」
 ――なんだそれ。
 これまでで一番の殺し文句じゃん。
 こんな愛の告白は初めてで、どう返事をしようか少しだけ迷う。俺がどれだけ三浦さんのことを好きなのか、余すところなく伝わればいいのに。どんな言い方しても足りない気がする。大げさな言葉を選ぶと逆に嘘っぽくなっちゃうかな? とか、でも本心全部受け止めてほしいって思っちゃうな、とか。きっと今まで生きてきた中でもかなり上位の長考だ。
 考えて考えて、俺は今の自分にできる精一杯の告白をする。
「……じゃあ、後悔するたびに思い出すよ。俺は――そんな三浦さんを好きになったんだ、ってこと」
 言い切ってすぐ、「まあ、しないと思うけど……後悔とか……」と付け足してしまった。なんとも締まらない。だってほら、たぶん後悔なんてしなくても何度も思い出すと思う。思い知らされると思う。ああ、俺はこの人のことが大好きなんだな、って。
 ねえ三浦さん。いいこと教えてあげる。実は俺、自分の身は自分で守れるタイプだったりするんだよね。三浦さんより俺の方がよっぽど腕力も体力もあるよ。なんてったって元運動部だし体力勝負の営業職だし? 咄嗟のときの反射神経だって、きっとそれなりのものだと思う。逆に三浦さんのこと守ってあげたりできちゃうかもね。
 だからさ、そんな心配しなくていいよ。
 安心して俺のこと好きでいてよ。
 心配されるより、気遣われるより、それが一番嬉しいから。
「……おれの恋人になってくれるの?」
「ん……ほんとに俺でよかった?」
「なんでそういうこと言うの……ずっと、好きだったんですよ」
 駆け引きの一切を抜きにした言葉が心に染み込んでくる。また涙腺が緩みそうになって慌てて耐えた。もしかしてみんな、恋愛が成就したときこんな気持ちを味わってたの? こんな――幸せすぎて足元ふわふわして、それなのに泣きそう、みたいな。
 俺は一度目の前の体をぎゅっと抱き締め返して、ゆっくり体を離す。三浦さんは俺のことばっかり心配してくれてるけど、俺にだって心配なことはあって。これは、ちゃんと向き合わなきゃいけない。だから変に誤魔化さずに聞いた。
「三浦さんは……不安になったりしない? 俺がさ、これまでの三浦さんの恋人みたいに、おかしなこと言ったりとか……無茶な要求し始めたり、とか」
「? 兎束さんもおれにピアスホール開けたいですか? 左ならまだギリスペースありますよ」
「や、ピアスホールに限らずね! というか痛いことは要求したくないし! でもほら、エスカレートしちゃったらどうなるか分からないじゃん……」
 そう、俺はいつかこの感情が制御不能になることが怖い。正直これまでだって危なかったというか、ぎりぎりアウトなことはあったと思うけど……制御不能になって、三浦さんを傷付けてしまったりはしないか、というのが怖い。俺がその気になったら、たぶん三浦さんに力任せに色々できちゃうんだよ。腕力勝負ならどうやったって俺が勝つ。
 もしそんなことになってしまったときはすぐに俺から離れてほしいけど、でも、三浦さんはそれでもきっと俺のために悲しんでしまうのだろうと思う。優しい人だから。
 現時点で言ったってしょうがないこと。分かってる。聞かずにはいられなかっただけ。せめて自分から身を引けるように覚悟しておきたいけどそれも難しそうで、俺ってほんと自分に甘いよな、なんて思ってしまう。
 三浦さんは、俺の水を差すような発言にも怒らなかった。至って穏やかに、なんでもない顔で言った。
「それなんですけど、実は自分でもびっくりするくらい不安はないです」
「え……なんで?」
 あまりにもあっさりとした返答だったので思わず重ねて尋ねると、三浦さんの俺を見る瞳が一層優しくなる。
「兎束さんなら大丈夫だと思うんですよね。キイチも言ってたんだけど。これまでトラブってきた人たちは、おれの気持ちがどうしても追いつかなかったからなんか変な感じになっちゃっただけで――」
 おれと兎束さんの気持ちは釣り合ってるでしょ、と。
 屈託のない、泣きたくなるくらいの眩しい笑顔を三浦さんは見せてくれた。今までたくさんつらい目に遭ってきたはずなのに、それでもこんなはっきりと『大丈夫』って言ってくれて、俺に笑いかけてくれる。なんかもう、嬉しくて涙腺ぶっ壊れそうになるの人生で初めてだよ。
「おれ、もしかしたらこれまで恋愛したことなかったのかも」
 三浦さんは独り言みたいに呟いたかと思えば、ぱっと表情を明るくして勢い込んで話し始める。
「だってこんな気持ちになるの初めてだよ。こんな……誰か一人に必死になって。どうやったらおれのこと好きになってもらえるか考えて、毎日どきどきしてる。恋愛楽しいって初めて実感した」
