羽化に唇 ▽▽▽ ( UNION / GARDEN )

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 その後、金曜日ということもあって酒を追加しながらたくさん話をした。やっぱり共通の話題は三浦さんのことで、キイチさんたちは会社にいるときの彼の様子を聞きたがった。
 三浦さんが会社では全然喋らないこと、その割に仕事上必要とあらばずばずば物を言うし仕事は抜群にできるので気難しい職人気質だと思われていそうだということ、でも酒の席でガードが緩むのは同期の間ではバレていること、などなど、情報元を特定できないように配慮しつつ話してみる。一部の女子社員にはその造作が整っていることはバレてそう、とか、そういうのは伏せた。なんか悔しいじゃん……敵に塩を送るみたいで……。
「あー……オレ思うんですけどぉ、普段無愛想で気難しいのにたまーに笑う系ってそれはそれでモテそうではあるよね」
 そうだね。特別感あるもんな。俺もそれで落ちたようなもんだし……。
「ええぇ……? 普通に最初から最後まで愛想いい方が好印象でしょ、そこ使い分けるの意味分かんないし……最初からにこにこしてろよ」
「アキラって昔からツンデレに理解がないよな」
「照れ隠しでも冷たくされると傷付く。おれは普通に優しい人が好き。努力できる人だともっと好き」
 なるほど、優しくて努力のできる人。それも鉄板かも。でも該当者多そうじゃない? 三浦さんってもしかしてかなり守備範囲広い感じ?
 そんなことを考えていると、「兎束さんは?」と隣から話を振られてどきっとしてしまう。えっ、これどう答えるのが正解? なんて言えば無難? いや、どう答えたってまさか三浦さんも自分のことだとは思わないよな。
「ん、んん………………」
「長考じゃないですか……スミマセン、答えにくいなら答えなくて大丈夫ですよ、全然」
「あー待って、まあ答えにくくはあるんだけど言うのが嫌なわけじゃないから……えーと、…………俺がさ、色々言ったりやったりしたことに対して素直に反応してくれる人だと、嬉しいなって思うよ……」
「素直な人が好き?」
「うん。裏を読まなくて済む。俺どうしてもさー……相手が内心どう思ってるかとか気になっちゃうから。そういうのストレートに表現してくれる人は一緒にいると安心するし楽しい。可愛いなって思う」
 俺は割と取り繕っちゃうタイプだから羨ましい、と、ここまで正直に言った。人にどう思われるか不安で、自分が思ったことよりも相手の望んでいそうなことを選んでしまいがち。……でも三浦さんが相手のときは、三浦さんが喜んでくれたら俺も嬉しいからいつもより気負わずに言葉を選べる。三浦さんが喜んでくれそうなことを頑張って考えて、返事をして、それで笑顔が返ってきたら――心臓がきゅうっと音を立てるんじゃないかってくらい、嬉しい。相手が望んでくれることと、俺の望むことがイコールで結ばれるような感覚がして、思わず泣きそうになる。
「……うわ、なんかガチで答えすぎたわ。恥ずかしいなこれ。忘れて」
「んーん……そうやっていつも真面目に答えてくれるの、嬉しいです、おれ」
 そう? 俺が真面目に考えて、頑張って伝えて、三浦さんはそれを嬉しいって思ってくれるの? そんなの、俺の方が嬉しいよ。
 誰かを好きでいること、苦しいけど嬉しいこともたくさんあるな。いつか失恋込みで恋愛楽しめるようになるのかな。全然慣れないどころか一緒に過ごせば過ごしただけ好きになっちゃいそうなんだけど。
 思わず、ふ、と笑みがこぼれた。なぜだか三浦さんが俺を見てびっくりしたみたいな顔をしたので、余計に笑えた。
「どうしたの。目ぇまんまるになってるじゃん」
「や、兎束さんが笑ったので……」
「そりゃ楽しいから笑うくらいするって」
 三浦さんはお猪口を片手に、「楽しいって思ってもらえて、よかったです」と小さな声で言った。アルコールのせいか目元がほんのりと色付いていて、綺麗だな、と思った。
「……なーんかミナトの方が年上っぽく見えるよな。アキラが謎に敬語だっつーのもあるけど。よそよそしくね? 名字にさん付けって遠いわー」
「まあ元はよそよそしくするための敬語だったし……タメ口に切り替えるタイミングも下の名前呼ぶタイミングも完全に逃した。それに今はもうこの感じで慣れちゃった。兎束さん面倒見いいから年上っぽく見えるのかも?」
「うわ……面倒を見てもらってる自覚がおありで……? ミナト、騙されるなよ。こいつ自分を甘やかしてくれる人間見つけるのが超得意だから」
 俺を思ってのことなのかそれとも三浦さんをからかいたいだけなのか、こちらに向けて笑顔で忠告してくるキイチさん。「人聞きの悪いこと言うんじゃねえって! ほんとに!」と、三浦さんはテーブルに隔てられた距離をもどかしそうにしている。……これ、隣に座ってたら一発はたくくらいしてたかもな……。
「あーね。正確に言うと、なんか……何? 昔からだけど、マジで問題起こしてばっかの不良みたいな奴ですらなぜかアキラには甘かったんだよな……なんで? 洗脳とかしてる?」
「………………い、息とかしてる……今日も頑張って生きてる……」
「やべー。ウケる。年取って可愛げが通用しない年齢までいけばまだマシになるかと思ってたのにお前いつまでも甘ったれだね……」
「え、嘘おれそんな駄目? そこまで言うほど?」
「せめて自覚はしろよ。年下に世話焼いてもらってさぁ、ミナトはオレのクソ長い話に頑張って相槌打ってくれてたよ? お前のためでしょ? お礼言いなさい」
「何を話したんだよ……後で覚えてろよお前……」
「あーでも、マジでお礼はしたいわ。ミナト何かない? オレだけの話じゃなくてさ、アキラもタキもあんたには感謝してんのよ」
 くるくる変わる三浦さんの表情に見入っていたら急に話を振られて、俺は「えっ? な、何?」と挙動不審な答えを返してしまう。お礼? そんなの別にいいって。俺ここにいただけじゃん。
「ただの置物でしたよ俺」
「そんなことないって! 置物だったとしても超ご利益のある有難い置物だし! 存在が有難かったし!」
 何かお礼をしないと気が済まない、と三人から口々に言われてちょっと悩んでしまう。あまり固辞するのも失礼だし、かと言って既にここの飲食の代金は払わせてもらえそうにない空気だし……。よく考えたら、年上の男性からこんな寄ってたかって感謝されるの人生最初で最後かもしれないな。
 と、ここまで考えて俺は思いついてしまった。かなりの無茶振り。お礼を差し引いて余りあるくらいの無茶振りだ。逆に俺が何か新しく対価を用意しなきゃいけないかもしれない。
 でも、言うなら絶対このタイミングしかない。
「……じゃあ、もし可能だったらの話なんだけど」
「遠慮すんなってー! なんでも言え!」
 底抜けに明るく頼もしい一言。その言葉に何かが吹っ切れる。
 一呼吸置いて、俺は図々しすぎる望みを口にしてみた。
「えーと……みんなのバンドの演奏聴きたいなー……とか……」
「えっ」
 流石幼馴染。綺麗にハモったな。
 そう、俺はまだ諦めていなかった。三浦さんの曲を、三浦さんの歌声で聴くのを……! この話の流れでお願いするのは完全にずるい。分かってるけどそれでも聴きたい。それこそ最初で最後の機会かもしれないから。
 こういう活動ってやっぱり同レベル帯の人同士で組むことが多いだろうし、だったらキイチさんもタキさんもめちゃくちゃ上手い人たちなんじゃない……? とか思ったり。
「あ、もちろんできればでいいっていうか、強制力はないっていうか」
「な〜んだよ〜! オレらの演奏聴きたいの? カワイイこと言うね〜! となると半端なことできねえし練習しないとな。イノも呼んでぇ、多数決で曲決めよ」
 この場にいない人まで演奏のために現地に呼ばれてしまう気配がしたのでそれは流石に申し訳ないと伝えたのだが、「いや久々に四人全員集まる機会だし! っつーかこの状況で省く方が絶対拗ねるし」と当然みたいな顔で言われてしまった。うーん、やっぱりお願いのチョイスミスったかも……!
「アキラはどれやりたいとかある? 一応ほら、作曲兼ボーカルの意見は優先させちゃう。お前の歌いやすいやつ五曲くらいプリーズ。そン中からオレらで絞る」
「ええー……? 歌要る?」
 三浦さんがとんでもないことを言い始めたので「いや絶対要るから。何言ってんの」とつい横から口を出したらびくっとされてしまった。ごめん。そんな怖がらなくてもいいじゃん……。
「つっても五曲って選択の余地なくね? 頻繁に演ってたのって元々そんなもんでしょ」
「そこから増えてんだろ新曲。お前作るばっかで自分じゃカバーしねえもんなー」
「……ハ? 待って待ってなんで曲増えてること知ってんの」
「えっ寧ろなんで知らないと思ってたの……コワ……お前が動画のキャプションに毎回謎の日記書いてんのも知ってるよ……」
「マジでなんで知ってんだよお前!」
「タキもイノも知ってるよ……二曲目で割とバズってただろ、あのとき見つけた。みんなにも教えてやろーと思ったらオレが教えなくても全員知ってたっていうね」
「ほぼ最初っからじゃねーか! 言えよバカ!」
「言ったらお前アカ消しするだろ。お前のその稼いだ数字に一切未練ないとこ、オレはちょっとよくないと思うなー」
 お前が動画投稿してるうちはまだ大丈夫だと思って連絡無視されても様子見してたんだけど? 言わなくてよかっただろ? とジト目になるキイチさんに、三浦さんは咄嗟に何も言い返せない様子だった。悔しそうだ。
「……、…………す、ストーカーかよ……」
「お前それはあまりにもオレらに対して失礼すぎるだろ! もう一回謝っとくか?」
「ん、ぐ……ごめん。今のはおれが悪かった。ちょっと恥ずかしかっただけ……」
「はい許した。お前の作る曲オレらが分かんないわけなくね? 聴けば秒で特定だわ、普通に」
 キイチさんはそろそろ酒が回ってきた頃合いなのか、「そもそもさぁ、アキラの作る曲がみんな好きで! だからバンドやってたんだよね!?」とヒートアップしている。三浦さんはというと、「いや、元はお前がバンドやろうって誘ってくれたからだったと思うけど……?」なんて冷静に返していた。へー、そうだったんだ。まあ、両者の言い分はそれぞれ正解なのだろう。
「三浦さん三浦さん」
「なんですか?」
「めっ……ちゃくちゃ楽しみにしてる」
「いやハードルすげえ上げるじゃん……頑張ります」
 念押しをして俺はグラスに残っていた酒を飲み干した。満足満足。ほんとに楽しみ。
 こうして俺は、ひょんなことから密かに狙っていたシチュエーションを合法的に勝ち取ることに成功したのだった。
 生演奏が聴けるとか、超ラッキーだ。今だけは自分の図々しさに感謝しよう。

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