 眩しいな。楽しそうにしてる三浦さん、本当に眩しい。俺もさ、こうして気持ちが通じ合った今となっては思うよ。恋愛って楽しいものだったんだな、って。
「どうしよう、おれも嫉妬とかするのかな? 嫉妬してほしいとか思ったりするのかな? なんかわくわくしてきました」
「嫉妬させちゃうようなことしたくないなぁなるべくなら」
「んう……兎束さんはそれでほんとにコントロールできちゃうからすごいですよね……」
「あはは。大丈夫、キイチさんのお墨付きじゃん。きっと三浦さんもこれからは上手くやっていけるようになるよ」
「そうですかね……まあ確かに、キイチもそう言ってたし……?」
 分かってたけど、キイチさんに対する信頼度めちゃくちゃ高いなー。これ、『嫉妬する』って言ったら三浦さんどんな顔するかな。おろおろさせちゃいそうだし友達と恋人を天秤にかけさせるとか最悪すぎるから、黙っておくのがセオリーだけど……うーん……。
「……三浦さんって、例えば俺の大親友とかいたら嫉妬する?」
「え? どうだろ。おれにとってのキイチみたいなってことですよね? しないんじゃないかな、だって恋愛感情とそれ以外って見てればなんとなく分かりますもんね」
「そっかー……俺はちょっと気にしちゃうかも。俺が気にしてても気にしないでほしい」
 全部呑み込むんじゃなくて、ちょっとだけ気持ちを開示してみた。自分の気持ち誤魔化したって結局俺が気にする性格ってことに変わりはないしな。だったら事前に知っててもらった方がいい。
 また楽しい気分を邪魔しちゃったかなと少し思ったけど、三浦さんは予想外に明るい語調で返事をしてくれる。
「気にしないのは無理だから、そういうときはいつもよりたくさん一緒の時間過ごして、いつもよりたくさん喋りましょうね」
「………………超明るいじゃん……対処法が……」
「兎束さんが割と暗いからちょうどいいでしょ」
「いやっ、確かに俺明るくはないけどさ!? ……そ、そんな暗い? 鬱陶しい?」
「え、鬱陶しいとか一言も言ってないじゃないですか。そういうとこが暗いんですよ。たぶん兎束さんがおれに遠慮したり気にしたりしてることっておれにとっては大したことないです。だから隠さないで教えてね」
「『そういうとこが暗いんですよ』って言った……」
 確かに三浦さんにとっては大したことないかもしれないけど! なーんか釈然としない……!
「……あ。でも、前に兎束さんがキイチたちと飲んでたことあったじゃないですか。あのときはなんか、仲間外れにされたみたいでちょっと寂しかったです」
「あれはほら、成り行きっていうか……三浦さん関係の人じゃなかったらそもそも誘いに乗ってないよ」
「そうだったんですか?」
「三浦さんの話聞けるかなっていう打算があったから」
「聞いてくれればいくらでも教えるのに……」
 周りの人から見てどうだったかは周りの人に聞かなきゃ分かんないじゃん、と思わず力説してしまった。力説しすぎてちょっと引かれた気がするけどもう開き直ることにする。だってなんか……ほら……キイチさんと一緒にいるときの三浦さん、可愛いよね……色々と……。
 そこまで考えて、俺は今更ながら、まだ決定的な一言を言っていないということに気付く。そうだ、ここまできたらちゃんとしておきたい。恥ずかしくてつい明言を避けちゃってたけど、青臭くてもみっともなくても、言葉にしなきゃ。
「……三浦さん。ちょっとグダっちゃったけど、俺からも改めて言うね。俺……三浦さんのこと、ずっと好きで。たぶんいつの間にか好きだったんだけど、はっきり自覚したのは――ほら、先輩たちに嫌味言われてたとこ助けてくれたじゃん。あのとき、もう自分を誤魔化せないくらい好きだって思った」
 ゆっくり深呼吸。大丈夫、頑張れ。三浦さんはちゃんと、俺の言葉を待っていてくれるから。
「俺を、三浦さんの……恋人、に、してほしい。……恋人になりたい、です」
 言った。ちゃんと言えた。でもなんだこれ、今時中学生でももうちょいマシな告白する気がする。うー、頑張れ俺。俯くな。
 恥ずかしくて泣きそうだったけれど、気合いで前を向いた。
 そしたら、ちゅ、と唇に柔らかいものが触れた。
「!? え……!?」
「……あは。奪っちゃった」
 間近で見たはにかみ笑いは俺の心臓に直撃して、頭までくらくらしてくる。全身の血が大暴れしていた。夢みたいなことが立て続けに起こってとっくに許容量を超えているのに、三浦さんは更に甘えるみたいにしてぎゅっと抱きついてくる。
「嬉しい。ずっとこういう風にしたかったんです……」
 とびきり甘く、優しく、耳元で囁かれた。 
「これからよろしくお願いしますね、恋人として」

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